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第30話 桔梗組のムルムルちゃん

ムルムル

30の軍団を率いる序列54番目の伯爵

姿を現すとどこからともなくトランペットが鳴る。音楽好きな悪魔


 職員室を彩る一輪の桔梗ききょうの花。色気のない日常を艶やかな表情を魅せる花と花瓶に波留は目を見張った。


「へえ、山田先生ってお洒落に興味があるんですか?」


 透明なコーラの空き瓶。ただ、一点だけ変わった様子であったのは、口の部分が斜めにカッティングされていたこと。桔梗が傾斜に腰かけているような見た目はなんとも『そろもん』を表しているようで和む。


「いえいえ、波留先生。僕じゃないすよ。でも波留先生じゃないなら、遠藤先生? 佐藤先生はそういうことに無頓着っぽい感じがしますし」


「それこそないでしょう。山田先生はジョークがお好きですねぇ(笑)」


「……波留先生もなかなか毒を吐かれますね」


 ある晴れた昼下がり、庭先へと続く道の片隅に一組の師弟が鍛錬に励んでいた。師は長い髪を垂らしながら、それでも邪魔にはならない素振そぶりで拳を繰り出す。


 師の半分ほどの背丈の弟子は、まだ陽射しを照り返す程に真新しい道着姿で師の動きを見る。目で追う。


 追うが理解が追い付かない。決して速い訳ではない。一定のスピードで淀みの無い脚運びに左右にブレることのない芯。一切の力みを排除した演武はまさしく神業。


「ししょう、すごい」


「ムルムルちゃん。『そろもん』では師匠って呼んじゃダメでしょ」


「はい! さとうせんせー!」


「って、佐藤先生、何をやっているんですか? こんな隅っこで」


「あっ、い、いや波留先生。こ、これはですね。ちょっと違うんです。違うんですっ!」


「まだ何も言ってませんけど?」


「ホッ……良かった。波留先生ならわかってくださると思っていたんです」


「いや、だからまだ何も言ってませんってば」


 ……


 別に正座を強要した訳でもないのに佐藤は正座する。師匠がそうするならばと、ムルムルちゃんも正座をする。なんとなく、場の空気的に悪役に映ってしまうことを懸念して波留も正座をする。……なにやらよくわからない光景が広がっていた。


「で、佐藤先生の話を整理すると、ご実家の道場にムルムルちゃんが通っていて、今度、初めて大会に参加するから園でも稽古をつけてあげていた。と?」


 佐藤は波留の顔を見ることができない。格闘家ゆえの実直さの為であろうか。心の内を隠すことなく吐露する。


「ごめんなさいっ! 保母さんとして園の子どもたちには同じ対応をすべきなのに。それなのに私はムルムルちゃんの為とはいえども……」


「いいんじゃないかな?」


 佐藤は驚きながら言葉を詰まらせる。波留は続けた。


「だって、ムルムルちゃんも『そろもん』の子どもだし。その格闘技の大会っていうのはよくわかりませんけど『そろもん』の友達が活躍してくれるのって、皆、喜ぶと思うんです」


「波留先生……」


「はるせんせー……」


「ですから。こんな隅っこで隠れながら稽古なんてしなくてもいいんです。もっと堂々としてください。だって、佐藤先生にとってムルムルちゃんは可愛い直弟子なんでしょ?」

 

 波留は満面の笑顔で佐藤に、優しい言葉でムルムルちゃんに告げた。


 先ほどまで、いつもと変わらない格好であった先生と友達が、何やら物々しい道着姿で陽の元へと姿を現す。波留はその頼もしく堂々とした後ろ姿を見送り、稽古が再開されるの見届ける。


 何も知らない園児たちの視線が集まる。期待を寄せる好奇の目。もっとも蔑むようなものではなくて、単純な好奇心による純粋な。

 佐藤は波留の言葉を胸に刻んだ。格闘技を身に着けた人間にとって、体得したわざを衆目に晒すことはよくないことだと思っていた。


 ましてや、職場に私用を持ち込むなんて言語道断だと勝手に思っていた。……でもそうではない。そうではなかった。少なくともムルムルちゃんは手に入れた力を悪用するような大人に成長することはない。なにせ『そろもん』の教育を受けているのだから。


「いくよムルムルちゃん!」


「はいっ! ししょう!」


「龍虎蛇蝎掌っ! はじめっ!」


「りゅうこだかつしょうっ はっ はっ はっ」


「ちょっと待って! 佐藤先生っ! ストップ! ストップ! なにそれ、なに? ダカツ? えっなに、なに?」


「『龍虎蛇蝎掌』です。それよりもどうしたんですか波留先生。血相変えて、言い忘れかなにかですか?」


「ごめん、いや、なに? 『りゅうこだかつしょう』?」


 龍虎蛇蝎掌。それは、佐藤が体得した古流武術の流派のひとつにある奥義である。開祖がその一撃で龍と虎を一蹴したとの言い伝えがあるとされているのだそう。

 

「(うわぁ、中二くっさい……) 佐藤先生。それって技の名前をいちいち声に出さないといけないものなんですか?」


 波留の言葉に佐藤は「やっぱり、ご迷惑ですよね。私達は隅っこでコッソリやってますから……」と肩を落とす。そうではない。そうではないが、そういうことでもなくはない。


「ちょっとだけ佐藤先生、お時間いただけますか?」


「え? 構いませんけど……じゃあムルムルちゃん。ちょっと波留先生とお話してくるから『背流龍虎撃滅脚』から『龍虎覇玉拳』までの繋ぎね。はじめっ!」


「はいっ」


「『はい』じゃないがっ! 佐藤先生も『はじめ』じゃないです! ムルムルちゃん、休憩してて、休憩。(そんな(遠藤先生を含む)他の園児が真似しそうな中二的キーワード、悪影響だし、物理的に危険すぎるっ)」


「……ししょう」


「ムルムルちゃん。休憩で」


「はいっ」


「(師匠にだけいい返事してんなぁ! おい!)」


 ……ムルムルちゃんは道着が入っていたのであろうバックの中からゴソゴソと何やら取り出し、瓶コーラを佐藤へと手渡す。


「うん。ありがとうムルムルちゃん……でも本当は駄目なんだよ? 『そろもん』にジュースを持ってきちゃ」


「でも、『たんさんぬきこーら』は『えねるぎーこうりつがたかい』って、ししょうが」


「あ~、でも佐藤先生。それって瓶だから栓抜きないと飲めませんし。とりあえず職員室で話をしましょう」


「センヌキ? センヌキってなんですか?」


「『栓抜き』ですよ、栓抜き。ほら、瓶の蓋になってる奴、そのままだと飲めないじゃないですか」


 佐藤は不思議そうな顔をしていた。


 瓶のコーラはこうやって飲むものであろうと言わんばかりに目にも留まらぬ手刀打ちで瓶の首から上を弾き飛ばし、何食わぬ顔で切り口からコーラを飲み始める。


「あれもお前かっ!!」


佐藤「ちなみに龍虎撃刀といいます」

波留「その流派の開祖は龍と虎にどんだけ恨みがあったんですか?」


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