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第112話 出来が良く、ここ数年で最も良いと言われた一昨年を超えるレベルのアレ

 そろもん幼稚園、地域ふれあい交流会。

 月に一度、近隣の住人を園内に招いて開かれる交流会である。

 暇を持て余した爺にババアが主だった来園者ではあるが、ここ数回に限って言えば『元体操のお兄さん』である佐多の影響で若人の姿も多くみられるようになっていた。


「あ、あの人とか『それ』っぽくないですか?」 遠藤は波留の肩をゆさゆさしながら無邪気に指をさす。「『それ』って……いや、あれは『それ』じゃないと思いますけれど。というか本気で信じているんですか? 九藤さんの話」 波留はそう答えた。


 あの日、九藤が警告を兼ねる形で話をした内容は、要約をすれば『子どもたちが配っている『そろもんシール』これが幼稚園の周囲、つまりは三丁目界隈に良くないモノを引き寄せている。そのようなものであった。


……


「『三丁目魔界化計画』という言葉に聞き覚えは?」 


 九藤が真顔で、そんな口にするのも憚られる単語を恥ずかしげもなく言うものだから波留としても一体どこまでが真面目な話なのかよくわからなくなっていた。


(ツッコんでいいものなのだろうか? これは果たしてボケなのか? 天然なのか? いや、そもそも面白くはないのでボケとして成立していないのではなかろうか……)ある意味でトリップしていた。


 対して遠藤は実に興味深そうに、そして前のめりになって九藤の言葉を鵜呑みにする。フムフム、ムフムフと鼻息荒く。そんな遠藤を見た波留が(こいつ犬みたいだな)と思ったのは言うまでもない。


 そんな二人を前にしても九藤は己の姿勢を崩さずに続ける。スゥと差し出したのは透明な袋に入った奇妙な文様のシール。


「そして、このシールが『三丁目魔界化計画』のかなめ。一枚一枚は実のところ大した代物ではないのですが……」


 九藤の、やや含みを持たせた口振りに上手く乗せられたかのように遠藤はフフンと得意になって「私、わかっちゃいました」 と、横やりを入れる。


「あれでしょ? このシールが貼ってあるお宅を点として、全ての点と点を繋げるとアラ不思議、巨大な魔法陣が現れちゃいました。的な、それでメンチクカン? に繋がれていた悪魔たちが召喚に応じて」


「……流石は遠藤先生と言ったところでしょうか」 九藤は目を丸くしてそう呟く。

「デショデショ? この手の話には『お約束』ってヤツですよ~。波留先生にはわからないだろうなぁ」 

「いや、遠藤先生が、そんな謙遜しなくても本当に理解に苦しむ内容ですから。っていうか何故突然の三国志? さっきまでバチカンって言えてましたよね?」

「またまたぁ、悔しいく・せ・に。常識人のハ・ル・セ・ン・セ」

「常識人だから理解に苦しんでいるんですが、あと、私の話は無視ですか?」

「ちなみにシール同士を線で結んでも『魔法陣』にはなっていないので、全然違うんですけどね」

「だと思ってました」

「……遠藤先生の頭の構造は一体どうなっているんです?」


 つまりは、例の『そろもんシール』の影響で三丁目界隈が、ちょっとだけ魔界的な雰囲気になったのだ。というのが九藤の話。数百年もの永きに渡り地上に縛られていたバチカンの悪魔たちは『あっ、故郷ふるさとの匂いがする』という具合に引き寄せられているのだと。


「何かフニャフニャとした話ですね。なんですか? 悪魔がホームシックですか?」

「我々人間にもたまにあるでしょう? 『昔はよかったなぁ』みたいな。そんな感じです」

「ええ……心がやられてるじゃあないですかソレ」


 思わずあきれ顔の波留を尻目に遠藤の表情が曇る。


「要するに、悪魔と呼ばれる存在が魔界化の匂いを嗅ぎつけて、そろもん幼稚園に近づいてきていると?」 

「まさしく」

「……そう、ですか。私にひとつ、妙案があるのですが聞いていただけますか?」

「……」 至極深刻な表情を浮かべる遠藤に、波留と九藤は目を合わせ、続けるように促した。何か、威圧されるような、たった今までの遠藤と何かが変わったということでもあるまいし、しかし、それでも何か『中身が入れ替わった』かのようにさえ思える遠藤に。


「町内を回ってシールを剥がせばいいのではないでしょうか?」

「……」

「……うん、まぁそうだよね。そうなるよね」

「呪いのアイテムなので無理に剥がそうとすると死にます」 

「……」

「……」

「……」 





「……それは、嫌だなぁ」


……


「ほらほら、だってあの人、尻尾生えてますから!」

「もう、だからって指ささないでくださいよ。あれは、そういう人なんですよ。最近流行りの普段から腰の辺りから尻尾生やしてるタイプのっ(私はコスプレイベントの時だけだけど)。それに九藤さんも、あの後、仰っていたじゃないですか『悪魔は特徴があるからすぐにわかる』って」

「……私の中では『普段から腰の辺りから尻尾を生やしているタイプ』って特徴以外のナニモノでもないのですがそれは」


 そんな、恐らくは佐多を一目見ようと訪れたと思わしき制服姿の女の子は周囲をキョロキョロと見回すと、人ごみに流されるような素振りを魅せながら園の裏手の方へと歩を進め、同類……いわゆるツレなのであろう同じように腰の辺りから尻尾を生やした同年代の女の子と合流し、佐多の姿を写したと思われるスマホを互いに魅せあいキャイキャイと楽し気に騒ぎ始めるのであった。


(こそこそ)「ほらぁ、やっぱり、ただの佐多さんのファンの娘たちですよ」

(こそこそ)「ええ……本当にあんな尻尾が流行ってるんですか?」


――――――――――

「みてこれぇ! 本物の佐多っちだよぉぉ。でも、佐多っちの近くに居た短髪の女と幸の薄そうな女? あれ何? ウザいんですけどぉ! にょろにょろ」

「私たちの方が断然イケてるよねぇぇぇ! あんなオバサンに囲まれて佐多っち、本当悲惨だよねぇ……ほらほらっ佐多っち! アタイも撮れた。ガハハッ。もうバッチシっしょ! にょろにょろ」

――――――――――


「……」

「……」




「悪魔ですねアレ。なんかにょろにょろ言ってますし」

「間違いないですね。なんかにょろにょろ言ってますし」


 遠藤と波留のアレが過去最高に高まった瞬間であった。


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