第31話 金木犀組のハルパスちゃん
ハルパス
26の軍団を率いる序列38番目の伯爵
召喚されると鳥の姿で姿を現す。町を造ったりする悪魔
かつては同士とも呼ばれる間柄で互いの絆を強く強く認識することのできた極々少数の者達による場であったものが、市民権を得て見知らぬミーハーが参加することになり、自然とサークルの色というものが濃く出てくるようになる。
彼らは決して新参者を貶したりはしない。しかし、元々の大半がどちらかといえば内気でいて、ゲハゲハ盛り上がるようなタイプではないので誰も日常の顔を知らない。
それも始まるまでの話。着替えが終わり、キャラクターの力を借りたかのように明るく眩しい、弾ける笑顔で、声すらも上ずる。
「あーっ! HALさんですよね? 今日も気合はいってますねぇ。やぁ……すごく、和泉守兼定ですね。照れちゃうんですけど、しかも地毛じゃないです?」
波留の人生における最大の楽しみ。それがコスプレ。愛してやまないキャラクターになりきることで、身も心もキャラクターに捧げている感が堪らなく好きで、いつの間にやら知る人ぞ知るコスプレイヤーになっていた。
「ええ、地毛ですよ。いつも来ていただいてありがとうございます。嬉しいです。とても」
化粧の影響もあるのであろうが、カラコンと中性的な顔つきに、元々透明感のある雰囲気、気合の入ったキャラづくりは、体格まではどうしようもなかったが美剣士そのもの。新選組の羽織がイケメンっぷりに拍車をかける。
「キャー、HALさん、一言ください!」
「ふっ、仕方がないな。「オレは和泉守兼定。かっこよくて強い、最近流行りの刀だぜ」」
波留の脳は震える。ジワーっと麻痺してくるのを感じて、普段は味わうことのできない刺激に酔いしれながら楽しむ。コスプレイベントとは作り手、演じ手がいて成り立つものであるが、ファンの存在というものは、一度体験すると病みつきになる程の中毒性を孕んでいるのだと波留は常々思う。
……
「すいませーん! こっちに目線もらえますかー?」
「あっ、こっちにもくださーい」
波留は個人で参加している。サークルに入ろうと考えたことが無いわけではなかったが、あまり気乗りしなかった。普段の自身の生活、周囲へ見せている一般的、模範的な社会人』像とはどうしてもギャップがあるということを誰かに知られるのが怖かった。
だがしかし、ここまでHALという名が知られてしまった以上、最低限度のお付き合いというものは存在する。情報交換であったり、場所の確保であったり。今回も刀剣男子の大手サークルに色々とお世話になっている。
この手の趣味は得てして互いを別の顔を詮索しないという暗黙の了解によって成り立つ。もっとも、そんな込み入った事情を知らないミーハー層が参加すると、その辺りの感覚がどうしてもズレていることに難義してしまうことも、また事実。
「そうそう、HALさん。申し訳ないんだけど、急遽飛び入りで二人参加することになりまして。もう来ているはずなんですけどね。都合が悪いようでしたら仰ってくださいね」
「すみません。いつもお気遣いいただいて……楽しんでくれるといいですね」
「う~ん、親子? じゃないみたいなんですけど、片方は幼稚園児みたいなんで、私は楽しみなんですけどね」
「(……幼稚園児か。まさかね)」
そうこうしている内、会場の一角が異常な騒めきをみせる。
女性ばかりの人だかりが黄色い歓声のような「かわいいー!」を雄叫びのような奇声に昇華してしまった高周波を生み出す。
天然そのものクリクリお目目に栗色ウィッグ。白色シャツに紺のジャケット、お約束の半ズボン。袈裟懸けショルダーの幼児は周りを囲むお姉さんたちに自己紹介する。
「『ほうちょうとうしろう』だぞ! おかしくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」
「いやーーーーーーーーーーーーーー! とうしろう、いやーーーーーーーーー!」
どうやらハロウインと勘違いしているらしい幼児の名前ハルパスちゃん。少しだけ距離を置いた位置にいるHALに、彼が今回初参加のメンバーであることがわかったのはその隣に引率するように居た人物のおかげであった。
遠藤である。
まるで黄色い悲鳴染みた歓声が自分に向けられたものであるかのような振る舞いを魅せる遠藤は……何のコスプレ? 人の波を引き連れ、HALたちの元へと辿り着いた遠藤はサークルの担当者に挨拶をする。
「いやぁ、凄いですね! こんなに盛り上がるものなんて思いもしませんでした」
「早速、楽しんでいただいているみたいで、こちらとしても嬉しいですよ。……で、そちらのお子さんが『包丁藤四郎』のハルパスちゃん、ですね?」
「「ほうちょうとうしろう」ですっ!」
「うん、そうだね。良く似合ってるよ。それで、ええと遠藤さんは……どのキャラクターでしたっけ? すみません。事前に確認ができていませんで」
「エイリーン=エンデゥーですっ!」
「エイリーン、エイリーン……ごめんなさい。ちょっと、どの作品か知らなくて、教えていただけますか?」
「かつて、ソロモン七十二柱を討った勇者ですよ? ご存じありませんか?」
あまりにも遠藤が堂々とした態度で対応するものだから担当者は、非常に申し訳なさそうに反応を返す。そもそもが別段ゲームであったりアニメ、漫画、ライトノベルなどなど、あらゆるコンテンツに名前が出てこない者なのだから知らなくて当然である。
HALは知らぬ顔を通すが、気になって仕方がない。
助け舟を出してやる義理はないが、気軽にツッコむことすらできない状況に気が気でない。そんなものだからファンの娘が話かけてくれても思わず口調が荒れる。
「すいませーん、兼定の目線、いただけますかー?」
「ああ? ちょっと待ってくれ」
「ああああああああああああっ! 兼定ああああああああああっ!」
どうやら、こういう態度も嬉しいらしい。ともあれ、HALもとい波留にとっては本当にそれどころではない。自身の趣味が、隠し通してきた趣味が明るみになると……それも遠藤に知られてしまうと、何を言われるかわかったものではない。
「……でも、その、遠藤さんのその格好って普段着にしか見えないんですけど?」
「ええ、だって『エイリーン=エンデゥー』ですから」
「はい? それで合ってるってことです?」
「ええ、だって私が『エイリーン=エンデゥー』ですから」
「(ん? キャラになりきっているってことなのか? だったら余り聞き過ぎるのは野暮というものか。っていうか会話になってないし、面倒だし) 了解しました。じゃあ何か不都合がありましたら私までお願いしますね」
「えっと、私ってここで何をすればいいんですか?」
「何って……ああ、そういうことか。初めてですもんね。だったら丁度いい方がいらっしゃいますよ。HALさんって方なんですけどね、レイヤー歴もありますし、色々うかがうといいですよ」
サークルの担当者が悪い訳ではない。むしろ、場の誰かが悪い訳でもない。強いて言えば波留の運が悪かったのであろう。
ハルパスちゃんは、和泉守兼定の顔をみて即座に見抜く。子どもの目というものは大人の目よりも純粋に物事をみる。時には残酷な、大人が見て欲しくないものであってもそれは変わらない。
「えんどうせんせー。どうして、はるせんせーがここにいるの?」
「え゛っ……」
「しーっ、ハルパスちゃん。駄目だよ。波留先生は今、和泉守兼定になりきってるんだから。兼定さんって呼ばなきゃ」
「……」
バレてた。
波留「遠藤先生……お願いですから、他言無用でお願いします」
遠藤「波留先生……残念ながらみんな知っています。というかアレやってください。アレ」
波留「アレ?」
遠藤「『最近流行りの刀だぜ』ってヤツ」
波留「やめてくれぇ、やめてくれぇ」