表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/119

第99話 魔法円と印章と中二病と体操のお兄さん

魔法円と印章

 かつてソロモン王が使役した72人の悪魔を呼び出すために必要な儀式魔術用の円とシンボルのこと。とても中二心をくすぶられる逸品。


 平日の午前十時。大人を演じる一家の大黒柱が会社へと出かけ、午前の家事がひと段落したタイミングに若奥様たちが夢中になるのは朝ドラかワイドショーか、あるいは教育番組と相場は決まっている。


 かつては夫の綺麗な部分しか目には映らなかった新婚生活も数年経てば否が応でも見えてくるのは隠しきれない粗という名の決して綺麗とは言い切れない部分。


 ほんの少しだけ気になった些細な粗は、ちらちらと視界に入り続け、定期預金のようにコツコツと確実にイライラを募らせていく。夫婦生活を彩る避けられない要素とでも捉えることができれば、それはそれで美しい夫婦の在り方にでも昇華されるのであろうが、どうにもこうにも隣の芝生は蒼く見えてしまうのもまた事実。


 さて、教育番組。


何も幼稚園に通う愛おしい子どもたちと一緒になって童謡を歌いたいということではない。自分たちと同じ年代、かつ、美形で子ども好き、加えて育児の大変さをわかってくれそうな優しい笑顔とハツラツとした若々しさ。


 旦那の良い部分をギュッと濃縮して濾してまとめた理想。夫の居ぬ間に過ちを犯したい相手ナンバーワン。万が一なにかしらの間違いが起きたとしても彼なら子どもたちも納得してくれるであろう存在。


 それが体操のお兄さん。


 本日、そろもん幼稚園には人気教育番組のテレビクルーが訪れていた。以前、波留が応募した番組参加企画に当選したものだ。

人気番組、それも現在人気急上昇中の体操のお兄さんが来園するともなれば、子どもたちの目もワクワク煌くというもの。そんな子どもたちの晴れ舞台を一目見ようということを口実に、普段よりも三倍気合の入った奥様たちがギラギラと目を輝かせて、今か今かと御馳走のお兄さんを……もとい、体操のお兄さんを待ちわびていた。


 なお、生放送である。


「一分前でーす」 という声と共に園内の緊張はピークを迎え、子どもたち(以上に奥様たち)の胸は高鳴りを抑えきれないでいた。


 十……九……八……七……六……五……



 急拵えのセットの影から、いつもテレビで視ているお兄さんが、テレビで見るより五倍ほどの爽やかさで飛び出してきた。


「みんなぁ! おっはよー! 佐多のお兄さんと一緒に体操の時間だよー!?」


「うぁあああはおよおおおおおお!!」

「あああああああああIGYAAAAAAAA!?」

「さ、佐多――――――!!」




「……え?」

「……え?」

「……あ? え……り? 遠藤恵理? うっそ! どうして?」




 生放送中である。



「どうして佐多がここにいんのよ! あんたみたいな鬼畜ドチャクソ根暗男が幼稚園なんて希望の塊みたいな場所に出てきていいと思ってんの!?」 遠藤は吼えた。


「ど、どちゃくそ……」 奥様たちは困惑した。


「遠藤……昔のことはいいじゃないか。今の俺はしがない体操のお兄さんなんだ。もう、俺のことは放っておいてくれないか!」 佐多は胸に詰まるものを堪えるように答えた。


「しがない?」 奥様たちはますます困惑した。


「何よ! 今が真面目だからって昔の過ちが全て許されるとでも思っているの? 私がどれだけ佐多のことを……」 


「……」


「やめないかっ! 俺たちはもう……大人なんだ。そんな子どもみたいなこと……言うなよ」


「佐多っていつもそう。昔からそう。『大人だから』『大人にならないと』いつもいつも『大人』『大人』って他人の顔色ばかり……そんなだから、そんなだから」


「え、遠藤……」


 場の空気は凍っていた。子どもたちは何が起きたかのかわからない。百戦錬磨のテレビクルーでさえ突然始まった寸劇に状況を掴めないでいた。


一方、奥様たちは下手な昼ドラを視ているような気がしてくる。これはこれでドキドキする。雲の上の人物と思っていたアイドルと身近な女性が何やら意味ありげな雰囲気を醸し出す。それも公然で。


いつもと変わらない陽気なBGMが、非日常感を良い感じに演出してくれているような気さえしてくる。


「佐多ってさ、あの頃は本当に酷かったよね」


「(続くんだ!?)」


「休み時間には読めもしないラテン語辞典をシゲシゲ眺めてさ、ポケットにいつも聖書入れてた。……私、知ってたよ。佐多が放課後の教室で一人、カッコいい魔法陣のデザインを考案してたの」


「遠藤だって……遠藤だってそうじゃないか!?」


「私は違う! 佐多とは違って一人じゃなかった。友達がいた。皆一緒にクトゥルフ神話で愉しんでた。でも佐多はいつも一人」


「(言い方……)」


「……誰も俺のレベルについてこれなかっただけだ。だが俺は、俺はまだ諦めていない。今でも続けているんだ。理想の魔法陣を作るの」


「(うわ……)」


 そうそう、と佐多のお兄さんはおもむろに上着を脱ぎ始めた。何が起きているのかわからない奥様たちは、それでも佐多のお兄さんの裸体を無意識で凝視する。


 肌荒れのない綺麗でツルりとした、それでいて程よい筋肉のついた上半身を露わにした佐多のお兄さんは「これを見て欲しい」そう言ってクルリと振り返る。


そこには大きく刻まれた魔法陣が。


 ざわ……ざわ……

    ざわ……ざわ……


 今をトキメク体操のお兄さんの背中に大きなタトゥー。それは実にセンセーショナルでいて背徳的な気持ちを奥様たちにもたらせる。どういう訳か、いつの時代も『少し悪い男』というものは魅力的に映るものだから不思議なものだ。


「そ、それは……」 そのあまりの迫力に遠藤は唾をのんだ。


「どうだ? これが本物の『魔法円』と『印章』だ。まったく苦労したよ。世界のどこを探しても彼らの姿が見当たらないんだから。まさか七十二人全員がここにいるだなんて……しかも鍵を持つ遠藤さんまで一緒だなんて、なんておあつらえ向き」






「(中二病を拗らせ過ぎでは?)」 

それでも奥様たちの目は佐多の背中に釘付けである。


「佐多? 頭大丈夫? 私たち、もう大人だよ?」


「……」


「……」


「……」


「「「(お前がそれを言うのか!!)」」」



THE・放送事故

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ