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第46話 金盞花組のバエルちゃん

バエル

66の軍団を率いる序列1番の王

王の割にヒキガエルや猫の姿であったりする。人に知恵を与える悪魔。強い。

 瓦礫となった園の庭先に、町内会から臨時に借りた組み立て式のテントを立てて、霜焼けになりそうな寒風が吹きこまないように厚手のビニールで覆ってしまえば簡易的な職員室ができあがる。


 中心に対流式の石油ストーブを置いて、橙色の灯りを囲うように、これまた町内会からお借りした折り畳み式の長机を四角形になるように配置した円卓を形成する。


 無気力な表情の波留を頂点として時計回りに遠藤、佐藤、山田、バエルちゃんの四人が厳めしい顔を並べていた。


 事の発端は、無認可幼稚園そろもんの主である園長先生そろもんおうの「どうせなら皆が造りたい幼稚園にしてみよう(だから波留先生、取り纏めてね)」という情愛に満ち満ちた言葉。


 職場の環境を、子どもたちの意見を取り入れながら、かつ、働きやすいようにするキッカケをくれるなんてことは、とてもありがたい話だ。


 それが今の時期でなければ。


 年末も押し迫った……というよりも年末そのもの。何も十二月三十日でなくてもいいのではないか。誰しもがそう思っていた。


「ウチの家内が『ぜんざい』作るって言ってたから! よろしくね!」


 そう言われてしまうと断るに断れない。善意に対して首を横に振るような行為に思えてくるので、とても具合がよろしくない。


 ……なにはともあれ、そんなこんなで呼ばれた園児代表がバエルちゃん。


 『そろもん』の子どもたちの中でも、しっかりしていて、喧嘩の仲裁役を買って出るような良い子である。立ち振る舞いもどことなく大人びていて園児ながら、先生たちも一目置く様な子。


 石油ストーブの上に置かれたヤカンがコンコンと小気味良い音を鳴らす中、無駄話をする気力すらない様子で波留が話し始める。


「それじゃあ、今から『そろもん』の設備についての要望案を取り纏めていきたいと思います。……途中、休憩を挟んでいきますけど、できるだけ早く終わらせたいのでご協力ください」


 みんな、無言で頷く。……早く帰って炬燵こたつに籠りたい。その一心が、普段は見られない程の連帯感を生んでいた。


「あくまでも意見出し、要望案ですので、『できない』『無理』という発言はしないようにしましょう。できるだけ多くの声を聴かせてください。……それでは遠藤先生から、どうぞ」 


 抑揚のない波留の声は、出席者に対して、というよりは中央に置かれた石油ストーブに向かって放たれているようであった。なお、全員石油ストーブに向かって話す。ちなみに視線も石油ストーブ。


「……『食堂』なんかどうでしょう」と遠藤。


「『食堂』……と。はい、理由を続けて」と波留。


「ホグワーツみたいな」


「無理です。敷地的に食堂だけになってしまいます。なんですか。町の食堂でも始めるつもりですか? ……はい次、佐藤先生」


 遠藤は波留の『無理』という言葉に一瞬だけ身体を震わせたが、『いや! さっき波留先生が『無理って発現しちゃ駄目』って言ったじゃないですかぁ!』みたいなテンションにはならなかったのでスルー。


「……体育館なんてどうでしょう」と佐藤。


「『体育館』……と。はい、なんで?」と波留。


「お遊戯とか……雨の日でも室内で遊べる施設があるといいかなぁと」


「……フローリング?」


「柔道畳で」


「……はい。……道場?」


「は……いいえ」


「はい。じゃあ次、山田先生」


 佐藤の提案を波留は、どう思っているのか。その辺りの感想的なコメントが一切無い中、普段であれば気軽に問いかける所ではあったが、なんかどうでもよい気がしてきて、佐藤は無心で石油ストーブのゆらゆら揺れる火を眺めた。


「設備管理の為に『工具』を買ってください」と山田。


「設備ではないので、ご自身で買われてください」と波留。


「はい」


「はい。じゃあ次、バエルちゃん」


「はい! おといれにいきたいです」


「……はい。休憩」


 ……


 ゾンビの如く。ある者はテントの外へ、ある者は身動き一つせず、また、ある者はヤカンの湯をコップに注いだ後にインスタントコーヒーが無いことに気づいて、全てが面倒になり、湯を飲み始め、第二回戦が始まる。


「……はい。遠藤先生」と波留。


 次の遠藤の一言に場の大人たちの体がピクリと反応する。


「……『給料』」


「……『給料』……だ……と」と山田。


「あ、上がるんですか? そんなこと……」と佐藤。


「……『無理』……とは言えませんよね!」と波留。


 地獄に仏、助け船、大海の浮き木、それは余りにも楽しみの無い不毛な世界に射した一筋の光明のように大人たちの目に輝きを取り戻させていった。


 普段の勢いを取り戻した遠藤は立ち上がり、手を差し出しながらバエルちゃんに問いかける。いつもの遠藤、いつもの遠藤が帰ってきた。場にいた誰もがそれを口にせずとも理解していた。


「バエルちゃん! 先生たち頑張れそうだよ! さあバエルちゃんは、どんな設備が欲しい? 先生たちが頑張ってみるから言ってごらん!」


 子どもというものは周囲の空気を読むことはできなくとも、敏感に感じ取る能力がある。落ち込んだ大人の傍によれば大人しくなるし、楽し気な大人の傍では嬉しそうな表情で笑う。


 バエルちゃんも嬉しくなり、笑顔で答える。


「おおきな『れごぶろっく』であそびたい!」


「いいねぇ。バエルちゃん。いい発想だ! 『設備』じゃないから難しいかもしれないけれど……園長先生そろもんおうに提案してみるよ!」


「でも、『おきゅうりょう』も『せつび』じゃないですよね?」


「……う、うん。……そうだね」


 みんなのテンションが元に戻った。


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