第3話 白薔薇組のアンドロマリウスちゃん
アンドロマリウス
36の軍団を率いる序列72番目の伯爵
巨大な蛇を手にした人間の姿をしており、悪と不正を働いた人間を罰する『正義』の悪魔
「はあ、可愛いなあ」
小さな子供たちが駆け回る箱庭のような園にあって、その男の図体はとてつもなく大きかった。アメフトで鍛えられた肉体はすっかりとなりを潜めているとはいえそれでもこの空間においては何に置いても一番大きな存在であろう。
山田拓、そろもん幼稚園の保父さん兼運転手を勤めている大男。園内に設置された遊具の数々は彼のDIY技術の賜物であった。
というよりも肉体労働系の仕事は彼の役目である(採用目的もぶっちゃけそこ)そんな彼は園をグルリと囲む壁の補修の真っ最中。
壁とはいっても大人の目線でみれば半分にも満たない高さで、そこから上は簡単な金網が設けられているだけのシンプルなもの。園の周辺住民の皆さんの目に映るように配慮されたこの仕組みを提案して既存の外壁をハンマーで叩き壊したのも彼の仕業。
想像してみてほしい。そんなムチンムチンしてはち切れんばかりの筋肉を誇る大男がニヤニヤした顔で幼稚園の園児を眺めながら金網をガシャンガシャンしているのである。
……
「……す、すみません。警察ですか。……ええ、不審な大男が、……はい、そうです。小さい子供を見つめながら『可愛いなぁ』『持って帰りたいなぁ』って、はい、はい」
「ちょ、ちょっと遠藤先生! 何を通報しているんですかっ!」
「いや、だって波留先生! 変質者を見つけたら通報するのは市民の義務でしょう」
遠藤が職員室から見えた光景は、熊のような大男が金網をガシャンガシャンしていて、視線の先に園児たちがいる。という確かに即時通報案件ではあるのだが、こと、この園にとってはいつもの風景ではあった。
波留は遠藤の手に握られている電話を取り上げて謝罪を述べて受話器を丁寧に置く。余計な仕事を増やす遠藤に冷ややかな視線を浴びせながら。
「同僚を変質者呼ばわりするなんて最低ですよっ遠藤先生!」
まだまだ言いたりない風な波留を尻目に遠藤は遮るように視線の先にいる大男の口の動きにあわせてアテレコを行う。ちょっと低めの声で、悪意をもって。
「『いやぁ~やっぱり小さい子は可愛いなあ。こんなにいっぱいいるんなら一人くらいいいんじゃないかな~』って言ってますよ? いかんいかん、あぶないあぶない。園の皆を守る聖母としては見過ごすわけにはいきませんよ」
大きなため息と共に波留は呆れかえる。確かに山田の見た目は怪しい。それはどうしようもない現実である。それなりの常識を備えている波留にとってもその点は弁明の余地がない程度には事実だ。
だからといって(まだ罪を犯していない)同僚を簡単に通報してしまう遠藤の行動力を放置しておくことは園にとっていい事ではないことも事実であろう。
「それにしたって遠藤先生、山田先生のこと気にし過ぎなんじゃないですか……ひょっとして子供たちに嫉妬してたりして(なんちゃって)」
波留のそんな若干おちょくるような言動に対して遥か遠い空を見つめるようなトオイメをしながら答える。
「……まぁ、彼も昔は頑張ってくれたからね。七十二柱との戦いに彼は欠かすことのできない相棒だったよ。あんまり覚えていないけど」
「またお得意の『中二病』ですか。何かあるとすぐにソコに逃げるんだから。少しは常識を身に着けてくれないと困るのは私だけじゃないんですからね……って私の話きいてます? ……駄目だ。トリップしてる」
園の庭では無邪気な子供たちが山田を見つけて指をさして笑っているようであった。背丈の小さな子供たちにとって巨人のような山田は面白い生き物に見えるのであろう。
それこそ、動物園でみたゴリラかなにかだと茶化すように笑っているのであろう。それに気を良くした山田が一層強く金網をガッシャンガッシャンやっている姿が波留の目に映っていた。
自制の効かない園児の相手をするこの職業は基本的に子供が好きでなければ続けることは難しい。勿論、屈託のない笑顔だけを振りまく天使の面だけではなく悪魔のような悪意のない悪戯には目を配らなければならないし、自らの足で動き回ることができるだけに注意をすることも山のようにある。
まあ、この場に限っていえば山田の目は園児たちに向いている訳で、(一応)遠藤も職員室に詰めているので、波留にとっては少し休憩できる時間であるともいえる。彼女もまた人間だ。常識的に考えてトイレくらいには当たり前に行く。
……
山田は金網越しの園児たちと遊んでいた。
「ワハハハハ! 怪物だぞー! 連れ去っちゃうぞー!」
子供たちはキャイキャイと嬉しそうに楽しそうに滑稽に映る山田を面白がっている。程なくして山田の肩をポンポンと叩く二人の制服姿の男が現れて、怪物は多少の抵抗をみせたが已む無く拘束される。
その姿をみて子供たちは、さらに喜ぶ。
それはそうだ。警察官だなんて正義の味方が自分たちの遊びに加わってくれたのだからそりゃあ嬉しいだろう。実際に何が起きているかなんてことは知る由もなく、山田がパンダカラーの自動車に詰められ連行されていったのを見送り、なにごともなかったように元の遊びに戻る。
園の大人たちが姿を消した山田の行方を知ったのはそれから一時間後のことであった。