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第45話 未知の空間があると大人でもワクワクするという話

「園の地下に空洞が見つかった」


 クリスマス当日に爆発全壊してしまった園の瓦礫撤去工事を請け負った会社からの一報を受けて、約一名のトキメく心臓ハートに稲光と激震が走った。


 時を同じくして、彼の者の同僚三人の脳裏に嫌な予感がよぎる。


 ……


 その日、波留は遠藤を待っていた。(金髪碧眼の王子様の国と敵対する蒼髪の貴公子の国との仲介役になりたくはないか?)そんな、突拍子もないどころか、微塵たりとも意味がわからない誘い文句にコロッと落ちてしまったのが波留であった。


(……ありえない。そんなことはわかっている。だが、ちょっと待って欲しい。ある物理学者は「人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実だ」と言ったという。で、あるとすれば万が一、いや! 億が一ほどの可能性であったとしても『金髪碧眼の超絶イケメン三白眼王子様と、おっとり系蒼髪糸目(本気になると目が開くタイプ)の貴公子が、くんずほぐれつのハアハアな関係になる世界』が在り得るかもしれない)


 とかなんとか思いつつ、若干ソワソワしながら清楚系お嬢様風ファッションに身を包んだ波留は遠藤を待つ。


「いや、ありえないんだけどね」


 そう言いながら薄紅色のリップクリームを唇がテカテカになるまでぬりぬりしながら。

  

 ……


 同じ日、佐藤も遠藤を待っていた。(格闘王と呼ばれる存在に試合ってみたいと思わないか?)そんな、少年向け漫画特有の肩書きを堂々と持つ者はいないなんてことは、佐藤は知っている。時代錯誤の道場破りを千切っては投げ千切っては投げ、道場破りとして訪れた者の出身道場に逆道場破りに行っては看板をへし折ってきた彼女の心は揺れ動いた。


 結構本気で「私より強い者に逢いたい」なんてことを思っている佐藤にとって、願ってもない申し出ではあったが、遠藤にそんな伝手つてがあるとも到底思えない。


(……ブラフだっ! そんなことはわかっている。だが、ちょっと待って欲しい。ある格闘技の神様と呼ばれた御方は「日常、それすなわち武道」と言ったという。で、あるとすればこの機会がまさに僥倖! 万が一、いや! 億が一ほどの可能性であったとしても『遠藤先生の導く先の世界に私よりも強い者がいる可能性』が在り得るかもしれない)


 とかなんとか思いつつ、三百六十度、どの方向から何が飛んできても大丈夫なようにピリピリとした気配で、風で飛ばされた枯れ葉なんかを破裂させたりしながら袖口がビリビリに破れた道着姿で佐藤は遠藤を待つ。


 ……


「あれ? 波留先生と佐藤先生じゃないですか! なにやってるんですか? 休みの日に園の前で」


 普段着なのであろう、上下グレーっぽいスウェット姿でコンビニのビニール袋。悲しい程に独身男のやることのない休日感を漂わせた山田は、やけに距離を置いてお互いに気づかないフリをしていた波留と佐藤に声をかけた。


「……あ、あー! 偶然ですねー山田先生! ちょっとお出かけを、と思いましてー! いやぁ偶然だなぁ!」


「へぇ。いや、まぁ別にいいんですけど。なんでそんなに必死なんです?」


「あらぁ! 波留先生に山田先生! ぐ、偶然ですね! 私もちょっとお出おかけを、と思ってブラブラしてたんですぅ!」


「道着でですか!? 嘘でしょ?」


「ほんと! ちょっと映画でも観ようかな~みたいな」


「映画? 道着でですか!?」


「ええと……ベ、ベストキット」


「嘘だ!」

「嘘だ! チョイスが佐藤先生っぽいけど」


 佐藤は口下手だ。嘘が苦手と言い換えてもいいかもしれない。冗談ひとつとってもすぐに顔を赤らめる。なので、この場においても真っ赤っか。瓶底眼鏡の下に隠れた案外大きな目が若干の涙目になってしまうのもご愛敬。


「というか、アレですか。遠藤先生に『そそのかされた』みたいな……あの『園の地下に空洞が見つかった』って業者の連絡があったのでなんとなく、そんなことになりそうだなぁとは思ってましたけど」


「そ、そんなわけないじゃないですか! 何を言ってるんですか山田先生!」


「そうですよ! 第一、遠藤先生がいないじゃないですかっ!」


「……それもそうですね。誰よりも早く駆けつけそうなものなのに来てないみたいですし、僕、連絡もらってませんしね」


「「……」」


「……ええ、どうして黙り込むんですか」


 土日、祝日は工事業者もお休みである。園の外から臨む瓦礫の山は、ある程度は整理されているようにも思えたが、それでもまだまだ更地になるには時間がかかりそうであった。

 

 ……この状態で、どこをどのように視れば『地下に空洞がある』とわかったのであろうか。何故、土地の所有者である園長オーナーへの連絡をすっ飛ばして職員でしかない四人に連絡が入ったのであろうか。


 いや、待てよ。そもそも本当に四人に連絡が入ったのであろうか……


 考えてみたら可愛い園児たちを目の前に『七十二柱の生まれ変わりが覚醒するのを聖母としてなんちゃらかんちゃら』とか言っている人間にとっては、現実世界こそが異世界転生先なのではなかろうか。だとすれば、わざわざ異世界に行きたがる道理もないではないか……なんてことだ! これはヤツの罠か! やられた! 休みの日なのに!


 思えば思う程に沸々と三人の怒りのボルテージは上がっていく。


 そんな中、波留は唇を噛み締めながら内心ホッとしていた。


 今さら「実は、遠藤に誘われた訳ではない」なんてことは言える訳がない。なんとなく、遠藤ならこんな感じで誘ってきそうだなぁ~みたいな妄想を働かせて、一人で盛り上がった挙句、ここにやってきた。だなんてこと、言えるはずがなかった。


 しかしながら、どうやら佐藤に関しては本当に遠藤に声を掛けられているようで、乗っかるしかないかな。と。


 佐藤に関しても大体同じ。

 

 山田は声を掛けられなかったことに、ただただ凹んだ。


 虚しい大人たちの貴重な休日は、何の生産性もなく終わっていくのであった。

波留「ヒドいじゃないですか遠藤先生!」

佐藤「流石に今回の件はちょっと……」

山田「仲間外れはやめてくださいよ~」


遠藤「はい?」 


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