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第1話 世界を救ったその後のお話



 かつて、エイリーン=エンデゥーとその仲間たちは、悪行の限りを尽くした七十二柱の悪魔を討ち果たし、世界に平和をもたらした。


 しかし、人為らざるチカラを得てしまったエイリーンたちには最早、人の世界では生きることはできなかった。


 地上を去った英雄たちはヴァルハラへ導かれる。空をぷかぷかと泳ぐ雲の、そのまた上空にあったのは豊穣の秋を想わせるような柔らかな山吹色の世界。


 その地に辿り着いて彼女達はようやく頬を緩ませ、戦いに明け暮れた毎日から解放された実感を得るのであった……


「……終わったのね。私達の戦いは」


 羽根冠を外しながらエイリーンはホッとした表情を浮かべて友人たちの顔を仰ぐ。とても優しく安らかな表情で。

 大男はデカい顔をグシャリと潰すように豪快に笑いながら携えていた大ぶりなアックスから手を離す。


「ああ、もう戦う必要もない」


 濃い青色の法衣の上からふわふわと揺れる薄い水色の羽衣を着た賢者が、いじわるそうな顔でこれに答える。


「そうね。寝込みを襲われる心配もないわ」


「タークにか?」


「俺がいつ襲ったよぉ!」


 武闘家なのであろう八重歯を覗かせる活発そうな娘の悪ノリに、タークと呼ばれた先の大男が一転して困り果てたような表情で弁明を図ろうとする。


 とても仲の良いパーティ。彼女たちだからこそ、七十二柱もの悪魔を討つことができたのだと、その地の誰かがいった。


 ――


「……せい」

「……どう……せい!」

「遠藤先生! 仕事中ですよ! 何寝ているんですか!」


「……ぅえあ、す、すみません。波留先生」


 遠藤と呼ばれた女性は実に眠そうであった、ウトウトと頭を揺らしながら虚ろな目をしている。そのぶんの真面目さを補うように背筋がピンと伸びた波留は、だらしのない同僚に思わず頬を膨らませる。


 遠藤が眠たそうにするのも無理はない。何せ仕事といっても肝心の仕事相手がまだ到着していないのだから。

 

 送迎は保父兼運転手の山田の仕事。お迎えは佐藤の役割なので、就業時間になったとはいえ七十二人の園児たちが到着するまでには、やや時間があり、それだけにやることが少ない。


「いや、『やることが少ない』っていうか遠藤先生が何もしないだけじゃないですかっ」


「悪魔たちが来る前に体力をつかう訳にはいかないじゃないですかー。やだー」


「『悪魔たち』って遠藤先生、言っていい事と悪いことがありますよ。あんな天使みたいな子供たちのことを悪魔だなんて……」


 怒る波留に対して遠藤は短髪をポリポリと掻きながら答える。その目は睡魔を吹き飛ばしたようなギラリとした鋭さをもっていた。


「だって私、『英雄』ですよ? 『聖母』ですよ? かつて七十二柱の悪魔を討ち果たした『勇者』ですよ?」


 この遠藤という女はこの上なく中二病であった。


 子供の頃にハマりにハマった神話であるとか聖書であるとか、堕天使的な逆さ十字をこの上なく愛してしまい、現実に戻ることのないままに大人になってしまった残念な大人。


「……お願いですから遠藤先生。子供たちにだけは余計なことを吹き込まないでくださいね。くれぐれも!」 


 小さな職場である。波留たちは遠藤の『こんな所』を受け入れる他になかった。もっとも、節度のある大人なので、そういった人が少なからずいることは知っていたし、まぁ『多少は』いいんじゃないかと思っていた。


 それでも遠藤に対して釘をさすようにして注意したのは過去の行いのせいでもある。


『仲間を守る為に犠牲になることがカッコいい』からと「ここは私に任せなさい!」なんて言ってしまったものだから園児たちが面白がって真似をする。『僕が最後まで残るんだ』なんて意味のわからない仲間割れをやってしまう始末。


「この間だって『赤い布地に金の刺しゅうをあしらった眼帯』なんて付けるもんだから、子供たちが真似をして親御さんからお叱りいただいたばかりじゃないですか! 「ウチの子が目を痛がっている! 怪我したんじゃないのか」って!」


 思い出して怒りを抑えきれなくなった波留は捲し立てるように遠藤に詰め寄るが、遠藤は遠藤でへらへらと「いやあ、かっこいいと思いません?」なんて口走るものだから大人しそうな波留の顔も引きつる。


 ――


 ある日、神との謁見を許されたエイリーンは神より『聖母』となって地に降りることを命ぜられた。かの七十二柱が再び地に現れたとの報告を受けた上での、あまりにも残酷な、あまりにも無慈悲な話であった。


 かつての戦場はすっかり変わってしまっていた。


 秩序を維持するためには平和な世界に人為らざるチカラを有した者を送り出すことはできない。だから仕方なかったのであろう。記憶を消去され身体能力を奪われ、社会に適合するような存在として『聖母』を送りだすことになってしまったのは。


 テレビという、その世界では至極一般的な媒体を用いて勇者や英雄、そして神の存在を教えることになったのも仕方のないことであった。神様は涙を流しながらエイリーンの成長を見守ることしかできなかった。


 ちっともチカラを得ることすらできずに、ひたすらに格好だけを追い求めて大人になってしまった遠藤の姿をみて神様は涙を流すほかなかった。


 神様の側近は神に問うた。


「楽しんでませんか?」


 神は大真面目な顔をして答える。


「だって暇だもの」

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