第15話 少女遠藤が『エデンの園』を追放されたお話
矢羽裕史
天然温泉スパ『エデンの園』の店舗マネージャ。
遠藤の元アルバイト先の上司。遠藤をエデンの園から追放にした張本人。
たぶん二度と出てこない……たぶん
リラックススパ『エデンの園』
街外れにある、ちょっとした温泉スパ。ご家庭では味わえない大きな浴槽に張られた中濃度炭酸泉は訪れたお客様がためこんだ日々の疲れをシュワシュワと解して溶かしてくれる。
また、ジェット噴射による温泉マッサージ、薬用ハーブの香りが嬉しいハーブ湯、勿論サウナに水風呂も完備。露天風呂には美肌効果のある微細気泡のシルク風呂。老若男女問わず人気のスポットであった。
遠藤恵里、十六歳の彼女は(主に施設名に惹かれるようにして)アルバイトを始めた。ハキハキとした受け答えとニコニコ笑顔は接客業にはもってこいである。
……はずだった。
「遠藤さん。来週からもう来なくていいですから」
「……流行りの追放物ですか?」
「ごめん。ちょっと何を言っているのかわからない」
学校帰りの制服姿、今から『エデンの園』のロゴの入った作務衣に着替えて仕事を始めようとしていた遠藤に対して店舗マネージャである矢羽裕史が事務事務しく告げる。
「……私、エデンから追放されるってことですか?」
「うん。なんだかニュアンスがおかしいね。まず『エデン』ではなくて『エデンの園』だね。遠藤さんさぁ、これ、お客様になんて紹介しているか覚えてる?」
矢羽が取り出したのはリンゴの形状をしたプラスチック状の容器。矢羽の手にあるものの中味は空っぽであるが、売店で販売されている容器の中には入浴後のお楽しみとしてリンゴのシャーベットが詰められている『エデンの園』印の逸品。さっぱりとした甘酸っぱさが好評で、これを目当てに通う方もいらっしゃるほどの人気商品であった。
遠藤は「そんなことですか」と前置きをしたうえで至極当然のように答える。
「エデンの園名物。『禁断の果実』シャーベットです」
「お客様に対して『禁断の果実食ったら帰れ』ってか? どこの悪辣な蛇だそいつは! って誰がそんな説明の仕方を貴女に教えたんだ一体!」
「いや誰もご存じではありませんでしたので私が真実をですね」
「そりゃあ『誰もご存じではありません』よ。だって、普通のリンゴシャーベットですから。まぁいいです。遠藤さん、貴女が影で私のことなんて言っているかを聞きました。店舗マネージャである私としては、行き過ぎた言動を見過ごすわけにはいかないのですよ」
「『エロヒム』ですか?」
「それそれ。……って、よく本人を目の前にしてケロッとした表情で言えますね貴女。年上の独身男性を捕まえて『エロい』だとか、どういう神経してるんですか」
「いや、だって『エロヒム』は『エロヒム』ですし。敬意を込めたいい名前だと思いますけれど……」
神を表すエロヒム。エデンの園という施設名と施設の長である矢羽裕史に中二的エッセンスを加味した遠藤なりの答えであった。
まぁそんなことは誰も興味が無い訳で(誰も知らないし)、勿論、いちいち遠藤が説明することも無い。ともすれば『エロヒム』という呼称だけが独り歩きしてしまい、耳にした女性従業員の間ではセクハラ魔王であるとか、盗撮王だとか不名誉極まりない……というか誤解にまみれた称号を与えられるハメになってしまう。
「……エデンの園からの追放ですか。仕方ありませんね。甘んじて受け入れましょう。追放物の定番は、追放されてからの急激な成長、秘められた力の解放からのチートプレイですから。これを糧に私は成長し……」
「いや、だから何を言っているのかわからないんですってば」
……
「というのが、私が生まれて初めて働いた時のお話ですね。いやぁあの頃は若かったなぁ私」
お昼寝タイム。ちょっとした休憩時間に話のネタになったのが『初めてのアルバイト』
波留は家庭教師、山田は警備員、佐藤はコンビニ店員。それぞれ若かりし頃の自身を振り返り懐かしさを感じる中にあって遠藤の話を聞いた三人の頭に去来したものは同一のものであった。
「「「こいつ、まるで成長していない」」」