第54話 遠藤女史、雪に物憂げる
しんしんと雪が舞う。小さな小さな結晶の一つひとつが外の音の一切を吸い込んでいるかのように室内への音を遮断してくれる。そんなお昼。
石油ストーブの上の銀色のケトルがこんこんと蒸気を立ち上らせ、乾燥した空気に仄かな温かさを含ませてくれていた。
物憂げな表情の遠藤はケトルから少しばかりの湯を拝借し、自前のビーカー型のマグカップで即席のココアを作り、暖をとるように両手を添えて窓際に立ち、園の庭を眺める。
「……私、こんな雪の日になると、思い出しちゃうんです」
「……ちょっと、山田先生。遠藤先生が何か言い出したんですけど」
「なんで僕に振るんですか……って、あれ、誰に対して言ってるんです?」
「というか、遠藤先生の世話は波留先生の役目じゃないですか」
「何を言ってるんですか佐藤先生! 遠藤先生の相手する暇があるなら……」
「私、こんな雪の日には、『あの時の事』を思い出しちゃうんです」
「……」
「……」
「……ほら、やっぱり波留先生に話かけているんですってば」
「いやですって! 山田先生なんとかしてくださいよ。こういうの得意でしたよね?」
「はい? 『こういうの』ってどういうのなんです? 聞き上手的な意味ですか?」
「そう。あの日もこんな雪のちらつく寒い日でした……」
「……」
「……」
「……?」
「回想が始まらないんですけど!」
「なんであの流れで回想に入らないんですか!」
「ちょっと落ち着いてください波留先生、佐藤先生。若干メタいです」
……
あの日、こんな風に静かな雪の降った日。私は待っていたのだけれど、来なかった。
……
「……誰が?」
「なんです? この『始まりそうなのに終わっちゃった』回想」
「……ちょっと待ってください波留先生、佐藤先生。僕、大変なことに気づいてしまったんですが。遠藤先生が持っているビーカー型のマグカップ。あれ、普通のビーカーです」
「は?」
「はい?」
「確かに持ち手がない!!」
「熱そうだし飲みにくそう!!」
「……ちょっと待ってください波留先生。佐藤先生。僕、もう一つ気づいてしまったことがあるんですが」
「?」
「?」
「吹雪き始めました」
「私、こんな雪の日には、『あの時の事』を思い出しちゃうんです」
「おいおい、遠藤先生、記憶を改竄するつもりだぞ」
「猛吹雪の中で人待ってても、そりゃあ誰も来ないでしょうに」
「しかも窓際だから寒そう! ……でもココアは熱くて飲めないっぽい!」
「……へっくち!」
「(くしゃみ可愛い)」
「(くしゃみ可愛い)」
「(ビーカーちょっと欲しい)」← 山田