第24話 山田だけがいない園(後編)
や やまなし
お おちなし
い いみなし
「それで、山田先生との出会いは? あのゴリラのどこがいいんですか?」
三人寄れば文殊の知恵とは言い得て妙であって、大概のことは志を同じくする者三人が場に集まれば心強いことこの上ないものである。
それこそゴシップネタ好きの女性が三人も集まればそれはもう祭りにも似た内なる盛り上がりを押さえつけることなどできはしないであろう。かつ、当事者が場にいないともなれば最早こうなるのは必然。
園児たちに崇められていた偶像は、正式な園のゲストとして招き入れられる。もっとも、信者たる子どもたちの申し出もあり教室内に場所を移しただけではあったが……
一つの教室に納まりきらない程の園児が詰め掛け、園児たちの前に波留・遠藤・佐藤の三人が椅子に座り陣取る。まるで園の代表として質問を一手に担うような形で、対面するのは一人の……寄せられる視線に照れているのか、ほんのり頬を赤らめた少女のようなスーツの青年。
「ゴリラってまた、遠藤先生はどうしてそんなに山田先生のことを悪く言うんですか! 折角、彼女さんが……もとい、彼氏さんがいらしているというのに」
「あ、あの……」
「は、波留先生は、そ、その男の方同士の……とはいっても私達の誰よりも素敵な方だってことは理解できますが……その、きょ、きょ、教育的には、ま、まだ早いっていうか、あのその……」
「いえ、ですから、あの……」
「あーっ、佐藤先生、またそんなこと言っちゃうんだぁ! これだから彼氏持ちは駄目なんだよなーっ! わかってない! 男ってもんをわかってないんだよ」
「……遠藤先生、それは逆に卑屈に聴こえますよ?」
「あ、あのー、そろそろ僕の話、聞いてもらえませんか?」
「「「僕っ娘キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」」」
美形、それも中性的。なおかつ成人済。ジャケットを着たままの姿だと中々、胸があるのかどうかまでは確認できないが、もう三人の頭の中は少女漫画の世界観。波留だけは少しだけ捻じ曲がった妄想となっているものの、ここまで来れば最早お約束であろう。
(こんなに可愛い娘が女の子な訳がないじゃない)
誰も口にはしないが三人が三人ともそう考えていた。
「もう! 拓はいないんですか? 拓は?」
「『たく』? そんな子ウチにいましたかね? 波留先生はご存じですか……ってすっごい笑顔ですよっ波留先生! 何がそんなに嬉しいんですか!」
波留の息は乱れる。こんなにも華奢で、触れれば壊れそうなガラス細工にも似た美形の王子様が、野性味あふれるゴリラの中のゴリラである山田の事を『たく』と親し気に呼んでいる。その美女と野獣もとい、美男と野獣の組み合わせに最近ハマっている『獣人×オメガバース』を重ねて脳内で薔薇の花を咲かせていた。
「いやぁ……いいものを魅せていただきましたぁ。もう……お腹いっぱいだよぉ(震え声)」
「波留先生が飛んでいらっしゃるぞ! 佐藤先生っ! 活を入れてあげてっ! 活をっ!」
園児おいてけぼりの空間でトリップしている波留に佐藤はアワアワと混乱するが、遠藤の一言で自身のやるべきことを思いだし、波留の鳩尾に底掌をあてがうと軽く息をタメ、勁を打ち込み波留を『落とした』
「ちょ、佐藤先生、何をやっているんですかっ! 波留先生、大丈夫なヤツなんですかっ!」
「ええ、錯乱した人は一度『落とした』方が手っ取り早いですから」
佐藤のあっけらかんとした落ち着き払った回答に遠藤はホッと胸を撫でおろす。
「なあんだ。ビックリしちゃいました」
「いやいやいやいやいやいやいやいや。大丈夫じゃないですよ! 何をやっているんですか何を!」
「何を? ああ、古流武術の技のひとつなんですけどね、よく『発勁』っていうと中国武術のことと勘違いされやす」
「いやいやいや! 『技が何か』じゃなくて、拓の職場ってこんなに荒っぽいんですか!」
遠藤と佐藤は互いにキョトンとした表情で目を合わせ、下に『落ちた』波留の姿を確認して不思議そうな顔をして「いつも通りですが何か?」と言い放つ。陸に揚げられた魚のように口をパクパクさせている青年に遠藤が真面目な顔をして質問する。
「……ところで、お名前は?」
「このタイミングでっ!!」
その日の晩、電話にて(王子は仮称)
山田「おう、お前、職場に遊びに来たんだってな?」
王子「ああ、驚いたよ。(同僚は)いつもあんなに激しいのか?」
山田「ん? まあ(子どもは)加減を知らんからな。でも(園児は)可愛いだろ?」
王子「そ、そうなのか?(困惑)」
山田「まぁ楽しくやっているさ」
王子「拓が楽しいんならいいんだろうけどさ、あんまり(教育上)良くないと思うぞ?」
山田「そりゃあ(給料は)良くないが、やっぱり(子どもが)好きだからな!」
王子「え? 三人の内、誰がいいの?」
山田「ん? 三人?」
王子「ん?」
山田「よくわからんが、しいて言うなら皆好きだな! ガハハハッ」
王子「マジか……」