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第102話 開かずの間とちっさい魔導士

 開かずの間と対峙したダンタリアンちゃんはちょこんと座り込み、ドアに向かって口を開いた。


「そんな、いつまでも『かこ』のことにこだわってどうするんですか?」


「……」 ドアは答えない。続いて、ヨヨヨヨと涙を浮かべながら初老の女性が話しかける。


「ちょっと欲張ってフルーチェに適量以上の牛乳を入れてしまったがために固まらず、兄弟から顰蹙をかったくらいで二十年も引き籠ってどうするの? いい加減に出ていらっしゃいな……」


「……」 それでもドアは答えない。中からゲームらしきBGMが聴こえてくるので起きていることは間違いないのであるが、どうにもこうにも開かずの間。引き籠りの城。


 三丁目魔界化計画第二弾としてお邪魔したお宅がよもや二十年物の引き籠りを熟成している訳アリな家庭であったことはダンタリアンちゃんのグループにとって誤算ではあったが、領土の引き渡し交渉自体は存外、楽なものであった。


『引き籠りの息子が部屋から出てきてくれるのならば』


という条件付きではあったが。


 初老の女性、つまりはこのお宅の母親は、ちょこんと座りこむダンタリアンちゃんの横で慣れたように正座をして、申し訳なさそうにため息を漏らす。


「昔はね、君みたいに可愛らしい子だったのよ? 本当に。中学生くらいの頃かしらね、反抗期も無くて素直だったあの子が急に部屋から出て来なくなって」


「フルーチェのくだりは?」


「私たちにも思い当たる節がなくてね、『たぶんこれじゃないかしら?』と考え抜いた結果がフルーチェだったのよ。あの子、フルーチェ好きだったし」


「いや、たぶんちがうようなきがします」


「あら、そう? ダンタリアンちゃんはどう思うかしら?」


「ええ……ぼくにはわかりかねますが」


「そうよねぇ。ああ、そうそう原因といえば、こんな話はダンタリアンちゃん知ってるかしら?」


「へ?」


「ほら、都市伝説ってあるじゃない? 白い糸がタラりとぶら下がってて」


「ああ、みみから」


「お尻から」


「おしりから!?」


「それでね、鏡でマジマジと眺めるの」


「おしりを? とんだヘンタイさんですね」


「どうしても気になってグッて引っ張るとプチンっという音と共に」


「おととともに?」


「視界が真っ暗になるっていう」


「『め』のしんけいがおしりに!! どういうしんけいしてるの!?」


「本当、どういう神経しているのかしらね、あの子ったらまったく……」


「いやいやいやいや」


「……」 それでもドアは沈黙を保っている。


 この陽気な母親は事あるごとに返事を返してくれないドアに向かって、こんなくだらない小噺を繰り返しているのかもしれない。


 二十年間も。


 そうだとすれば、呆気らかんとしている表情とは裏腹に心身ともに参ってしまっているのかもしれない。いや、そうなのであろう。なにせ幼稚園児に引き籠りの対処をお願いしてしまう位には追い込まれているのだから。


 それでもダンタリアンちゃんには秘策があった。


 佐多サタンのお兄さんの一件以来、そろもんに通う七十二柱の子たちに戻り始めた過去の記憶、そしてある種の特殊能力。大手を振ってひけらかすことはできない。何せまだまだ全盛期に比べれば微々たるもので、下手にバレると騒ぎになりかねないのだから。


「じつは、ぼくには『みらい』をみとおすちからがあります」 


「あら素敵ね。じゃあ、おばさんの未来を占ってくれないかしら? ね、小さな占い師さん」


「……いや、『ね』じゃなくてですね」


「あらぁいいじゃないいいじゃない。あの子の将来なんて、どうせロクな未来じゃないんだから」


「それはひどい。まぁ、べつにかまわないですけれど」


 ……ダンタリアンちゃんは、小さな手のひらをピトリとその女性の額に乗せる。ただそれだけ。ただそれだけで、その人の未来がイメージとして認識することができた。最も全盛期のそれと比べれば酷く細切れでいて、薄らとセピアがかった絵に過ぎない単なる妄想に近い代物ではあったが、紛れもなくその人物の未来であることを彼は確信していた。


「……」


「どう? どう?」 はしゃぐババア。


「ん……あれ? ええと」


 ダンタリアンちゃんは迷った。頭に浮かんだ絵は、形容し難いようなモノではなかったが、一方で、それはこの状況の一切を否定するような……中身の無いものであった。


「おばちゃん、ひょっとして、けっこんしてない?」


「だから将来、どんな旦那様を迎えることができるのか知りたいの。こんなおばちゃんでも心はいつまで経っても乙女なのよ」


「……このなか、だれがいるの?」


「……」


「……」


 空気が澱み、濁る。


それまでカンラカンラと笑いを交えていた目の前の女性が、一瞬にしてマネキン人形染みた生気の無い表情に変わり、それまで支えていた糸が意図せずプツリと切れてしまったかのようにバタリと倒れてピクリとも動かなくなってしまった。


「……おばちゃん?」


「……」 返事はない。反応すらない。


「……」 それでもドアは何も答えない。




 スゥっと大きく息を吸いこみ、ドアの先に居るナニカに問いかけようとした、その時であった。まるで、この小さな悪魔の子がやろうとした事の頭を押さえつけるようにして、どこからともなく声が聴こえてきた。


「ふふふっ、お主たち悪魔の生まれ変わりが一人になるタイミングをずっと待っておった。覚悟するがよい。……それにしても何かの手違いで、あやつらよりも二十年早く転生してしまった事を知った時には肝が冷えたがのう。ちなみに引き籠っておった訳ではないぞ。私は虎視眈々と爪を研いでおったのよ」


「ゲームしながら?」


「そうそう。凄いんじゃ。テクノロジーの進歩というやつは。生まれて初めてファミコンをプレイしたあの頃が昨日のことのようじゃ。……じゃなくて、ふふふっ私のことを覚えてはおらぬか? 地獄の公爵、ダンタリアンよ」


「……おぼえてないなぁ」


「そうであろうそうであろう。なにせお主らにとって天敵とも……覚えてないの?」


「ざんねんながら」


「そういうことなら仕方あるまい! その目に刻め! そして我が姿に畏れ慄くが良い!」


 勢いよく蹴り開かれたドアの先から現れたのは性格悪そうにほくそ笑む、ダンタリアンちゃんと同じくらいの背丈をしたジャージ姿の少女であった。眼の下のエゲツない程の隈と、手入れをしていないのであろうボサボサの髪を除けば随分と整った顔立ちをしていたが……それにしてもジャージ姿である。


「……ようちえんじ?」


「ええい誰が幼児体型だっ! 我が名は那古瑠々! かつて七十二柱を滅せし英雄の右腕にして魔導士! ちなみに三十八だっ!」


「……むねちっさい」


「うっさいわ!!」




 三丁目魔界化計画、二軒目。無血開城。というか不法占拠だった? 進捗8%

 あと、変なのが見つかった。


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