第103話 遠藤、創作に目覚める
前回までのあらすじ
引き籠りオッサンを部屋から追い出そうとしたら、どうみても幼女の38歳が出てきた。
『仲良くお手てを繋いで』という訳にはいくまい。ある種の因縁めいた敵対関係にあるモノ同士なのだから見た目が大人であろうがお子様であろうが関係はない。たかだか50センチにも満たない互いの距離は日本海溝よりも深々と、黒々とした交わることの無い境界を刻んでいた。
程なくして辿り着いたそろもん幼稚園の入口で、波留が見たのはどこかションボリとしているダンタリアンちゃんと、この辺りでは見かけたことの無い様な子の姿であった。
「あら、ダンタリアンちゃん、隣のそ……の……子どうしたの! そんな小汚い姿!」
波留は思わず悲鳴めいた声をあげた。
目の前の幼女の泥だらけとは異なる意味での汚れは、実際のところ単に『ジャージが汚い』ことに尽きるのだが、使い古されてヨレた小さなジャージから漂う日常的な生活汚れに起因する悲壮感が、ボサボサに伸び切った髪と相まって、なんというか、両親の愛を享受することのできなかったお子様のように見えてしまった訳である。
「こ、小汚い?」 那古はムッと表情をしかめた。
続けて、(恐らく何も考えていないのであろう、へらへらと締まりのない顔つきをした)遠藤が、視線の先に映った波留に声をかける。
「波留先生、波留先生、今ちょっとよろしいですか? って、うわぁどうされたんですかその子! まるで……
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《仮題》ヒーローさんと怪人さんと
◆あらすじ
悪事を働く怪人軍団。
強靭な怪人さんの非道っぷりに、人々は為す術なくただ泣き崩れることしかできないのか……いや、違う!そんな時は皆で彼の名前を大きな声で呼ぼう!
「僕らを助けてヒーローさん!!」
おなじみの真っ赤な全身スーツに身を包んだヒーローさんは今日も街の危機を間一髪のところで救ってくれる! 何故かいつもギリギリのところで助けてくれるけれど、そこはまあ良し。
貴方がどこの誰だか知らないけれど、きっと正義の味方なのであろう!
戦え!僕らのヒーローさん!
負けるな!僕らのヒーローさん!
◆登場人物設定《仮》
ヒーローさん
・正義の味方。人々の味方。は仮の姿。実のところ、怪人軍団の首領の息子。
→ 性格が悪い
怪人さん
・悪の怪人軍団の従業員の皆さん。首領の息子であるヒーローさんに頭が上がらない。
→ 仮面ライダー辺りからネタを持ってくる
-第1話 滅べ!皆の味方ヒーローさんー
ある晴れた昼下がりのビジネス街。怪人猛牛男は、全身黒タイツ型の戦闘員を引き連れて街のステーキハウスを片っ端から襲撃していた。
「わはは、どうだ人間どもよ! これで今日からは『給料が出たから家族皆でステーキを食べに行こう』『わあーやった! お父さん大好き―』『うふふ、あらあらこの子ったら』的な幸せなご家庭が絶望を味わうことになるのだぁ!」
スペインの牛追い祭りにも似た巨体をブルンブルンと揺らしながら暴れる怪人猛牛男の所業を目の当たりにして、ランチタイムを迎えたオフィス街は阿鼻叫喚に包まれるのであった。
「ああ、なんてことだ。昨日の夜からステーキランチセットを楽しみにしていたのに……」
「それにしてもステーキハウスが焼ける匂いって食欲をそそるわね。そうだ!久しぶりにあの洋食屋さんに行こうかしら」
「ええ?順子さんそう言って昨日もお肉だったじゃない?どうしてそんなに食べてもスリムでいられるのかしらね」
『阿鼻叫喚』に包まれているのであった。
……
【なんか、こうバチバチと闘うアクションシーンとか考える】
【挿絵を描く(山田先生が)】
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に、出てくる予定の『可愛い顔して性悪怪人』じゃないですか! びっくりしたぁ!」
「……は?」
「……今のは何ですか遠藤先生? 全然理解が追い付かないんですが」
「いえ、ですから。ダンタリアンちゃんの隣にいるその子がですね……
ヒーローさんと怪獣さんと《仮題》
◆あらすじ
悪事を働く怪獣軍団。
強靭な怪人さんの非道っぷり…… 」
「いや、それはもういいですから。というかタイトル微妙に変わってますし」
「ハハハッこれはお恥ずかしい。まだ大筋のストーリーも定まっていないんですがね、今度、園の皆に紙芝居にして読み聞かせてあげようかと」
「内容ぺらぺらじゃないですか。主人公出てきてない無いですし、というか【挿絵を描く(山田先生が)】って紙芝居の肝心な部分を他人に任せてどうするんですか!」
「アレですアレ。『製作委員会方式』私はアイデア出して物語の構成を練るので細かい仕事は、ね?」
「『ね?』じゃないですよ『ね?』じゃ。そもそも主人公のヒーローが性格悪い設定な時点で却下します。しかも一話で『滅べ』ってダメでしょ常識的に考えて」
「そ、そんなぁ……」
「……は?」 那古は混乱している。
波留は(いつもどおり)訳のわからないことを口走る遠藤のことをとりあえず横に置いておき、小さな来訪者である那古に寄り添うように優しく肩を抱いて、問いかけた。迷子なのか、どこから来たのか、どこか痛いところはないか、不安に思っていることはないか、パパは、ママは……
「……は?」
波留の目からは那古の気が動転しているように映ったのであろう、眼の下に深々と刻まれた隈と相まって、とても不安そうに、心細いようにも見えていた。なのでギュッと抱きしめた。「大丈夫だよー、大丈夫だよー」 那古の背中に回した手でポムポムと擦るように叩きながら波留は囁く。
「はぁ?」
程なくして波留の声を聞きつけた平林もこの場へと姿をみせた。ちょうちょを追いかけているダンタリアンちゃん、怨念のようにブツブツと独り言中の遠藤、しゃがみこんで何かに抱きついている様子の波留。
平林が思わず「あっ」と声を洩らしたのは、あまりにも特徴的なボサボサ頭と、着古されて薄汚れたジャージ、その割に貴族のような端正な顔立ちとプラス分を帳消しにする程の隈を確認したためであった。
その声に反応を示したのは波留でも遠藤(←トリップ中)でもなく、誰あろう那古であった。
「おっ? 平林『先生』の倅か? ……ああ、まあそうか。まぁなんでもいいや。丁度いいから君の口から私が誰だか教えてあげてはくれないか?」
波留が不思議そうな顔をしているのも何らおかしい事ではない。
今抱きしめている幼女は、どう見てもお子様。隣でモンシロチョウを追いかけ回しているダンタリアンちゃんと同年代。百歩譲って少し発育の遅れた小学校低学年くらいの年齢にしか見えない。
違和感があるとすれば見た目とは裏腹に実に流暢な口調。有り体に言えば、そこだけが異常とも思える位に『子どもらしくない』
「へ? じゃあ平林先生は、この子がどこの子かご存じなんですか?」
「知ってるも何も、僕の父の同僚ですから」
「……」
「……」
「……」
「平林先生の父親の同僚? 確か平林先生の父親って」
「ええ、市議会議員です。なので、彼女、那古瑠々さんも市議会議員です」
「……」
「……」
「……」
「んんんんん?」
「ちなみに、このそろもん幼稚園の土地の所有者です。所謂、地主ですね」
「持ってる土地は、ここだけじゃないけどな。ちなみにちゃんと議員バッジも持ってるぞ。ほれ」
そういって那古がポケットから取り出して波留に差し出したのは市のエンブレムが刻まれた金色のバッジ。決して子どもが持つような玩具染みたものではなく、至極真面目な大人が胸に着けるタイプのバッジである。
「むむむむむむ?」
「なにが『むむむ』だ! あと、遠藤! お前さっき私のこと『可愛い顔して性悪怪人』とか言ってなかったか?」
「言ってませんっ!」
「ええい、平気な顔して嘘をつくな、嘘を」
その後、年齢などが明らかとなり、平林を除く全員が似たようなリアクションをとって驚きの表情を浮かべるという流れが山田、佐藤と二回続いた。
那古瑠々。38歳。
引き籠り生活の経験を活かして市議会議員選へ出馬。
独自の視点で社会問題へズバズバと切り込んでいくことに定評がある。
なお、本人は引き籠り継続中であるため議会にはWEB参加。