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第12話 菜の花組のグラシャラボラスちゃん

グラシャラボラス

36の軍団を指揮する序列25番の大総裁

翼を持った犬の姿をして現れ、人文科学の知識を持った悪魔

 『そろもん』では園児の創造性を養うために月に一回、お絵描き大会が開催される。園児同士の投票によってその月の王座に君臨した子どもには特典が与えられた。

 

 園のぐるりを囲む塀に『好きな壁画』を描く権利。気のすむまで縦横無尽に筆を走らせることができるといった非日常に園児たちは目を輝かせて取り組んでくれる。独自性に富んだ作品は大人の目からは何がなにやらよくわからないが、遠藤だけは高く評価していた。


 園児の間では『画伯』とも呼ばれる遠藤はお絵描きの達人なのであった。なお、波留の目からすると、園児の描く絵と大差ないように写るが、それでもどういう訳か子供たちからの評価が高い。


 犬を描かせると二本足で立ち上がり、ウサギを描かせると耳が四つある。象はピノキオでキリンは、なんかブツブツがいっぱいあって不安になるアート作品を生み出す残念さ。


 なお、今回『権利』を獲得したのはグラシャラボラスちゃん。普段は大人しいのにお絵描きの時だけ異常とも思える想像力を発揮する期待の新生。


 園の外での作業となるため、ボディーガード兼サポート役として山田が面倒を見ることになる。なお、この場においては先生と園児の関係は一切取り払われ、巨匠のような振る舞いが許された。


 巨匠に相応しくベレー帽を貸与され、巨匠に相応しく円く黒い縁取りの伊達眼鏡も貸与され、口の周りには付け髭をたくわえ、タータンチェックのシャツに着替えて……


「やまだくん。ふでをもってきたまえ」


 実に偉そうであった。


 体躯だけで言えば優に三倍程の差はあろうかとも思われる園児の視点に合わせて山田はかしずき指示を受ける。園の近隣に住まれているお年寄りからしてみれば曾孫ひまごほどの可愛らしい子供が堂々とした立ち振る舞いで壁画を描く姿など、最寄りのクリニックでの井戸端会議よりも実に健康的で喜ばれていた。


 一種のアトラクション染みた見世物のようで、当初こそ山田は恥ずかしい思いをしていたが数を重ねるごとに、徐々に慣れた。寧ろ楽しんでいた。というよりも若干、よろこんでいた。五分の一程の人生しか歩んでいない小さな生き物に顎で指図されることに快感を覚えるまで変態(略)


「巨匠。こちらをお使いください」


 筆というよりも刷毛はけである。それはそうであろう。B4サイズの画用紙ではない。己の背丈ほどのブロック塀が相手であるのだから、それでも足りないくらいだ。


 巨匠は壁を睨み、イメージする。自身の脳内にあるフワフワとした画を目の前のキャンバスに収めるためにどこから、どのように、どんな色で始めるべきか……


「やまだくん。『らいじんぐあびす』と『いかろすのかたよく』をこっちに」


「はい! ……はい? らいじん……はい?」


「『らいじんぐあびす』と『いかろすのかたよく』だよ! はやく! いめーじがにげちゃう! はよ! はよ!」


 巨匠の目は目の前のブロック塀から離れない。手に持つ大きな刷毛をチョイチョイと動かし、ペンキを催促しているようであった。


「……なにをやっておるんだねやまだくん! つかえないこだなぁきみは! 『きいろ』と『しろ』だよ! まったく、なんねんこのせかいでやっているんだね!」


「……申し訳ありません! 巨匠!」


 ぺちゃんと刷毛を濡らして思い切りよくベタンと壁に一筆目が描かれると観客は「ワァ」と沸く。なお、巨匠は焦らない。頭の中に固まったイメージを淡々と具現化するように刷毛を縦横無尽に走らせる。


「やまだくん! つぎだ! 『たましいのかたるしす』を!」


「た、たま? かるた?」


「『みずいろ』だよ『みずいろ』!」


「『たましいのかたるしす』が水色……(イメージカラー的な表現なのか)」


「つぎ! 『へぶんず・おぶ・ふぁんたずむ』!」


(これは、何色だ? へぶんず・おぶ・ふぁんたずむ……なるほどっ、全然わからん。なんだそれ! なんだこの単語! 生まれて初めて聞くんですけど。だが、残っている色から絞り込むことはできる。『へぶん』恐らくは天国的な色……って何色だっ! 平和そうな色か? 残っている色の中だと。これだぁっ!)


「ちがう! これは『みらーじゅ・れくいえむ』(黄緑色)だろ! ぼくがほしいのは『へぶんず・おぶ・ふぁんたずむ』(紫色)だ!」


 巨匠は描く。一心不乱に刷毛を振るう。その姿は最早、園児のお絵描きのレベルを超えたものであり、一人の芸術家の域にまで達していた(と後に遠藤は語る。←見てない)


 巨匠はともなれば、ものの一時間で作品を仕上げる。決して飽きたのではなく描き上げる。お昼寝タイムが近くてウトウトしてきたから休憩に入りたいのではなくて、これで完成なのである。


……


 後片付けをしている山田に波留は労いの言葉をかける。波留の常識的な考えでは大衆の面前で園児と二人きり、しかも園児に配慮をしなければならない状況なんてものはどれだけの注意をはらえばいいのか想像に難くはない。肉体的な疲れよりも精神的な疲れに対しての投げかけである。


「山田先生、お疲れ様でした。どうでしたか? グラシャラボラスちゃん。ちゃんと描けました?」


「ああ、波留先生。いや、彼、想像以上に大物かもしれないですよ。あの年齢であれだけ自分の言葉で自分の世界を表現できるんですから」


「へえ! 山田先生にそこまで言わせるだなんて、流石ですね! ……ちなみに、これは何を描いているんでしょうか?」


 ブロック塀に描かれたそれは、灰色の下地を剥き出しにしたまま、うっすらと紫色の背景、適当な感覚でポツポツと色とりどりの球体が浮かんでいる。その中でも目を惹くのは中央の大きな丸。鮮やかな青の中に緑と白が浮かんでいた。


 恐らくは漠然とした『宇宙的な何か』なのであろうということだけは『うっすらと理解できる』辺りが実に惜しい。とはいえ、園児が描いたと考えてみればそれはそれで凄いような気がしないでもない。……やっぱり何か惜しいという印象を波留は受けた。


 山田は輝かしい将来の可能性を魅せてくれた壁画を誇らしげに語る。


「『小宇宙コスモの中に存在する偏執病パラノイア破局カタストロフィを背負う地球アースにおいて黙示録アポカリプスを迎える超現実シュールレアリスム混沌カオス』を表現した素晴らしい作品だと思いませんか?」


「……山田先生、なにを仰っているんですか?」


「……僕にもわかりません。彼がそう言っていました」


「遠藤先生ですね?」


「まあ、そうでしょう」


 その後、遠藤画伯は波留先生からこっぴどく怒られましたが、『何となく惜しい感じがする』壁画はそのまま一ヶ月残されました。

遠藤画伯に学ぶ。(中二病的)色覚表現(一部抜粋)

「イカロスの片翼」 → 白

「神々のいただき」 → やまぶき色

「ジ・アース」   → 緑色

「エターナルブルー」→ 青色

「ライジングアビス」→ 黄色

「カルネージ・ヘル・ブラッディ」 → 赤色

「ヘヴンズ・オブ・ファンタズム」 → 紫色

「魂のカタルシス」 → 水色

「ミラージュ・レクイエム」→ 黄緑色


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