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第22話 鳳仙花組のガープちゃん

ガープ

66の軍団を率いる序列33番の大総裁

大きなコウモリの翼を持っている。召喚した者を異なる場所へ瞬間移動させる能力を持った悪魔


 小さな園の庭は緊張に包まれていた。今日の為にわざわざ取り寄せられた阪神園芸の黒土、春夏と熱狂に沸く甲子園の土と同じものである。白土の中に異質を放つマウンド上の細腕右腕に園児たちの目は注がれる。


 バッターボックスに立つ山田は不敵な笑みを浮かべ遠藤を挑発した。


「……遠藤先生には申し訳ないのですが、何を隠そう私は高校球児として甲子園に行ったことがありましてね。あの頃は四番三塁手、『見た目からして山田太郎』の異名をとどろかせていたんですよ」


 園児たちに並んで様子を窺う波留と佐藤は(それって、ひょっとしてけなされているのでは……)と喉元まで出かけたが何とか飲み込む。真剣勝負にそのような発言は野暮であるといえよう。


 「それは楽しみですね。……しかし! 山田先生。何を隠そう私もかつて甲子園を目指した身でして、毎日、仲間と共に汗を流し合った経験がありますから、油断はされない方がいいと思いますよ」


 マウンド上の遠藤は仁王立ちで山田を見下ろし、右手に掴んだ白球を正面に突き出しながら応える。両者の強気な発言に園児たちのワクワクは止まらない。甲子園という存在を知っているのか知らないのかは定かではないが、何やら凄そうだといった感じに「おーっ!」やら「わーっ!」やら沸く。


「へえ、意外。遠藤先生って高校球児だったんだ。あ~でもなんかわかるかも。遠藤先生って活発で運動神経よさそうですもんね、波留先生」


「この間、書道部だったって言ってましたし、その前はラクロス部でしたけどね。まぁ遠藤先生『野球』のって言ってませんし。高校の部活って全国大会は『××の甲子園』みたいな表現されますしね。嘘はついてないんでしょうけど」


「……あー、っぽいですね」


 ともあれ、何故このような事になったのかといえば、事の発端は『そろもんのガープ坊や』ことガープちゃんの「やっぱ、やきゅうのしゅやくは『ばったー』や」という不用意な発言のせいであった。


 ガープちゃんのパパは週末草野球リーガーとして活躍している。そんなパパのカッコいい姿を見て影響を受けたのであろう、小さな子どもに限った話ではないが、印象に残った光景が正しいものと捉えてしまいがちである。


 もっとも、幼稚園の先生ともなれば、そんなことは極々当たり前の話であって「そんなことないよ、みんな主役なんだよ」だとか「そっか、野球って楽しいよね」みたいな少しだけ論点をズラすように促すものなのであろうが、今夏の夏の甲子園~秋のドラフト会議までの熱い流れに根っからの野球狂たる山田が思わず同意。


 それを見かけてしまった『野球と言えば四番・投手が大正義』と考えるパワプロのサクセスでは投手しか作らない遠藤が反論。そして口論に至り、ガープちゃんの「やきゅうでけっちゃくをつければ?」からの阪神園芸である。


 ……


 遠藤の球を受けるのは火付け役のガープちゃん。

 パパから毎晩のように野球に関する知識を植え付けられ、録画された名勝負を見ながら解説を受けるという英才教育っぷりは、この勝負の場でも如何なく発揮されるのであった。


 ガープちゃん。

(山田先生は、こう見えても手先が器用だ。さっき見た素振りでも外角、内角、どこでも対応できるようなスイングだった。……であれば、遠藤先生には勝ち目はないか? 否。十分に勝ち筋はあるだろう。一打席勝負となれば、圧倒的に有利なのが投手だ。しかも、どうやらこの二人は過去に対戦したことがないらしい。僕としてはどちらが勝とうが気にはならないのだけれども、捕手となったからには投手を勝たせる責務がある。……ともすれば、どのように配球をするか。一球目は内角高めストレート、山田先生を仰け反らせるようなボール球。これだ!)


 山田。

(……一打席勝負となれば断然有利なのは投手。それは紛れもない事実。しかも遠藤先生はどうやら素人ではないらしい。それはそうであろう。投手として勝負を申し出てきたのだ、なんらかの勝ち目があると考えているのであろう。しかし現役時代から数年も経っていれば、それに遠藤先生の細い体つきからすれば球速は問題ないであろう。恐らくは変化球。オーソドックスに考えればカーブかスライダー……一球目は外してくるだろう。いや、ガープちゃんの野球知識は中々に侮れない。バッターの裏を読んで外から内に入れることも考えられる。……これは考えすぎか。外角低めに内から外に外れる変化球、これだ!)


 遠藤。

(……どうしよう。ガープちゃんの手が小さすぎてサインが全く見えない。いや、大丈夫。私が過去に送り出したプレイヤー(パワプロ)達は高ステータスだった。きっと私にもできるはず。カーブなんて初期ステータスでも投げられるんだし、実質『天才』の私であれば変化量『三』は固いはず。初球は……内角低め、膝元をえぐるようなコースのカーブ。これだ!)


 園の庭の静寂に、何か幼稚園とは思われない、不可思議な空気が流れているようだった。呼吸音すらも許されないような風と遠くのサイレンの音だけが包み込む空間で、遠藤が振りかぶる。


 高々と上げた左足、体幹が崩れない体。軸の入った右足、踏み込む左足から伝わる反発力は手の先から放たれる白球に至るまでのエネルギーロスを極限まで排除された理想的なフォーム。右手の人差指と中指からリリースされた球がガープちゃんのキャッチャーミット目掛けて……


「き、消えた! そんなまさか!」


「違います! 山田先生! 上です!」


「?」


 ……それは、青空に浮かぶ小さな雲のようであった。


 そこには先程の豪快な投球フォームに見られたような力強さはなく、勢いもなく、何故このような大真面目な戦いを行わなければならないのか、お前ら馬鹿なんじゃないのか? と野球の神様が馬鹿にしているようにも思えた。


 野球をやったことのない人間が、例え男性であったとしても、何の練習も無しにいきなりマウンドに立ってキャッチャーミットに届くと思ったら大間違いである。大抵の場合、届かない。力の限り投げたとしても大体が暴投。そんなものである。


なんだこれ?

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