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正義の虜!  作者: 羽美
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大胆不敵

更新が大変遅くなり、誠に申し訳ございません。

「……ズワールテクラハトゥ」

 これで何度目か数えるのも面倒だと思いながら、僕は呪文を唱えた。所は恐らく軍用訓練場。オランヌと亜須華の友好百周年を記念して引退した元要塞・エーゼ島は今も定期的に整備されており、とても役目を終えた島とは思えない。だからエルドラドの目にも留まったのだろう。有事に備えて保存するのではなく、兵を配置して常に守っていればよかったのに。立地的に考えてこの島を狙う敵国はいないと高をくくってこのざまだ。エルドラドの第四軍を名乗る連中に、土足で踏み荒らされている。

「はっ、馬鹿め! 俺達は空中戦が専売特許!! みんなの憧れ第四軍だぜ!? 舐めてかかったことを後悔しやがれ!!」

 アーサーとかいう鳥人族が、どこの三下かという言葉を投げる。実力は確かなのに、どうにも締まらない奴だ。ただ、まあ彼らの言う通り少々厄介なのは事実だ。空中戦を得意とするという言葉通り、彼も彼の部下達も強い重力魔法への耐性を持っている。そのせいで普段通りの魔力で部下達の動きを止められる時間は精々数十秒。アーサーは魔法を避けているのかと錯覚するほどの動きで空を飛ぶ。自在に動き回り、僕の死角に入っては水魔法で攻撃、その対処に追われている間にアーサーの部下達にかけた魔法が攻略される。ずっとその繰り返しだ。

 まあ、当然やられ続けるのは性に合わないから別の手段で対抗させてもらってはいるが。

「ぎゃあ!!」

 手持ち無沙汰に足元の男を打ち飛ばせば、アーサーはぎょっとした顔で飛んで行った男の助けにまわった。もう戦えない部下なんて寝転ばせておけば体力の温存ができるのに、懲りない奴だ。

「そういうセリフを吐くのはやめた方がいいんじゃないか? お前に悪役の才能はない。大人しくするのが身のためだ」

「うるせえええええっ!! 黙れ、この鬼畜野郎がっ!! おま、お前! なんつうもんで俺の部下に手出してんだ!!」

「鞭だよ。見てわからないのか? 本当に鳥頭なんだな。腕が疲れるからあまり使いたくなかったんだけど、仕方がないんだ。お前達にはこっちの方が相性がいいのが悪い」

「疲れるなら一人ずつ確実に気絶するまで鞭でしとめるな!!」

 アーサーが怒鳴りつけながら放ってきた水弾を回避する。失礼な男だ。まるで僕の趣味みたいに言ってくる。たまたま僕が鞭しか武器を持っていなくて、たまたまお前達には魔法の効きが悪かった。それだけの話だっていうのに。

「サ、サディスト」

「おっと、次は君が相手をして欲しいのか。それならそうと早く言ってくれればよかったのに」

 僕に悪態をついた小柄な男は脱兎のごとく逃げ出し、彼を守るように一斉に残りの部下達とアーサーが襲い掛かってきた。これには思わず右手で握った鞭が唸る。きっちりと隊形を組んで僕を包囲したアーサーの部下達は、退路を限定するように周囲を魔法で覆い尽くした。水と風が組み合わさったこの魔法壁は、さながら堅牢な城壁といったところだろうか。壁の外側からは休みなく銃弾や魔法弾が飛んでくる。常に僕の周囲の重力を強くしているため当たりはしないが、着実に体力が削られていく。四方を囲っておきながら僕の頭上は魔法壁で覆っていないあたりから察するに、彼らはどうも僕に上空に回避して欲しいらしい。それも恐らくは、たった一人の仲間を守るために。

 露骨だなあ。気配を落としたってわかるよ、アーサー。この防衛策はお粗末すぎる。脱出される事を前提に、確実に僕を仕留めようって腹だろう。僕が出てこないのなら部下が守れるからよし、脱出してきたらすぐに袋叩き。僕が魔法壁に干渉した瞬間に溺れさせるという手もあるな。弱ってもいない僕がその程度の攻撃を喰らうはずがないってどこまで理解しているのか興味がある。

「どうだ、トホーフト! これでお前はもう鞭を使えないぞ!!」

「ああ、そうだな。魔法でやるしかない」

 僕の言葉に、全員が安堵のため息を漏らしたのを感じた。実力がないわけでもないのに変なところで素直な連中だ。やたら戦闘センスのある騎士とかにでも指揮されてそうだな。後で局長殿にでも聞くか。

「よおし、お前ら!! パターンB、獲物を召喚しろ!! 急げ!!」

 ああ、少し考えこみ過ぎた。冷静に指示を下す時間を与えてしまうとは迂闊だな。ああ、あっという間に士気が高まっていっている。

 本当に、悪い事をしてしまったよ。

「ズワールテクラハトゥ!!」

「へあ!?」

 せめてもの情けをと思い強く魔法をかけ過ぎたらしく、僕が呼んだ男は状況を把握できていないようだった。顔をきょろきょろと動かし、僕を見つめ、空を仰ぎ、ぐるりと辺りを見渡している。良く動けるものだと僕は素直に感心した。

「お、おい。今の水しぶきはなんだ?」

「なんかでっけえのが水風壁に飛び込んでいったよな。確か人間くらいのサイズで……」

「ああ、この対攻撃用の疾風の中を突き抜けた。まるで誰かに引っ張られたみたい、に」

 へえ。身体の表面を切り刻まれても人間は意外としぶとく生き残るものなんだな。

「あ、……っあ」

「やあ、ようこそ」

 ようやく僕と目を合わせた小柄な男は次の瞬間、大きな悲鳴を上げた。僕はそれでも優しく微笑み、男にかけていた魔法の威力を下げてやる。何も難しい事はない。僕が今やったのはこの小柄な男だけに魔力を集中し、僕の元へ引き寄せる事だけだ。銃弾やら魔法弾の集中砲火には、全く手をつけていない。

「安心してくれ。完全に魔法を解いたわけじゃないから、弾が貫通する事はない。精々あられが時速四キロでぶつかってくるのと同じくらいの威力だ」

「うわわ、わっ! や、やめろおおおおっ!! 助けてえええぇぇぇえっ!!」

「ニ、ニキータっ!?」

 思ってたよりうまくいってよかった。傷口に沁みるだろうけど死ぬ程の威力には調節してないから不安だったんだ。どうやら痛みには弱い性質みたいだな。

「撃ち方やめ! 撃ち方やめえっ!!」

「もう止めてます、副長!! あいつ俺達の攻撃を操ってニキータに当て続けてる! 悪鬼だ!!」

「囲い込みも中止だ! ニキータが見ていられねえ!!」

 何だ、もう終わりか。まだ色々と手は考えてあったのに撤退の早い奴らだ。とりあえずこのニキータだっけ? 彼はとりあえず後二発くらい攻撃しておくか。あ、意識を飛ばしてしまったか。

「ニキータ! しっかりしろ!! 必ず助けてやるからな!!」

 アーサーがニキータの身体をしっかりと抱きとめてその場で応急処置を始めたので、僕は悠々と地面に降り立つ事ができた。

 背を見せているアーサーに重くした鞭で攻撃を仕掛けるが、流石にアーサーに届く前に防がれてしまった。そこそこ長い戦闘なのに中々集中力が切れないな。

 ああ、そういうところはものすごく厄介だ。ミス・ノアイユには全く及ばないが、少々腹ただしい。

「あ、あんた。本当にミールの幹部なのか?」

「何を言っているんだ、お前は。そっちが僕を指名したくせに今更疑うのか? 僕はジン・トホーフト。国際平和防衛機関オランヌ支部の副官だ。……お前達が爆発させると宣言した国の者だ」

 ほとんど全員の顔が強張った。脅しかどうかは知らないがいい度胸じゃないか。まさか僕の国に、こんな奴らだけで喧嘩を売るとはね。

 ただでさえオランヌは対エルドラド戦線で最前線に立たされているっていうのに。この上更に攻撃を加える気だなんて、本当に笑えない冗談だよ。

「オランヌに生ける者として、僕はお前達を全力で排除する義務がある。……ズワールテクラハトゥ!!」

 少々感情の乗り過ぎた魔法はおかしな程あっけなくアーサーの部下達を地面にのめりこませた。これは失敗したな。効きすぎだ。まだまだ一人ずつ確実に仕留めていくつもりだったのに、ついコントロールを誤った。

「何、え?」

「ふ、副長お、たすけて……」

「……てめえ、手を抜いてやがったのか」

 アーサーの唸り声に肩をすくめる。今かけた魔法はさっきまでの三倍は強い力がかかっているはずなのだが、彼にはあまり効果がなさそうだ。

「最初から本気だったよ。奥の手は最後まで取っておくものだろう? ただ力で押すだけじゃあ生ぬるい。心からぽっきり折れてくれないと、僕も相手のしがいがないんだ」

「つまり、要約すると?」

「身も心もずたぼろになれ」

 一旦周囲の重力をもとに戻す。既にアーサーの部下達は全員気絶させた。身体の半分が訓練場にめり込んでいる様子が何かの絵画のようだ。次にエーゼ島の整備をする人達に余計な仕事を増やしてしまったと、少し申し訳ない気持ちになる。

「潰す」

「っおっと」

 殺意に満ちた言葉とともに繰り出された水球を鞭でしばき落とした。アーサーが音もたてずに接近し、水の刃のようなものを突き立ててくる。軌道をずらして拘束を試みれば、アーサーは素早く身を翻し次の攻撃態勢に移っていた。無言で展開される魔法攻撃を僕の外側に巡らせた強い重力が受け止め、魔法が切れる。僕の魔法で受けきれない量の魔法で押し切り、強引に解除したのか。脳筋ここに極まれりと言わんばかりの攻撃だな。

「怖いな。それが素なのかい?」

「おう。仲間がやられた分の怒りだ。俺は今回の作戦、正直あまり気乗りはしねえ。だが、黙って倒される程お人好しじゃないんでねっ」

「血圧を上げ過ぎると身体に毒だよ」

「てめえのせいだろうが!!」

 アーサーが再び水を操り、逃げ場をなくすように僕を水流で囲い込んだ。息が詰まる。一部の隙もない水流の檻を破った瞬間に鋭い爪が立てられる。なんとか距離を取り訓練場に散らばった銃弾を操り飛ばせば、攻撃の穴を突いて容易に突破された。動物の本能か。fy通の人間と比べて危機察知能力が高すぎる。

「逃がさねえ! 逃がさねえよ、トホーフト!! とっととくたばりやがれえ!!」

「誰が逃げるか。逆だよ。僕がお前を逃がさない」 

 野生の勘に小細工は不要だ。そんなものに騙されるくらいならもうアーサーは訓練場の飾りになっている。すなわち必要なのは、絶対的な強さ。

「ぐっ!?」

 というわけで、アーサーを殴り飛ばした。思い切り僕の拳を重くして。滑空するアーサーが体勢を立て直す前に鳩尾に蹴りも食らわせる。水魔法の連撃を避けるのは諦めた。代わりにアーサーの身体を掴み、地面に叩きつける。アーサーはこの間何度も水弾や水刃で攻撃してきたが、逃がしはしない。瞼の上が切れる感触も、肉が抉れる感覚を今はどうでもいい。後回しだ。

「あまり手間取らせないでくれ。こっちはまだ戦い続けないといけないんだ」

「なら、もうここで終わっとけよ。楽になるぜ」

「この状況でそんな口が叩けるんだから、お前は大物だよ」

 今、僕はようやくアーサーを捕らえていた。自分にがちがちに重力をかけているから、僕の下から彼が脱出するのは不可能に等しい。それが分かっているのだろうに攻撃はやまない。粘着質な奴だ。

「最後に一つ教えてあげようか、アーサー。正義は必ず悪に勝つ」

「そんな凶悪な面じゃ説得力ねえよ。拘束して一方的にタコ殴りにするのが正義の味方のやり方か? 鬼畜野郎め!」

「それは違う」

 僕はにこりと微笑んだ。

「これは、僕の正義のやり方だ」

 さあ、恐怖で震えあがらせてやろう。



 訓練場から少し離れた川辺で、僕はどっかりと腰を下ろした。止血を終え、つかの間の休息だ。疲労感が鈍く身体を支配しているのは、急激な魔力低下のせいだろう。嫌になるな。

 時間は惜しいが、今の状態でまた幹部と戦えるかと問われると微妙だ。足を引っ張りかねないとすら思う。そんな状態で加勢に行くのは死んでも御免だ。

「……しばらくは頼んだぞ、ユウキ。ミス・モリカワを救うのは君の役目だ」

 だから、僕はその代わりに僕のやり方で国を守ろう。アーサーから聞き出した情報が真実なら、僕と局長殿は行かなければならない。

「ジン! 大丈夫か!? 酷い顔色だぞ」

「ああ、局長殿。いい所にいらっしゃいましたね。召喚士は無事倒せたようで何よりです」

 噂をすればと言わんばかりに、局長殿が矢に刺されたままの出で立ちで現れた。一応変装した敵である可能性を疑ったが、こんな独特な魔力を持つ局長殿を見間違えるはずもない。何より局長殿の纏う空気は加虐心を刺激する。これで偽物なら、そいつは相当のマゾだろう。局長殿には自覚がなさそうだから、しばらくは黙っていようと思っている。

「それより確認したい事があります。局長殿はどうやってダリア・ディアスが亜須華とオランヌを消し炭にする気が分かりますか?」

「……知らん。消し炭と言うからには爆弾か、炎魔法を行使する気なのだろうが、今はそこまで手が回らん。まずは何より森川君を救い出すのが先決だ」

「ええ、最も優先すべきことはそれです。ミス・モリカワは救出しなければならない。しじかし、今の僕達の加勢で状況が変わりますかね?」

「何が言いたいんだ」

「ただ僕は、やられっぱなしでいるのは性に合わないという話です。だから先程、僕が相手をした幹部からどうやって国を破壊するつもりなのか聞き出したんです」

 何故かエルドラドの連中に侵攻されている亜須華国だが、そもそもこの状況はありえないはずだった。福永で起きた事件の時以来、僕はずっと気にかかっていた。彼らはどうやってミールの領域に侵入したのか。オランヌがエルドラドの影に全く気がつかないなど、絶対にありえない。

「僕はある考えに思いつきました。局長殿。もし、エルドラドを手引きしつつ怪しまれずにミールの領土に出入りできる人物がいるとしたら、どうでしょう」

「まさか。……いや、そんな事は」

「ありえないとは言えません。いくら管理を徹底していても、どこかに必ず穴はある。そして、真逆の事態には前例がある。あなたならよく御存知でしょう」

 些か出来過ぎた答えではあった。ダリアの目的はなんだ。彼女が本当に亜須華とオランヌを沈められるとするならば、何故そうしない。彼女は、僕達を使って遊んでいる。その事実は僕を酷く不快にさせた。

 ああ、気に入らない。なんでも思い通りになるとでも思い上がっているなら、それはとんだ勘違いだぞ、エルドラド。

「とにかく穴を、我々に仕掛けられた罠をなんとかしよう。もし裏切り者がいると言うなら、我々が動くしかない」

「場所は吐かせたので案内します。この“遊び”とやらが途中退場を禁じていないのは幸運でした」

「ああ、頼む」

 局長殿は何の迷いもなく言い切った。

「……助かりますが、僕を疑わないんですか?」

「ジン・トホーフトはそう簡単に敵に出し抜かれたりはしないだろう」

「ええ、まあ。仰る通りです」

 多少は魔力の戻った身体で立ち上がる。局長殿のこういう態度は動きやすくていいな。ミス・ノアイユならまず僕の言葉を無視しているところだろう。断言できる。

「……ユウキ」

 ミス・ノアイユのように信用の置けない人間を残して行くのだけが心残りだ。あの女は異常者だ。島ごと破壊の限りを尽くしかねない。だから、君だけが頼りなんだ、ユウキ。

 僕は今一度願った。ユウキが無事、ミス・モリカワを救い出す未来を。

『〇四:三八』 

 時間が迫っている。


 

 

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