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第29話 苺組のオロバスちゃん、グレモリちゃん、デカラビアちゃん

オロバス

 20の軍団を率いる序列55番目の君主

 馬面。時を遡る職能を持つ。真実を教えてくれて、嘘をつかない悪魔

グレモリ

 26の軍団を率いる序列56番目の公爵

 ラクダに乗った美しい女性。恋愛好きで若い乙女をその気にさせる悪魔

デカラビア

 30の軍団を率いる序列69番目の大侯爵

 ヒトデ

「……『ひいふうみい……』『おい旦那、いま何時なんどきだい?』『へい、ここのつでい』『へへ、ごっそさん』おあとがよろしいようで」


「??????」

「????」

「??」

「……???????」

「……わかる?」

「……わかんない」


 デンデケデンデケ、デデンデン、カラカラカラカラ……といった軽妙な追い出し太鼓のSEだけが教室内に虚しく響き渡り、園児たちを眠りへと誘う。


「あのう、遠藤先生。子どもたち向けにわかりやすくしてくれたのはわかるのですが、省略し過ぎて、全然『時そば』になってないんですが……」


 草木が眠るまでもう少しの十九時くらい。『そろもん』お泊り会の夜は、後は寝るだけの状態であった。住宅街の一角にあるためか、夜ともなれば人気ひとけが無いどころか、音もしない。

 

「でも、『時そば』って代金をちょろまかす話じゃないですか? 小さい子どもたちにはどうかと思いまして……」


「いやいや、小噺するって手を挙げたの遠藤先生じゃないですか。どうしてくれるんですか? この空気」


「ん~、子守歌的な? 寝落ちしている子が何人かいますし」


「練習しました?」


「し……全然してないです」


 大した盛り上がりもなく『そろもん』の夜は更けていく。


 ……


 悪魔は子どもが寝静まると顔を表す。宿主の心の隙を盗むようにひょっこりと。ほんの少しの能力と、幼児の目を通して見た、ほんの少しの現世の知識をもって。


 オロバスちゃんは時を操る。三人の中で一番気が強いリーダー格。

 グレモリちゃんは恋愛好きの『おませさん』三人の中の紅一点。盛り上げ上手。

 デカラビアちゃんはヒトデなし。三人の中で一番ヒトデなし。


 皆が寝静まる教室からそろりそろりと抜け出して、行く場所なんて特にない。冒険の先で辿り着いたのはトイレ。悪魔が夜のトイレを怖がる道理はない。なんなら怖がらせる側といっても差し支えないだろう。


 仮にもソロモン七十二柱の末席に名を遺すような大悪魔が夜のトイレを怖がることなどありえない。……ありえない。…………ありえないのだ。


 必要以上に動悸がするのは恐らく眠いからであろう。

 いつも以上に寒さを感じるのは暖房のない『そろもん』だからであろう。


 震えそうな声を気丈に振る舞いながらリーダー格のオロバスちゃんは小さく、小さく二人に話しかける。実に悪魔のような口振りで。


「どうやら、現世にも王家の血筋が残っているらしい。その者は、この世界の最高学府『大学』というもので学んだそうな。恐らくは世界の王となるべく着実に力を蓄えているのであろう」


「それは、厄介ね」

「そうだな、なんとかせねばな」


「そこで余の職能、時間操作を使う。力の発動が神のヤツに気取られる可能性はあるが仕方あるまい」


「ああ仕方ない仕方ない。何せ、我らを討ったエイリーンを探し出した張本人こそ人の王であるからな。知恵ある人間の権力者は厄介というほかないわね」

「そうだな、なんとかせねばな!」


「その者、ハンカチ王子と呼ばれておるそうな。大学選ぶことなく球遊びに興じるよう過去を改編してやれば……」

「なるほどっ! ハンカチ王子は大学にて知恵を付けることなくなるという訳か!」

「そうだな、なんとかなりそうだ!」


「ようし! そうと決まれば善は急げだ! ……いや、悪魔だから善は急いじゃ駄目なのか?」


「難しいところね。私たち、悪魔ですものね。善を急いでは駄目だと思うわ」

「そうだな、なんとかせねばな……」


「そんなことはあるまい。悪い事をしようとしているのだ。ここは『悪』は急げ! だな」


「ええそうね! 『悪』は急げ! 私も同感だわ!」

「……」


 ニッコニコの笑顔を浮かべるグレモリちゃんにデレッデレの崩れ切った表情のオロバスちゃんはイイところを魅せようと念じる。ハンカチ王子と呼ばれる存在するかどうかも分からない王族が歩んだ大学への進学という決断を捻じ曲げ、高卒ルーキーとなる未来へと再編するために強く念じる。


 その力は、オロバスちゃんをかつての姿へと変貌させていく。むちむちした身体はムキムキと成長し、全身の体毛がモッサリと動物のように伸びてい……


「だ~れ~か~な~? 良い子はおねんねしているはずなんだけどな~」


 不思議な声だった。いつも耳にしている馴染みのある声なのに、そこはかとなく恐怖を覚え、死を思い出せる悪魔にとっての『悪魔の声』そして、先程からの寒気や動機の原因が声の主の仕業であると理解する。


 その声を聴くだけで、オロバスちゃんの精一杯のりきみは風船から空気が抜けていくようにシュルシュルと弱々しくなっていき、ムキムキの身体はむちむちへと戻る。


 都合、声が背後から聞こえる形となったグレモリちゃんは全身がガッタガタに震え、白目を剥き、異常な程の汗をダックダクに流す。


「あれ? その『馬面』どこかで見たことあるなぁ~」


 オロバスちゃんの脳裏によみがえるのは悪夢のような断末魔。二十の軍団を五分もせずに壊滅させ、壊滅させたうえで、もう一度壊滅させた鬼畜勇者。それも高笑いをしながら。 


『顔が馬だから』たったそれだけの理由で、移動の度に呼び出されては馬車を引かされ続け、『偉大なる君主』とまで呼ばれたオロバスの死因はまさかの過労死。


 グレモリちゃんは、その美しい外見ゆえ、嫉妬に狂った女勇者にピエロの化粧を施されたうえに、三日三晩に渡り追いかけまわされるという、生まれ故郷の地獄よりも恐ろしい地獄を味わった。


 遠藤は足音無く『二人』の下へと近寄り、重々しく、かつ、優しく肩にポンッと手を置くと一言。


「ねっ?」


 疑問符まで含めて、たったの三文字。されど、どんなに高圧的な物言いよりも効果的な言葉にすらなっていない言葉で二人のたくらみは未遂に終わる。


 『夜のトイレは怖い』という感覚が、幼いオロバスちゃんとグレモリちゃんの潜在意識に深い爪痕を残すことになったことを誰も知ることはない。


いち早く気配を察知したデカラビアは一人教室に帰って爆睡中

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