第110話 西のエデン
参考;九藤教会関連 たぶん68話くらいから?
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パチ……パチパチ……パチ
やる気の感じられない疎らな拍手を出囃子に九藤神父が新作紙芝居を始める。
散々、波留からの出禁を受けていたにも関わらず、である。
なにせ九藤神父。真夏日の炎天下の中、暑苦しい司祭服姿で土下座までしてきたのである。無論、子どもたちの前で。「是が非でも、是が非でも!!」と懇願する十歳は上の男の姿に同情する余地は無かったのだけれども、如何せん教育上よろしくない。
「あーもう、わかりました。わかりましたから頭を上げてください。……もう、今回だけですからね」
と、嫌々ながら了承を告げる波留と九藤神父とのやりとりを見ていた誰もが、心の底から『チョロい女だ』と思ったものである。
とはいえ、回を重ねる毎に地味に挿絵のクオリティが上がっている辺りに努力の片鱗が感じられるので、その辺りは好感が……
「新説創世記~アダムとアダム~」
「……九藤神父、アウトです。挿絵のクオリティが上がってる分だけ妙に生々しい辺りもアウトですが、もう色々駄目です」
「神は自らの独り子として塵からアダムを創りだしました。しかし、アダムはいつまで経っても一人です。「神様神様、一人は寂しいよう」「よろしいアダムよ。ならばもう一人、創りだすことにしよう」神様はアダムと同じ姿をしたもう一人、アダムの肋骨から創り出すのでした。「ううう、痛いようぅ神様」「どれどれ、痛いのはここかい? さあ、僕にみせてごらん」「あ、アダム……」「ふふふ、君もアダムさ」」
「ええいっ! やめろやめろ!」
残念ながら今回も好感を抱くには至らないようである。
……
追い出されるようにして職員室に招かれた(というより隔離された)九藤神父は一仕事終えた職人のように「ふぅ……」と息を洩らし、出された麦茶をもって喉を潤した。
「いやぁお恥ずかしい。子どもたちにはまだ早かったですかな? HAHAHAHAHAHAHA!!」
(ひそひそ)「九藤さんって、そんな笑い方するキャラでしたっけ?」
(ひそひそ)「だって波留先生があんな炎天下で土下座なんてさせるから」
(ひそひそ)「ああ、どおりで……でもあれは九藤さんが勝手に」
「波留先生も遠藤先生も、ひそひそ話は本人の目の前でやるべきではないと思いますよ?」
そんな九藤に、波留は形だけの謝罪のジェスチャーと共に言葉を返す。
「なんだ、私はてっきり九藤さんの頭がアレになってしまわれたのでコミュニケーションがとれないものかと。ごめんあそばせ」
「波留先生って九藤神父にだけは、恨みがあるのかってくらいに毒吐きますよね?」
波留は九藤神父のことが嫌いである。
町内にある唯一の教会の神父さん。(今となっては眉唾だが)バチカン帰り、悪魔祓いのエキスパート。いつも皺ひとつない清潔な司祭服を着こなし、実に端正な顔立ちをしている。近所付き合いもよく、挨拶もできる。至って常識人……だと思っていた。
いつからか、そろもん幼稚園に来て『子どもたちの為に』と、妙なオリジナル紙芝居を勝手にやり始め、挙句「そろもん幼稚園には悪魔が棲み憑いている、だから園の敷地内に我らの教会を」と、執拗に園の敷地を寄越すようにと理不尽な要求を繰り返していた。
そういえば、なんか最近、似たような話を聞いたような気がしないでもない波留であったが、何故か九藤神父だけは、彼の願いだけは聞き入れてはいけない。そんな使命感めいたものが湧いていた。
いや、そもそも土地の所有者は那古であり、そろもん幼稚園の園長は波留ではなく、別にいるので波留自体にどうこうできる権限があるなんてことはないのだけれど、その辺りのことには何故か誰も触れない。
「……実のところ、今日は波留先生と遠藤先生に大事なお話がございまして」
そう言う九藤の表情はいつになくキリリと引き締まっていた。
いくら毛嫌いしている人間とはいえ、真剣な話をしたがっている者の言葉に耳を傾けないというのは度が過ぎるというもの。そんな事は波留も重々承知している。
承知した上で素っ気なく「どうぞ」と伝えたのは、それでも心のどこかで彼の『存在自体を否定』しているかのような漠然としたモヤモヤがあったためである。
「ありがとうございます。それでは遠慮なく、実は私は……」
「ちなみに九藤神父? さっきの紙芝居、あの後、どういうストーリーになる予定だったんですか?」
「あぁはい。『アダムとアダムの肋骨からさらにアダムを生み出し、ネズミ算式に増えたアダムたちで西の薔薇園が創られるのですが、誰も禁断の果実を齧らないので話が進まず困った蛇がこれを宇宙警察に通報。通報を受けた宇宙警察が好き勝手な創造を繰り返す地球の神に対して『真面目にやれ』と説教を行い、怒られた神様はその後、心を入れ替えて新しいエデンを東に創る』という」
「西の薔薇園は放置かいっ!!!!!」




