第17話 山田と佐藤と波留と遠藤と
園児の観察記録を作成するのは先生たちの大事な仕事のひとつである。自宅に帰った園児から親御さんに伝わることのない客観的な状況を連絡するための大切なコミュニケーションツールなのだから気を抜くことはできない。
「そういえば、この間の土曜、山田先生って彼女とデートしてましたよね?」
「は?」
「は?」
波留の何気ない一言に問われた本人よりも先に遠藤と佐藤が反応を示すあたり、身内のゴシップネタというヤツは玩具になりやすいのであろう。
当の山田が豆鉄砲を食った鳩のようにキョトンとしているので波留は確認をとるように追加して問う。遠藤と佐藤は口を四角にして驚きを隠せないでいた。
「ほらっ、駅前のカフェで談笑してたじゃないですか。向かい合って。華奢で肌も白くって、なんていうか山田先生の対極にあるような女の子でしたよね?」
「うっそだー! こんなゴリラに彼女なんてできるわけないじゃないですか(笑)」
「いや、遠藤先生……それは少し言い過ぎなんじゃ……えっと、きっと波留先生の見間違えですよ。きっと壺か何かの販売に捕まったんですよ、ね? 山田先生?」
「全然フォローになってませんよ? 佐藤先生」
山田、沈黙。
山田の女関係だなんて、ぶっちゃけた話、誰も興味がない。面白いエピソードがあるのであれば、それは是非とも(ネタになるので)聞きたいところではあるが惚気話なんて毛の先ほどにも関心をもてない。
話を振り出した波留が早々にそんな空気を読み取り会話の舵をきる。波留の悪戯心にちょっとした火がともる。
「ちなみに、佐藤先生は彼氏いらっしゃらないんです?」
「いますよ?」
「は?」
「は?」
「え? 彼氏いますよ?」
青天の霹靂。寝耳に水。藪から棒。佐藤に彼氏。
よもや、目出し帽で出勤するような女っ気の欠片も無い女子に王子様がいるだなんて思いもしなかった波留と遠藤は疑いの目で佐藤を見る。
「……妄想?」
「いやいや、子供の頃から同じ道場で稽古してきた男の子なんですけどね。なんだか腐れ縁っていうんですかね? ハハッ……私みたいなお洒落知らない女性でもいいって言ってくれまして」
「惚気かこの野郎!!」
「波留先生っ!」
「はっ、私ったら。ごめんなさい佐藤先生。『ちょっと』だけ羨ましくてね」
「いえいえ。だって波留先生も遠藤先生も、こんなに素敵な大人の女性と比べると私なんて……」
「自惚れるなよ小僧!!」
「遠藤先生っ!!」
「はっ、私ったら。ごめんなさい佐藤先生。『かなり本気で』羨ましくてね」
「いえいえ。本当に。だって私には男性を選ぶことなんてできませんから。一番身近に居た男の子が精いっぱいなんです」
そういう佐藤は自分に自信が持てない一人の少女のように困り顔で笑ってみせた。
波留も遠藤も、そんな素朴な佐藤に対して「そんなことないよぉ」なんてことを返してはいたが、心中は穏やかなものではない。
何せ、田舎娘だと思っていた佐藤が『彼氏持ち』『幼馴染』『イケメン(心が)』『イケメン(イメージ)』『背が高い(イメージ)』『エリート(イメージ)』『お金持ち(イメージ)』という転生チート物の主人公もビックリの数え役満をかましてくるのであるから、見る目も変わる(なお、遠藤にとっては先輩)
先ほどまで『年齢の割に子供っぽいなぁ』と思っていた三つ編みおさげも、よくよく見てみれば童顔に合わせたピッタリの髪型にも見えるし、分厚い眼鏡の下には子猫のようなウルウル瞳。
「「(……こいつ、できる)」」
波留と遠藤は、生唾をゴクリと飲み込み佐藤のポテンシャルの高さに冷や汗を垂らし、(妄想した)リア充ぶりに、思わずため息を漏らす。
職員室に漂う妙な空気を断ち切ったのは山田の咆哮であった。
「ううううあああああっー!!」
「わっ。なんですか山田先生、急に吼えたりして。お腹空いたんですか?」
「遠藤先生、山田先生に嫌がらせでもされてるんですか?」
山田は、波留に問われたことを思い出していた。全然記憶にない美女とのデート現場は一体、何と勘違いしているのであろうかと考えてみて合点がいった。
「波留先生が見たのは私の友人です。学生の頃からの連れでして、いまだにツルんでいるんですよー。あー、なるほどなるほど。いやだなぁ波留先生」
「へえ、山田先生にそんな仲のいい女性の友達がいらっしゃるんですね。佐藤先生ではないですけれど『いい関係』になりたいって思わないんです?」
波留の言葉にニコニコとした表情を返す山田。爽やかといえば爽やかなのだが、ムチンムチンの筋肉と相まって若干の威圧感があるのが玉に瑕。
「それは無いですよ。だってアイツ『男』ですし」
「えー、なおさらアリじゃないですかー(笑) 冗談はやめてくださいよ山田先生」
「はい?」
「はい?」
「はい?」
各自の休日の過ごし方
佐藤 → 道場で稽古
山田 → 友人と遊ぶ
遠藤 → 異世界トリップ
波留 → 最近ハマっているものはヲタ恋(二年振り三回目)。勿論、〇藤×樺〇