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第14話 浜菊組のカイムちゃん

カイム

30の軍団を従える序列53番目の大総裁

元天使、鳥の着ぐるみを着たダンディな男の姿をしている口が巧い悪魔


 子どもの話すことには脈絡がない。得てして目的がないケースも多々ある。故に反応に困るというのは一般的な話であって、仕事上、上手く子どもとコミュニケーションを取るスキルが求められる幼稚園の先生でさえ、それは同じである。


「えんどーせんせー『あさいん』して」


「あさいん? あさいんってなにかな?」


「えーせんせいなのにしらないのー! だっせぇの!」


「(怒るべきかしら)」


 遠藤はニコニコとした表情の陰に隠すような位置取りで握り拳をギュルリと固める。細腕の筋肉が若干の隆起を魅せ、血管が浮き出る程度に力の込められた鉄拳。


「遠藤先生。その拳を解いてください。どんだけ沸点低いんですか!」


 カイムちゃんと遠藤のやりとりを目撃した波留の一声。対峙すると頭上に『?』が浮かぶような発言であったとしても、案外、第三者的な視点に立てば冷静に考えられるというものなのであろう。


 波留はカイムちゃんが言いたかったことを代弁するように得意になって遠藤に教える。


「『あさいん』っていうのは『アサイン』つまり指名するだとか、例えば何か仕事をお願いする時に使うビジネス用語ですよ遠藤先生。……ってよくそんな難しい言葉知ってるねカイムちゃん」


「ねぇ、あさいんして~あさいん」


「指名か~、そうだ。じゃあカイムちゃんを私の友達にアサインしちゃいます」


「コンゴトモヨロシク」


「(なにか禍々しいものを感じる。やはりここでヤるしかない)」


「だから、なんで拳を作ってるんですか遠藤先生! 何がそんなに気に入らないんですか!」


 遠藤は頬をぷっくりと膨らませて不満そうな顔を波留へと向ける。いい歳した大人が『仕事中にみせる』ふくれっ面なんてものは常識的な考え方をもってすれば、それこそ気が緩んでいる証拠なのだと波留は思う訳で。少しだけイラっとする。


 遠藤の話によれば「中二用語は私の専売特許のようなものなので、私が知らない言葉を子どもたちが使っていると悔しい」とかなんとか。


……そもそもビジネス用語を中二用語呼ばわりしてんじゃねえよ! とは流石の波留も口には出さない。何せ目の前には園児がいる。先生が短気を起こしてしまっては示しがつかない。


そんな大人達の小さなプライドにも似たやりとりを知ってか知らずかカイムちゃんは我が道を行くかの如く遠藤との会話を再開する。


「えんどーせんせーって、はるせんせーの『こんせんさす』とれてないの? はるせんせーは、なんで『なれっじ』をいかして『しなじー』をもさくしないの? いまのゆーざーにひつようなのは、なにを『こみっとめんと』できるかだと、ぼくはおもうのです」


「……」


「……そうだねー」


「すごいねぇ、カイムちゃん! そうそう、『なれっじ』だよね、あと『こみっとめんと』も大事だと私も思うなぁ。『しんじー』だよね。うんうん。波留先生、ちゃんと忌わかってますか?」


「……忌ってなんですか、忌って。遠藤先生、思いっきり困惑してるじゃないですか。あと『しんじー』じゃなくて『シナジー』です」


 目の前に立つ目を輝かせた園児と、背後に立つゴミを見るような目をした同僚に挟まれ、遠藤はアタフタと身振り手振りで誤魔化す(誤魔化せていない)


 別に、大人であろうが子どもであろうが己の知らないことは素直に聞けばいいだけの話であるのに、遠藤がそうしないのは単なる意地であった。『先生が園児に指導を賜る』なんて仰々しいものではないのであって、繰り返しになるがコミュニケーションの一環として『聞けばいい』だけであるのに、そうしないのは遠藤ばかの頭が、それだけショートしているからなのであろう。


「わ、わわかってますよ。『こみっとめんと』ですよ『こみっとめんと』冥界の奥深く、闇よりも深い地の獄の門。通称ヘルズ・ゲートと呼ばれる強大な悪魔の王が封じられているというその門を開くための鍵。それが『こみっとめんと』です。ね? カイムちゃん」


 若干口籠っている辺りに自信の無さ、咄嗟の思い付きであることをまざまざと教えてくれる遠藤であった。勿論、波留にとっては「お前なにいってんの?」レベルの回答であって、それは当の本人であるカイムちゃんにとっても同じこと。


 カイムちゃんは、波留と目配せを行い、渋く穏やかな表情で、すうっと目を瞑り、遠藤の顔をみないようにしながらスマートに答える。


「さすが、えんどーせんせいはものしりだなぁ」


 その立ち居振る舞いは、大人が物を知らない子どもに対する優しい模範解答であった。

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