第11話 牡丹組のセーレちゃん
セーレ
軍団数不明、爵位も不明
どこにでも現れる不思議な職能を持つ悪魔
遠藤先生は園児から好かれている。幼い子供は正直だ。なので打算計算を企てる大人をなんとなく見破ることができる。だから遠藤先生は好かれていた。言葉を知らない園児たちはそのような存在のことをどのように表現すればいいのかがわからない。
「ええとね、ええとね、えんどーせんせーきいてきいて!」
「きいてるよ~」
「んとね、んとね、ゆうえんちがたのしかった」
「そっか~、遊園地、楽しいもんね~。いいなぁ先生も行きたかったなぁ」
セーレちゃんも、ほかの園児と同様に『同じ目線』で話を聞いてくれる遠藤のことが大好きであった。
この年代の子供の話は常識ある大人にとっては、実に難しい。言葉と言葉の間に存在する『本質』を持たない、取り留めのない、山も無ければオチもないような話であることが大半であるから。
遠藤が彼女らの話を聞きとる能力に秀でているのは、大人としての常識に欠……彼女が『聖母』であるからであろう(たぶん)
「あのねあのね、『アレ』にのったの。……おなまえでてこない」
連想ゲームのスタートである。
「遊園地の乗り物の名前かぁ。そうだな、グルグル回ってたかな?」
「いぇす」
「メリーゴーラウンドかな?」
「ちーがーうー!」
セーレちゃんに限らず、自分が伝えたいことが正確に伝わらないことを幼い子供は物凄く嫌がる。下手すると自身の存在意義を否定されたかの如くショックを受けるので泣きだすことも間々ある。
遠藤は、そんなセーレちゃんの複雑な表情を見つめながらタラリと汗を垂らす。何せ園児の涙の感染力はインフルエンザの比ではない。漏れなく涙の洪水である。溜まった涙の水圧で扉が開かなくなるので自称ラフメイカーである遠藤恵里もお手上げなのである。
「あっ、あー……じゃあコーヒーカップかなぁ」
「チーガーヴー! おそらとぶやつ」
「空飛ぶの!? じゃ、じゃあスイングアラウンドとか?」
「すいんぐあらうんど!」
「スイングアラウンド!」
「せいかい! ではつぎののりものにまいります」
「あれ? いつのまにかクイズ形式になってるんですが、それは……」
セーレちゃんは問答無用で続ける。理由なんてものは無い。何故ならお子様だから。
「『すいんぐあらうんど』をたのしんだセーレちゃんですが、約六十三メートルの超大型回転ブランコ……」
「スターフライヤー!」
「せいかい!」
「よっしっ!」
「続いて、左右に二百四十度もの角度を回転しながら……」
「ジャイアントフリスビー!」
「せいかい! なかなかやりますね」
「うん! 私も遊園地大好きだからね!」
……セーレちゃんと遠藤のやりとりを教室の外から見つめていた波留はツッコむかどうか迷っていた。彼女たちの中で遊園地が特定の一箇所しか存在しないという歪んだ共通認識を。
セーレちゃんにとっては生まれて初めての遊園地だったのかもしれない。そうであれば、このツッコみは彼女の幼心を傷つけることになるかもしれなかった。
「楽しかった? ユニバーサル・スタ……」
「えっ? 東京ディ……」
「ちがーう! 富士急ハイ……」
みんな違った。
みんな大好き! ナガシマスパーランド!
甦れ……甦れ……スペースワールド