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第55話 蓮組のウアルちゃん

ウアル

37の軍団を率いる序列47番の大いなる公爵

マッチョなラクダの姿で現れる。敵と味方の間に友情をもたらす良いのか悪いのかよくわからない悪魔


「あっ……」


 陶器製の壺が割れる音というものは、ちょっとしたサスペンス感があるものだ。ガシャーンだとか、パリーンとは違う重厚な物の重みをもった危機感を煽るような音。


 こと、失敗というものは、なんらかの行動を起こす者にとっては避けることのできない必然であろう。失敗という一種の成功体験を重ねた先に求めるべく成功が待っているものだ。遠藤にはそれがよくわかっていた。


「あーあ、またですか遠藤先生。悪いですけど今回ばかりは私も庇いきれませんよ」


 園の玄関先を掃除していた波留は、玄関に飾られていた園長先生そろもんおうの私物である高そうな壺を『完全に不注意』で割ってしまった遠藤に苦言を呈す。


「そ、そんな波留先生……『今回ばかりは』って……次元大介じゃあるまいし」


「その態度! 反省の色が見えないって言っているんですよ!」


 同じ過ちを犯してしまうことだって世の中にはあるもので、園長先生そろもんおうの私物の美術品を事あるごとに破壊してしまう遠藤の習性めいた行為には、周囲の人間(大体は波留)も目を光らせているつもりではあった。


 しかし園児じゃあるまいし、四六時中見張る訳にもいかず、加えて忘れた頃にやらかしてくれるので、こればかりは正直、対応できていないのが現状。


「じゃ、じゃあこうしましょう。子どもがやっちゃったってことで手を打ちましょう」


「最低だな! 遠藤先生、あんたって人は最低だよ!」


『ふぅ~、やれやれ。とんだ甘ちゃんだな。そんな良い人だとこの厳しい世の中を生きていくことはできはしないのだよ。わかるかい? 坊や』と、そう言いたげな遠藤は斜に構えた上で波留をなだめるように返した。


「やんちゃ盛りの子どもたちだったら、遅かれ早かれ『こう』なっていたんですから。それに彼らが前世に行った悪行の数々に比べれば、これくらいの罪、なんとことないですって」


「ひでえ言い草! 『これくらいの罪』なら自分で被ってくださいよ! どこの世界に保母さんが園児に壺割った失敗を擦り付ける人がいるんですか」


「ここにいますよ?」


「いちゃ駄目だっつってんの!」


 波留は、陶器の破片を大きな物から順に、手を切らないように一つひとつ拾い上げながら声を荒げた。渋々ながら片付ける遠藤に悪態……というよりも至極常識的な物言いであるが、なにはともあれ、この場に園児がいなかったことは不幸中の幸いといえる。


「遠藤先生、裏から箒を持ってきてください。あとチリトリも」


「ご自身で使われる物は自分で取りに行くべきでは?」


「細かい破片が片付けられないから持って来いっつってんの!」


……


 波留は心配に思う。遠藤先生はこのままでは不味い。そのうち大変なことを仕出かしてしまうだろう。園長先生そろもんおうの遺産(存命中)を壊してしまうのはまだいい、問題はコレがいつ可愛い子どもたちに襲い掛かるかわからないことだ。


 そして、思い出す。できる上司というものは同僚や部下の資質に関わらず、一定の成果を上げさせることができるのだと、自己啓発系の本で読んだか、どこかで聞いた。それによると、失敗をしてしまったことに対して頭ごなしに叱りつけるのでは駄目なのだそうだ。


 相手を信頼し、任せ、失敗した時には非難するのではなく耳を傾け、その経験を糧に再度挑戦を促す。これによって目標という名のハードルを一つ、また一つと跳び越えていく。そうすることでチームは初めて力を結束することができるのだと。


 遠藤の後始末をすることも、また、波留にとっての成長の糧にすればいいのだ。昂る心をそう言い聞かせながら徐々にクールダウンさせ、深く深く深呼吸を繰り返す。


「……そう、落ち着きなさい。佳澄。貴女はデキル子。デキル子なのよ」


 独り言をブツブツと漏らしている波留が視線を感じたのは、その直後の出来事であった。柱の陰に隠れた状態で……いや、もしかすると本人は隠れているつもりなのかもしれないけれど、陽の当たる方角の関係で影が丸出し状態のウアルちゃんはコッソリ口にした。


「はるせんせいが、またツボをわった。えんどうせんせいの、おはなしは、ほんとうだった」


「あら? ウアルちゃん。そうなの。だからこの辺りは壺の破片で危ないから近づいちゃ駄目だよ? ……『また』って言った?」


……


 波留は激怒した。必ず、かの大罪人の遠藤を除かなければならぬと決意した。波留には遠藤の思考がわからぬ。波留は、普通の保母さんである。園児と遊んで暮らしてきた。けれども非常識に対しては、人一倍敏感であった。玄関の飛び出し、裏庭を越え庭を越え、百メートルはなれた此の教室にやって来た。


「えー、はるせんせいが『また』ツボをわっちゃったのー?」


「そうなの。でも皆は波留先生を責めちゃ駄目だよ? 誰にでも失敗しちゃうことはあるんだから、だから皆もお友達が何か困ったことがあったらキチンと助けてあげてね!」 


「はーい!」


「……呆れた遠藤だ。生かして置けぬ」


「は、波留先生! 何故ここに……け、怪我はありませんでしたか?」


「……」


「……」


 少しばかりの沈黙の後、視線の泳ぐ遠藤に対して満面の笑顔で波留は答えた。


「……ええ、お陰様で。遠藤先生も大丈夫でしたか? 主に良心的な意味で」


「……お、お慈悲はありませn」

「ちょっと、そのツラ、お貸しいただけますでしょうか?」

 

「……ひゃ、ひゃい」


 恐れによる震えから、自らの足で歩くことすらもできなかった遠藤は、右耳が引きちぎれんばかりにグイと摘ままれ、同じく蛇に睨まれた蛙のような状態の園児たちの視界から消えていったのであった。


「「「「「(あの、おんこうなはるせんせいが『つら』っていった……)」」」」」


 その後、二週間ほど園児の波留に対する態度が変わった。


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