第33話 甘藍組のパイモンちゃん
パイモン
200の軍を率いる序列9番目の王
女性の顔をした男性の姿(マジかw)声が大きい。物知りな悪魔。
遠藤は窮地に立たされていた。いつかは訪れると予期していたが、この場に頼れる仲間の姿はない。「(くぅ油断したっ……)」みたいな心の中の声は誰に届くわけもなく、ただただ、状況を好転させる術を求めて梅干しのような脳みそをフル回転させる。
じわり、じわりと滲みよるパイモンちゃんの無垢な視線が追い打ちをかける。
「ねえ、えんどーせんせー。あかちゃんはどこからくるの?」
遠藤は表面上、考えている素振りをみせるものの、腹の中では「四~五年前のことだから頑張って思い出してね。パイモンちゃんが思い出せないなら波留先生に聞いてみるといいよ」と言ってしまいたい想いで張り裂けそうになるが、寸でのところで堪える。
「れ、レタス畑で生まれるんだよ」
「それ、きゃべつ」
「そうそう、パイモンちゃん、なんだ知ってるじゃん! そうなの。キャベツ畑で……」
「いつも、しょくたくにならぶキャベツは、あかちゃん? せんぎり?」
「千切らない。それは食用のキャベツ。赤ちゃんが生まれる用のキャベツがね、別にあるの」
嘘をつくという程のものではないが、見ること聞くことの全てが新鮮な園児にとってみれば目を輝かせるような話だ。
蛍光灯の光を真ん丸お目目にキラキラと反射させる眩しさに、塩を撒かれたナメクジのように遠藤の肩身が小さくなる。
「じゃあ、パパとママは『キャベツばたけ』にあかちゃんをむかえにいく『おはなし』をしていたんだね!」
子どもというものは大人の事情を考慮しない。場合によっては知ってて言っているんじゃなかろうかと思える位に、この手の『言い間違いが命取り』な話題であっても、ぶっこんでくる。
「きのうのよるね、パパとママがね。あかちゃんのおはなししながらプロレスごっこしてたの」
「(ああああ……パイモンちゃんのパパさんとママさん、元気だぁ……じゃなくて、見られちゃ駄目ですよ……)そっかぁ、どうだった? (違うっ! これは明らかに間違えてる!)」
しかし、口にしてしまった言葉は元に戻ることはない。パイモンちゃんにとっては理解し難い『どうだった?』という問いに対して、パイモンちゃんは昨晩の光景を思い出しながら答える。
「……ママが」
「……ママが?」
「……パパのうえにのって」
「……パパの上に乗って?」
「『ふぇいすろっく』きめてた」
「(パパさん……)そっかぁ、それはプロレスだねぇ」
パイモンちゃんのパパが、どうやらマゾらしいという逆に知ってはいけない情報をホイホイと口にしてしまうのも子どもの恐ろしさであろう。
ホッと胸を撫でおろす遠藤を見て、追撃は続く。……パイモンちゃんの口角がニヤリと上がったように見えたのは恐らく遠藤の勘違い。
「そのあとにね、パパがママのうえにのって……」
「あっ(察し)」
「『さんかくじめ』」
「パパさん死んじゃう!」
「からの『ろめろすぺしゃる』」
「うわぁ、ママさんすっごい……」
「パパもまけじと『ギブアップ』」
「駄目じゃん!」
「そのこえをうけて、ママが『ちきんういんぐあーむろっく』」
「……ママさんひっどい。っていうか、それたぶん夫婦喧嘩だね」
「えっ……パパとママ、けんかしてたの? そんな……」
「違うよ! プロレスだよ。プロレス! ……疑う余地なく普通のプロレスだね」
遠藤は改めて『泣く子と地頭には勝てぬ』という言葉を実感した。
あと、夫婦の在り方は色々あるんだなぁと考えさせられるのであった。
遠藤「泣く子と地頭には勝てぬ」 ← 地頭をわかってない