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第38話 悪夢の缶詰

 山田が松葉杖をついている。ギプスを固定するためにグルグルと巻かれた包帯が実に痛々しい。ピョッコピョッコと歩く姿に山田の表情は厳めしい。


「いやはや面目ない。丈夫だけが取り柄だったんですけどね」


「怪我は仕方ないですよ。特に山田先生みたいに体を張ってくださる方なら尚更でしょう」


 思いがけない遠藤の第一声に山田の顔が思わずほころぶ。


「遠藤先生……」


「縄張り争いはゴリラの常ですからね」


「遠藤先生?」


 ……


 雨漏りというものは季節を選ばず実に嫌なものである。『そろもん』の建屋が築何年なのかなんてことは、いつも利用している彼らにしたって知る所ではないわけで、こういった不具合めいたことも往々にして現れる。


 遠藤の見解によれば『戦前の建物っぽい』らしいのであったが、どうにもこうにも言葉の響きだけで言っている節が見え隠れしていたので誰も相手にすることはない。


 相手にしないが、古くから住む近隣の爺様や婆様の中には園に向かって手を合わせる仕草をしていたりもするので何かしらの歴史はあるのであろう。

 

 ともあれ、雨漏り。


 建物の修繕、補修は職人山田の仕事。業者に委託するのもやぶさかではないが、身内で済ませられるのであれば、コスト的にも助かるので積極的に(山田を)活用していくという園長である通称『そろもん王』の命なので仕方がない。


 結論だけをいってしまえば、登った屋根から降りようとしたけれど、足を滑らせて落ちてしまった。足を挫いて骨折。そんなところ。


 ……


「やっぱりゴリラじゃないか! 『いいからテーピングだ』って言ってくださいよ!」


「……あの時、何故か脚立がツルツルしていたんですよね」


「さーて、仕事仕事」


「遠藤先生?」 


「私は悪くないっ! 証拠はあるのかっ! 証拠はっ!」 


「まだ何も言ってないじゃないですかっ!」


 表情の安定しない遠藤に山田の疑惑の眼差しが突き刺さる。思い返してみると、ここの所、山田の身の回りでは災難というにはどうにも人為的な要素が強い出来事が起きていたように感じる。


 園児が路上で倒れているかと思い、危険を顧みず飛び出してみると、洋服を着させた小さなマネキンであったなんてこともあった。幸い、山田を轢いたのが軽トラックだったので怪我することはなかった。


「なんで怪我すらしていないのか不思議なんですけれど、それは……」


 別の日には、大雨で増水した河川で溺れている子どもを見かけて飛び込んで抱きかかえてみると折れた木片にゴミが絡みついているだけの代物であったなんてこともあった。幸い、大きな荷物を背負っていた訳ではなかったので問題はなかった。


「いや、それに至っては私がどうのこうのじゃなくて、山田先生の単なる見間違えでは?」


 また、つい先日、海外のサイトを閲覧した利用料が支払われていないとかなんとかで裁判所から差し押さえを命じるような連絡がハガキで届いたこともあった。流石に、幼稚園の先生がそんなサイトを見ているなんてことがバレたら周囲の人にも迷惑がかかると思い、なけなしの貯金から捻出したこともあった。


「……見たことは否定しないのか(困惑)」


 そうそう、忘れてはならないのは遠藤先生から『誕生日プレゼント』としていただいた缶詰を忘れてはならない。『もう大人なのだから、こういった美味しいものを召し上がっていただきたいなって』という心遣いを嬉しく思い、異様に膨張して破裂しそうな魚の缶詰を何の躊躇いもなく部屋で開けてみたら爆発四散した(臭い的な意味で)ことがあった。


 その異常な臭気に近所の誰かが警察を呼んだが、目をやられ、立ち入ることができず、ガスマスクを付けた特別機動隊が部屋に乗り込んできたこともあった。

 

 頑張って食べた。 


「シュールストレミング完食したんですか! っていうか、山田先生が一時期、異常に臭っていたのはアレのせいなんですね(笑)」


 そして今回の脚立である。


「いやいや、実質、脚立だけじゃないですか」


「下手したら死んでいたかもしれないんですよ?」 


「軽トラックに轢かれて怪我しないゴリラが、どの口で言ってるんですか! あの子たちだって山田先生のことを考えてやったことなんですよ!」


「あの子たち?」


「『山田先生はいつも大変そうだ』『山田先生には体を休めてもらいたい』そう思って、あの子たちは脚立に油を塗ったんです。悪気はなかった、悪気はなかったんです……」


「……そう、ですか。僕は子どもたちに労われていたんですね……そうとも知らず、僕は感情的になってしまって……」


 声のトーンが下がっていく山田に、うっすらと目元に涙を浮かべる遠藤が鼻をすすりながら答える。


「ええ。でもいいんです。きっとあの子たちも喜んでくれますよ。山田先生が怪我したことで力仕事から解放されたって。楽をすることができるんだ。って。」


 一部始終を眺めていた波留は重い口を開く。


「流石にいかんでしょ!」

佐藤「あのぅ、また雨漏りしてるみたいなんですが……」

遠藤「山田先生! 出番です!」

山田「は?」


後書き その2


遠藤「『あの子たち』って誰なんですかね?」

山田「それはいかんでしょ!」


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