第21話 鬼灯組のアロケルちゃん
アロケル
36の軍団を率いる序列52番の大公爵
赤い頭、炎の瞳を持つ騎士の姿をした悪魔
幼い子どもが持つ旺盛な好奇心は、大人が目を離してしまうには少々危険なところがある。
「好奇心は猫を殺しちゃうっていいますからね」
イギリスの諺にあるような『好奇心は猫を殺す』というものは、別に好奇心が旺盛だから猫を殺してしまったというものではなくて、猫が己の好奇心ゆえに自ら命を落としてしまうという意味なので、遠藤のこの発言は明らかに誤用であるのだが、波留は面倒だからツッコまない。
どんなに可愛くて良い子であったとしても、時には叱ってしまうことは教育上必要なのであろうが、近年では怒るという行為すら世間が認めてくれない風潮があり、先生と呼ばれる立場にあったとしても、中々どうして肩身が狭かったりもする。
この日、『そろもん』では職業体験会が開かれていた。
その名の通りではあるが身近な職業を体験して興味をもってみよう。という試みである。
体験とはいえ、できる限りの実体験をさせてあげることが子どもたちの知的好奇心を刺激し、さらに伸ばすことを目的としている……なお、お客様は先生。キッザニアではあるまいし、子供が子供を相手にするというものは前述のとおり危険であるための措置、ある意味で人柱。
職業体験的にNGが出ない限りは体験を続けさせることが先生たちに課せられた役目。
教室のあちらこちらで『おままごと』のような店舗ブースが設けられており、影に隠れるようにして悪魔たちが微笑みを浮かべて贄を待つ。
七五三の衣装であろうか、蝶ネクタイ姿の園児が波留たちに手をモミモミしながら声をかける。
「おねえさん、おねえさん。よにん? よにん? 〇っぱいどう? 〇っぱい? よにんならすぐにあんないできますけど~」
「「「「客引き!!」」」」
「にじゅっぷん、ななまん! かわいいおんなのこつけるよ!」
「高いっ!」
「そうなんですか? 山田先生」
「何で知ってるんですか? 山田先生」
「ちょっと、山田先生……常識的に考えて幼稚園でそういった発言は控えてもらえますかねぇ」
「……すみません」
園児たちの好奇心は計り知れない。テレビで見かけたのか、家族でどこかに出かけた際に耳にした言葉なのか定かではないが余程インパクトがあったのであろう。とはいえども流石に客引きの『職業体験』はいただけない。
「客引きはNGでーす。蝶ネクタイ没収しまーす」
「ああー、ぼくのちょうねくたいがー」
こうやって子どもたちは社会の厳しさを学んでいく。
……
「次は、び、美容室……ですね。『ばーばー』って書いてありますけど」
ビクビクと若干怯えるような佐藤が指差しながら振り向くと、佐藤の野暮ったい三つ編みおさげを雑に掴みながら遠藤は言った。
「ちょうどいい機会じゃないですか佐藤先生! これ! イキましょう!」
その瞬間、佐藤の震えは止まり、三つ編みを掴んだ遠藤の手首を掴み返し、さらに手の先、つまりは肘の辺りを、もう片方の掌でパンっと払う。遠藤の上半身がグラリと波打ったタイミングに合わせて足首を刈るように蹴りを放ち、勢いそのまま腹を刈りとりながら腕を決める。
いわゆる腕ひしぎ十字固めである。
「何が『いい』んですかっ! 遠藤先生こそショートなんですから少しくらい切ってもわからないからいいんじゃないです?」
「……ご、ごめんなさい佐藤先生……いたいいたい」
「あー、大丈夫ですよ。流石に女性の髪の毛は男の比じゃないですからね。僕、切ってもらいますから」
「「「山田先生!」」」
(若干汚い)体操のお兄さんこと、山田先生は太陽のようなスマイルで白い歯を輝かせながら波留たちに安心するように告げ、幼稚園児サイズに作られた美容室の入口をくぐる。
段ボールで作られた店舗の中は外界とは隔絶された空間となっており、最早、山田の姿をみることはできない。カリスマ美容師であるアロケルちゃんと山田の声だけが教室に木霊する。
「いらっしゃいませー、きょうはどうされますか?」
「うーん、じゃあカットでお願いしよっかな」
「ごりん?」
「いや、カットでお願いします。っていうか君達、そんなに押さえつけなくても先生は動かないから大丈夫だよ」
「……いえ、動かれると危ないですから」
「え? なんでバリカン? カット、カットでお願いします」
ヴィ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ガリガリガリガリガリ
「ああああああああああああああああああ」
「動くと危ないからっ! 動くとあぶないからぁ!」
「いやああああああああああああああああああああ」
……
「アロケルちゃんアウトー。バリカンは没収しまーす」
「ああん、ぼくのでんちしきばりかんがー」
なお、途中で電池が切れた模様。