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第117話 ヒラバヤビッチの穴 その3

ナベリウス

19の軍団を率いる序列24番の侯爵。

カラスの姿か三つの頭を有する犬ケルベロスの姿で現れるどっちつかずな悪魔。

喚んだ者の名誉回復を助ける。


「ひらばやしー、ひらばやしーなにしてんの?」

「ん~? 花壇を造っているんだ。ナベリウスちゃんはお花は好きかい?」

「へぇ、かだん……なべりうす、おやさいきらい」

「お野菜は育てる予定はないかな。パンジーだとかカーネーションなんかいいかなぁ。ナベリウスちゃんは、お花、好きかなぁ?」

「きゅうりすき」

「そっか、きゅうりはいいね……きゅうりと言えばね、小さくて可愛い黄色いお花が」

「きゅうりきらい」

「ああ、そうなんだ……」



-----

「まぁ『子どもあるある』ですよね、考えがまとまっていないというか」

「あぁ、遠藤先生が言いたいこと、私わかるかもです。物心がついていないって表現がズバリ的を得ているのかなぁと思いますけどね。波留先生はどう思われます?」

「いつまで平林先生の頭の中にいるのかなぁって思ってます。那古さん先に帰っちゃいましたし」

「まぁ、確かに」 佐藤は指摘されてようやく気がついたように頷いた。


 山田と別れて(意味深)先ほどからひたすらに土いじりを続けている平林の頭の中で、三人は見慣れない平林視点から抜け出せずにいる。


 不思議な事にココに来た当初は感じられなかった風や土の感触、匂い、口に含んだものの味など細かい感覚を共有できるようになっていた。


「でも波留先生だって気になるでしょう? お坊ちゃんな平林先生が普段、どんな美味しいものを食べているのかって。お金持ちの生活を体験できるだなんて、これを逃すと生涯味わえないんですよ?」

「え、遠藤先生……悲観的過ぎでは」

「山田先生に告白した辺りは正直、面白かったですけどね」

「は、波留先生? あんまり人間関係をいたずらにですねぇ……」

「お金持ちだと身辺警護なんかもしっかりとしてるんでしょうねぇ佐藤先生。それはそれは凄腕のボディーガードなんかも常駐していたりして」

-----



「ナベリウスちゃんはアレかい? 強いかい?」

「はぇ? なべりうす、けんかきらい」

「ああ、いやなんでもないんだ。ごめんよ。気にしないで(またか)」

「でも、やまだせんせいはつよいよ!」

「そ、そうかい? まぁでもウチには佐藤先生がいるからねぇ」

「あんな眼鏡なんて山田先生の烈風正拳突きの前には味噌っかすっスよ!!」

「あはは、ダイモスとはまた渋いねぇナベリウスちゃん」



-----

「なるほど、私はさしずめ鬼神バルバスということですね」

「ごめん佐藤先生、初めて貴女が何を言っているのかわからない」

「え? 波留先生は闘将ダイモスをご存じない?」

「いや遠藤先生、知ってて当たり前みたいに言われましても……」

 

 佐藤はユルリと柔軟体操を始めると、深く呼吸を吐き、臍下丹田にて気を練る。

『単なる突きですら極めれば奥義たり得る』をモットーとする佐藤家において、売られた挑発を挑発『ごとき』で返すことなど愚の骨頂。

 

 そんなものは礼儀に反する。佐藤家に生まれ落ちた時点から死ぬるまで常在戦場。ならば礼には全身全霊をもって答えねばなるまい……


「……波留先生? 佐藤先生の様子が明らかにおかしいんですけれど?」

「……でも山田先生に対する怒り的なヤツでしょう? ほっといていいんじゃないです?」



 セイッ!! 掛け声が先か突き出された拳が先か、常人に過ぎない波留と遠藤にとっては目で追うことすら敵わない。

 ただただ、遅れて訪れた衝撃の音ズレに驚愕の表情をみせるだけであった。

-----



「う゛……」 脳髄から何の脈絡もなくやってきた衝撃に平林は思わず声と鼻血をブバリと噴く。


 突然、目の前の大人が妙な声を上げて鼻血を噴き出せば、大人だって困惑するのだからあくまでも子どもに過ぎないナベリウスちゃんが錯乱するのも当然であろう。


「どげんしたとね平林ぃ! ほらぁちりがみ使え、ちりがみぃ!」

「だ、大丈夫大丈夫……ふふふっ、ナベリウスちゃんは優しいねぇ」

「そげんことなかぁ。アチキは優しさなんて当の昔に置いてきたけん……あの日の夜に」 

「ちょっと何を言ってんのかよくわからないんだけど、先生、職員室に戻るね」


 遠藤たちの視界がフラフラと高くなり、クラクラしながら、それでも確実に平林は職員室へ歩を進める。


 それが何を意味するのかが分からない波留たちではない。

 平林が職員室に戻ってくるということは十中八九、あの階段に気づくであろう。

 であれば、万一興味を示して上ってきたとしたら……




「一体どうなるんです?」 遠藤が何気なく問うが波留も佐藤も回答を持ち合わせている訳もない。

「平林先生がご自身の頭の中に入ってくる……?」 

「あはは……佐藤先生、どういう状況なんですかそれ」 

「……」

「……」

「……」


 眼前のモニター越しに平林が屋内に入ってきたことがわかる。

 自身とは異なるドシドシと重量感を伴った足音は、彼女たちの鼓動を刺激しているかのように少しずつ早くなっていく。


「う~、鼻血止まんないやぁ……ってなんだこの階段。こんな所に階段が?」


 直接脳内に響いているはずの平林の声が、扉の向こうからも聴こえてくる。


 何か不味い気がする。

 漠然とした不安めいたものが背筋を通して「この場からニゲロ」と報せているような……


「波留先生、佐藤先生、これなんかヤバくないですか? ってアレ? いない?」


 遠藤が見回しても室内に波留たちの姿はない。何も言わずにコッソリ部屋から出たのであろうか? だとすれば今まさに階段を上ろうとしている平林の視界を映したモニターに二人の姿が出てくるはずだ。


 だが、そんな様子はない。


 たった一人、暗がりの部屋に残された遠藤の額には大粒の汗が垂れる。

 呼吸は荒れ、右を見ても左を見ても隠れる所もありはしない。

 目の前のモニターは、一段、一段と足下を確かめながら上ってきている。


 ナニカガオカシイ。

 

 今からでも遅くはない。


 遠藤は踵を返し、ドアノブに手をかけ、ガチャリと回した。


 ガチャガチャ……ガチャガチャガチャガチャ……「ええっ! どうして? どうして開かないの?」 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……


 ガチャリ……「開いたぁ」


 そこには平林が立っていた。

 ……いや、平林の姿をした……ナニカが……


「遠藤先生? ぼクノアタまのナカは、タノしかッタデすカ?」

「!!!!!!!!!!」


 ギィ~……バタン……




 その後、遠藤の姿を見た者はいない。


遠藤「みたいな?」

波留「唐突なホラー展開、本当にやめてください!? 第一『その後遠藤の姿を見た者はいない』って本人がここにいるじゃあないですか!?」

那古「おいおい波留よ、そう大きな声を出すな。遠藤の話っぷりにこ、ここここ怖がってるみたいじゃあないか」

波留「っていうかどこから遠藤先生の作り話なんですか?」

遠藤「上り階段のくだり辺りからですかね」

波留「(最初かよ)」

那古「(最初かよ)」

佐藤「あの……今、見てきたら『あった』んですけど」

波留「え?」

那古「え?」

 

END


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