第36話 猫柳組のフェネクスちゃん
フェネクス
20の軍団を率いる序列37番目の侯爵
不死鳥ではないが鳥の姿をしている。詩を読むが声が汚い悪魔
「ぼくはみてしまったんだ……」
いつものように、何事もなくキャイキャイ駆け回る園児たちの群れから一人の男児が職員室の窓ガラス越しに談笑する三人の女性に熱い視線を送っていた。
園の庭先に身を隠す木など存在していない。フェネクスちゃんは茶色い花壇のど真ん中に意味あり気な雰囲気を漂わせるヘンテコなオブジェの陰に隠れるようにして回想する。
……
カラスというものは何というか、やたらと集まる時は集まるもので、大抵の場合は生ごみを目当てに群がる。普段はそういったことはないのだが、『何故か』豚足の食べカスが馬鹿みたいに『そろもん』から程近いゴミステーションへと投棄されていたからだったのであろう。
その日、フェネクスちゃんは何をする訳でもなく、園を囲うように設置されたフェンスに寄り掛かるようにして外を眺めていた。まるで動物園で檻の中の動物をジィ~っと眺めるかのように。道行く人もいない外の世界を。
ふと、教室の方へと目を移すと女の子が泣きじゃくっていた。聞き耳を立てていた訳ではなかったが、どうやら空をグルグルと飛び回るカラスが怖いのだとか、そんな感じの様子。
そののち、山田が裏庭から弓と矢を持ち出して庭先からカラスに向かって放ち出したのをフェネクスちゃんは見た。
「……ぶんめいとはなんなのだろうか」
幼心にそんな気持ちにさせてくれた山田の姿は、なんともいえず中世の狩人……というよりは初めて弓を用いた古代の民のようにも思えた。
カラスの群れは山田を小馬鹿にするようにカァーカァー鳴き喚き、その声に恐怖を覚えた別の女児が、釣られて泣き始める。なんとも混沌とした画であった。
笑うに笑えぬ滑稽な光景を前にフェネクスちゃんは、そろりと園の裏手から現れた佐藤の存在を視界の端に捉えた。
……途端に風がざわつき始める。
雲は出ていた。それは間違いない。だが、こんなにも陽射しを遮る程であったであろうか。フェネクスちゃんは、そんな奇妙な感覚に襲われた。誰かにこの感覚を共有しようと思ったが、不思議な事にフェネクスちゃんの身体は磔にあったかのように動かない。
……近所の犬が吠えだす。
動物だけが感じ取ることができる違和感のようなものがあったのであろう。猫が飛び出し鳩は駆け抜け、腰の折れたお婆さんは走って逃げる。
上空の雲は渦を巻き、木々が騒めき、山田の放った矢が風に巻かれて山田に刺さる。
一体何が起きているのか……フェネクスちゃんは、そう思いつつ、全ての事象が、こちらに背を向けた佐藤を中心に起きていることに気づいていた。
カラスの群れも異変から遠ざかろうと試みているようではあったが、何かに阻まれているようで、佐藤を中心とした大きな円を描くように一列縦隊を成している。
そしてフェネクスちゃんは見た。
佐藤が右腕を持ち上げ、サッと振り下ろすとカラスの群れが勢いよく飛び立ち、彼らの背を押すように強烈な風が吹き荒れたのを。
恐らく、カラスたちは自らの意思で無いのであろう。その証拠に目視では確認できなくなるまで、ひたすらに真っ直ぐ飛び続けていったのだから。
フェネクスちゃんは、何か、この世のものではない超常的なものを、決して見てはいけないものを視てしまったような気がして……
「そんなところで、どうしたのかな。フェネクスちゃん?」
そんなはずはない。彼女は、たった今まで視線の先に居たはず。それでも確かに背後から聞こえてきた声は……
そこから先のことをフェネクスちゃんは覚えていない。目を覚ました時には教室にいた。。
もしかすると……ひょっとすると、あれは夢だったのかもしれない。フェネクスちゃんは、そう思いたかった。あんなにも恐ろしい出来事が在り得るなんて。
残念ながら現実のようである。
その証拠に、山田の右膝には矢を受けた傷があったのだから……
山田「膝に矢を受けてしまってな……」
波留「(矢?)」
佐藤「(矢?)」
遠藤「(スカイリム!)」




