企画
1
企画の発端はガルフ・ジェンヌプロデューサーだった。企画会議の際に、涜職事件の特集を組む予定だったのだが、急遽、若者の奇矯的文化財、通称「ダンジョン」へのたびたびの訪れについての特集を組むと謂い始めたのである。この突然の言い出しに一同は響めきを隠し切れなかった。プロデューサーの一言は鶴の一声とよく言うし、確かに構成に関することは誰も口出しすることはできない。
だが、構成作家はもう、番組の構成を(勿論、涜職事件の特集についてである)既に、書き終えてしまっている。会議資料だって皆が様々な業界の情報を調べあげ、プレゼンの準備だって万端だ。
ゲストのスケジュールも配慮してなんとか、日にちを合わせ終わり、やっと一息ついた矢先、これである。
「何か問題が生じたのですか。私達が問題の隙間を埋めることができるのなら、なんとかします。」
とへビン・ディアスチーフが焦りを含んだ口調で口早に謂った。
ガルフはかぶりを振った。
「問題が生じたわけではない。我々が日頃、制作する番組はバラエティに富んだものではないだろう?至って普通の経済番組だ。諸君もそれを承知のうえでこの番組制作に取り組んでいることだろう。」
彼は蓄えた無精髭を撫で、据わった目で応答した。
さらに彼は続ける。
「ご存知の通り、うちの番組の視聴率は下降傾向だ。今さら齷齪働いても結果は変えられない。それなら番組の趣旨を変えることこそが今、為すことが出来る最善策と考えたわけだ。」
ガルフは話の間に身振り手振りを含ませながら、淡々と喋繰った。このような主張をされても此方は困る。何しろ、残るは撮影のみ。三日後に撮影、編集、その翌日にテロップ挿入、BGM設定、字幕設定、音声確認、映像確認の予定だ。
予定は予定のため、日時の変更は可能だが、ガルフはその基盤からひっくり返そうとしているのだ。
「来週の特集にまわすのはどうでしょうか。遅くとも支障は来さないのでは?」
リディ・イドグマアシスタントディレクターが提案した。尤もな意見だ。一同は大きく頷いた。
ガルフは不愉快に顔を歪めて、宥めるように、
「いや、今週ではないと駄目なのだ。遅れを取ればとるほどこの企画が無駄になる。」
と言い放った。対して、リディは、
「何故、今週に拘る(こだわる)必要があるのでしょうか。私たちもガルフPのこの企画の重要さを把握してはおります。把握しているがうえに熟慮断行して、制作に移ることが最適かと。」
と丁寧に希望を言いくるめた。
おもわず一同は感嘆の声を漏らした。
ガルフは感心さえしたが、静かに眉を顰め、
「然しな。今、テレビ業界は視聴率の奪い合いだ。この状況をもって尚、経済番組、一ジャンルで貫くというのも如何のものかと思うのだ。」
と怪訝で固い表情で謂った。
「それならば、若い視点で見る情報番組を制作するのはどうでしょうか。現在、うちで8時から放送されている【国会情勢についてもの申す!】が明日、終了するでしょう?そこに来週に特別番組を織り込んで、再来週から情報番組を展開しましょう。後のことは後々、考えていけばいいでしょう。」
ヒスクツ・マーティーディレクターが提案した。
ガルフは鷹陽に頷いた。だが少し不満そうな口調で、
「それでは大幅に遅れをとらせてしまうのではないか?」
と問いた。ヒスクツは、
「遅れをとるか、とらないかではないでしょう。重要であるのは
番組がどれ程、興味深く、面白味があるかです。この二つが揃った番組ならば高視聴率は狙える筈です。あなたの着眼点が正しければですがね。」
と少々の皮肉を言葉に込めながら、申し立てた。
これにはガルフは納得し、説得に成功したわけであったが、ここからが番組制作の苦難であることを皆はこの瞬間に覚悟していた。
唯一のすくいは、涜職事件の特集は予定通りに組まれ、無事に終了したことだけであろう。