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第44話 瓦礫の山とエトセトラ

 未だ土埃が舞う中、女は瓦礫の山を登り、頂点へと辿り着くと、膝をつき、嗚咽を洩らす。この惨状を嘆き、哀しみ、祈りを捧げるように天を仰ぐ。

 

 あの暗鬱たる地の獄より噴き出したが如き猛々しき炎を思い出し、神への怒りを滲ませながら……その姿は、まさしく『聖母』であった。


「何をブツブツ言ってるんですか! 遠藤先生、子どもたちが真似しちゃうから登っちゃダメですってば! なんでこう、馬鹿となんとかは高いところが好きかなぁ!」


「は、波留先生、隠すところが違いますよぅ……」


 全壊した『そろもん』の瓦礫撤去作業。そんなものは専門の業者に任せてしまうのが一般的ではあるが、こんな機会は滅多に体験することができない。という訳で危なくない範囲で子どもたちにも手伝ってもらいながらの年末の大掃除を行うこととなった。


 運動神経に定評のある遠藤は慣れた足さばきでヒョイヒョイと瓦礫の山から駆け下りてボヤく。


「もう、折角、今年の大掃除は中止だと思ってたのに……結局似たようなことやらないといけないだなんて」


「……雑巾がけと廃材の撤去を同列に並べる辺り、遠藤先生の神経が知れないんですがそれは」


 飽きれる波留であった。言葉の内容よりも何よりも、このグシャっと潰れてしまった職場を見てウズウズしている遠藤の行動が心配でしょうがない。ただでさえ、ちょっと尖った角材だったり、消し炭になってなんだかモコモコしている柱を興味深げに眺めている園児たちに注意をはらわなければならない状況だというのに……


「よぉーし! みんな、探検にいくぞぉー!」


「おおー!」


「やるなってば!」


 ……


 とはいえ、黙々と作業を続けていると世間話を始めてしまうのは世の常ともいえる。ひととおり『やっちゃ駄目なこと』を波留から指摘された子どもたちが触れられる範囲は、ほんの一握り(というか、こんな場所に子どもを連れてくること自体がどうかしている)なので、飽きた子どもから先に被害の及んでいない園の庭でいつものように遊び始める。


「こ、今年のクリスマスは散々でしたね」


「……皮肉ですか?」


「な、なんでそうなるんですか!」


「いやだって、佐藤先生ってば『素敵な』彼氏さんいらっしゃるし、波留先生にも山田先生にも相手いませんし」


「ちょっと、遠藤先生。勝手に決めないでくださいよ! 私だって……」


「(クリスマスに間に合わせるようにして、なんとなく妥協したような感じではあったけど、でも、それでも一人よりはマシだし、もしかするとこれって『運命』かもしれないなんて勘違いしちゃった系の)彼氏、できたんですか!」


「いや、いませんけど……なんか凄く失礼なこと考えてません?」


 小さな廃材をガラリガラリと撤去する三人娘を尻目に馬鹿力を発揮して重機のような活躍を魅せる山田も会話に加わる。


「女性はどうなのかわかりませんが、少なくとも僕は、クリスマスに間に合わせるようにして、なんとなく妥協したような感じではあったけれど、でも、それでも一人よりはマシだし、もしかするとこれって『運命』かもしれないなんて勘違いしちゃった系の彼女を作るくらいなら一人の方がいいかなぁと思うんですが、どうなんですか?」


「なんて失礼なことを言ってるんですか! 山田先生! そんな妥協をする訳がないじゃないですか! 相手にも失礼だし。ねぇ波留先生、佐藤先生」


「うーん、十代の頃は山田先生が仰られるような、本当に軽い感じでお付き合いすることはありましたけど……今は違うって感じですね。なんだろう、年齢のせいですかね(苦笑) あと、遠藤先生、さっき似たようなこと考えてませんでした?」


「あっ、私も山田先生の意見に賛成ですっ! 第一、相手に失礼ですもんね。誠実じゃないですし……っていうか、なんて目をしているんですか遠藤先生」


 人生の勝者と呼ぶべきであろうか、(ガチの彼氏持ちという)頂から眺める下々共の悩みなんてものは佐藤先生には想像ができないんだろうなぁと遠藤は思う。場の空気を悪くする程には子どもではない。そんな気持ちをオブラートに厳重に包んだうえで佐藤に返した。


「もう、リア充は黙ってろ(リア充は黙ってろ)」


「遠藤先生、オブラート突き破ってますよ?」


「ああ、しまった! 心の声と台詞が逆に!」


「(逆になってないような)」

「(というか同じような)」

「(飛ばしてるなぁ遠藤先生)」


 ……


 クリスマス明けにしては随分と小春日和というか、そよそよと冷たい風が心地よい。木の燃えた後のなんともいえない鼻腔をくすぐる香りとあわさって、木陰でのんびりと過ごす子どもたちもチラホラと現れ始めるなか、ガラガラと大物を運び続ける山田が話題を振る。


「一度、聞いてみたかったんですけど、波留先生たちの年代の女性って『どういった出会い方』を望まれているんですか? 例えば、こんな風にアプローチをかけられると、ちょっと気になるみたいな」


 普段、机にかじりつきながらではできない話題でも、少し体を動かしながら、それもぽかぽかしたお日様の下であると、どうにも口が軽くなるのは度合いの違いこそあれ、誰もが同じなのかもしれない。


「うーん、私はそういったことに疎いですし、こちらからアプローチするってことはないかなぁ……あっ、でも、黙々と狙った獲物を狩り続けている最中に野良ヒーラーから状態異常を治してもらったりすると、ちょっと気になったりするかも」


「(遠藤先生っぽい)」

「(遠藤先生っぽい)」

「(遠藤先生っぽい)」


「わ、私は『強そうな人』が気になりますかね」


「それは、恋愛感情というよりも闘争本能では?」


「ああ、そうかもしれないです。……言われてみれば恋愛感情ってよくわからないかもです」


「ちっ」

「ちっ、このチート野郎が!」


「ええ、酷い……」


 遠藤と佐藤は大体そんな感じ、波留は少しだけ考えて……イメージしてみる。


「……怖い人たちに因縁つけられて、路地裏に連れて行かれていくんだけど、颯爽と現れて怖い人たちを一掃してくれる。みたいな?」


「乙女かっ!」


「ええ、よくないですか? あとは、登校途中でぶつかって、素っ気ない態度とられるんだけど、実は転校生で「あーあの時の!」みたいな」


「なんという乙女脳……っていうか年齢的に『登校』ってどういうことなんです?」


「いいじゃないですか! 理想なんですから!」


 頬を染め、汗を飛ばす波留に対して「なるほど」と一人頷く山田。


「やっぱり『偶然』みたいなものに女性は憧れを持つものなんですね」


「そうですそうです! 山田先生ナイスフォロー」


「わかります。僕もそうですから。例えば、一目惚れなんて、思わぬ所でバッタリ出くわした時に起きたりするっていいますからね。……何気なく入ったコンビニ。立ち読みをしていると、不意にもよおして駆け込んだトイレに鍵がかかってなくて。とか」


「……トイレ?」

「……トイレ?」

「ノックしないんですか?」


 思わぬ反応の悪さに山田は慌てて訂正する。


「ああ、例えがよくなかったですね。失礼しました。焼肉屋さんで偶然にも隣あった見知らぬ方と……」


「ああ、まあ無くはない?」


「トイレで偶然出会わすとか」


「何故トイレ!」

「普通に席で話かけろ!」

「トイレに出会いを求めるな!」


「いやいや、『吊り橋効果』なんて言葉もあるじゃないですか。トイレで知らない人と一緒になるとドキッとしません?」


「それは違う!」

「トイレから出た瞬間に熊みたいな男がいたらビビるわ!」

「……ち、ちなみに山田先生がトイレまで追いかけているなんてことではないですよね?」


 あまりにも女性陣の反感を買ってしまった山田は必死に弁明を図る。まさか、そんなことは流石にしないと。首を横にブルンブルン振り回しながら。


「多少の下心は否定しませんが……」


「そこは否定しろっ!」

「トイレに下心を持ち込むなっ!」

「……ち、ちなみに山田先生は私たちにそんなことを思ったりしてませんよね?」


「そんなことある訳がないじゃないですかっ!」


「(イラッ)」

「(イラッ)」

「(イラッ)」


 女心とはよくわからないものである。山田は流れる雲を眺めながらそう思うのであった。



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