第49話 野菜と技術は新鮮なものに限る
「よくファンタジーなんかで、『現地の言葉で『ごめんなさい、知らない』を意味する』名前がついている孤児なんているじゃないですか? どうしてあんなにスタイリッシュな名前なんでしょうかね?」
「どうしたんですか、藪から棒に……というか、知りませんよ」
クリスマスに全壊した『そろもん』の瓦礫はすっかりと取り除かれ、広々とした更地が広がっている。狭い狭いと感じていた校舎ではあったが、無くなってみれば思いの外、広く見えるのであるから不思議なものだ。
同時に寂しさのようなものを感じてしまうのは、瓦礫にすら感じられた園の面影の一切が無くなってしまったからであろう。遠藤が訳のわからないことを言い出したのは、そんな想いの表れなのかもしれないと波留は思う。……いつも通りともいえるが。
春先であれば青空学校でもいいのかもしれないが、残念ながら冬場。ともなれば寒風吹きすさぶ中で終日という訳にもいかない。
仮設校舎……とまではいかないものの、いくつかのユニットハウスを連結させた簡易的な建物を準備するのはそういう意図であった。なんとか子どもたちを受け入れる体制を整える。それが園に求められる社会的な責任であるから。
「だからといって正月早々、駆り出されるのは腑に落ちない」
「誰に言ってるんですか? 遠藤先生」
……
「オッ〇ーグーグル! 世界を滅ぼして」
『かしこまりました』
「何をやってるんですか……遠藤先生」
「いやぁ、ユニットハウスが到着するまでやることないですし、世界を滅ぼしてしまおうかなぁと」
「どこの聖母が暇つぶしに世界を滅ぼすんですか……」
「……オッ〇ーグーグル、世界を救って」
『かしこまりました』
「……自分で滅ぼして自分で救うのか」
遠藤がスマホで暇つぶしをしている姿をみて波留は釘をさすように呟いた。
「AIといえば、幼稚園の先生のアシスタントとしてAIロボットが活躍し始めているそうですね。自律して、簡単な会話もできるらしいので人手不足なウチにも導入してもらえないか提案してみましょうかね」
「へえ、いいじゃないですか! ロボットと仕事ができるだなんて、映画の『アイロボット』みたいで」
「それ駄目なヤツですね」
「いやいや、ロボット三原則がキッチリ守られていれば映画みたいなことにはならないでしょうし。ええと『危険を察知する』『命令に従う』『自分を護る』でしたかね」
「ちょっとニュアンスが違う気がしないでもないですが……それだと兵器作り放題ですし。……私が言いたいのは、あんまりダラけた生活態度だと遠藤先生の仕事がAIに奪われますよってことをですよ」
「まだ私の方が強いので大丈夫です」
「勝ち負けじゃなく。っていうか弁償できないので壊さないでください」
「新しい技術ってものは、確かに重要ですが、もっと他にも大事なことってあると思うんですよね。例えば、私っていう大人がいたり波留先生みたいな常識人な大人いたりすることだったり。できることなら木の匂いのする温かい色調の『そろもん』の校舎は、そのままの形で再現して欲しいと思いますし」
思いがけず良いことを言った遠藤に波留の目はキョトンとする。確かにその通りだ。AIロボットが園に導入され、効率化がされたとして良い面もあるであろう。しかしながら、必要悪ともいえる遠藤先生の『ぐうたら』ぶりが子どもたちの支持を集めていること確かに事実だ。
単に遠藤に対して嫌味を言いたいだけの発言が、遠藤の本音を覗かせる結果となったことに波留は嬉しく感じるのであった。人間臭さ、古臭さ、それはそれでいいところがある。それを子どもたちに伝えることこそ、無認可幼稚園『そろもん』での教育ではないか。と。
……
その後、一時間ほどかけて、数台の大型トラックに積まれたユニットハウスが園の建屋があった場所にドスン、ドスンと降ろされた。なんとも簡単なものであった。あっという間に園としての形を成して何となく寂しい感じのあった更地も明日から稼働ができそうな程に設備もしっかりとしていて……
「思った以上にお洒落さんですね……」
遠藤がそう言ったのも無理はない。話に聞いていたのは『中古』であることではあったが、実際に目にしたユニットハウスの外装はカフェテリアのもの。枠組みを除いてガラス張り。シックな色合いに清潔感のあるフローリング。それだけでも、木造平屋の旧そろもんとは雲泥の差であった。
関係者以外が立ち入ることができないように職員入口には指紋認証センサーが設けられており、不審者を感知してライトが点灯するセンサー、監視カメラ。陽当たり具合を判別して自動で動くロールカーテン、一定の室温、湿度を保つための空調管理システム。屋上には太陽光パネルと簡易な農園システム。その他etc……
「……こっちの方が良いですね」
波留も同調した。