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正義の虜!  作者: 羽美
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名花

 敢えて気配も消さずに突撃した私達のもとには、自然敵の攻撃が集中した。空中を自由に駆け巡る魔物、人間などの種々多様な敵達が何の躊躇もせずに砲弾の幕を張る。ジンが素早く手をかざし、弾道を操作した。ジンが持つ重力魔法のおかげだ。砲弾がぶつかり合い、空中で爆発する。私達はその連鎖する爆発の間を縫うように進んだ。

 私は太ももに巻き付けたホルスターから拳銃を抜き出し、最も気配の集中した場所へ煙幕越しに弾を撃ち込んだ。上空の視界は完全に煙で覆われているとはいえ、何十人もの人が密集している気配くらいは読めるものだ。二、三人は海へと落ちた音がする。思いのほか少ない手応えだ。敵はどうやらきちんと統率が取れた精鋭のようだ。

 分析している間にふと違和感に襲われ、私は眉を顰める。硝煙に混じって、先程までは感じなかった荒々しい香りが鼻をつく。

「っ、局長殿」

「ああ」

 ジンも気づいたようだった。これは、気配が入れ替わったのか。おそらく人間は消え、代わりに魔物が補填されたと考えるべきだろう。一体どんな手腕の持ち主がこの舞台を率いているのか実に興味深い。一手目であっさり戦闘員を切り替えるとは、余程の切れ者か臆病者か。ジンと背中合わせになって様子を窺う。当然ながらじりじりとエーゼ島へ向けて距離を詰めつつだ。ジンが重力を操作して海上で立つ事ができるおかげで、相当戦闘に幅が広がっている。この魔法がなければ、空中に佇む敵を相手にかなりの苦戦を強いられた事だろう。ふと、ものすごい勢いでこちらへと接近する気配がした。私はすぐさま銃口を傾ける。アイコンタクトを取れば、ジンはすぐさま私の意図を察し魔法を練り始める。さて、どちらを手始めに駆除すべきか。

「…下だな」

 爆発で生じた煙が晴れるのと同時に、私は海中へ引き金を引いた。一方でジンは、私の背後を狙われないよう、的確な攻撃を上空へと投げ、牽制する。猛毒を仕込まれた弾丸が一瞬で獲物に到達した。断末魔を響き渡らせながらゆらりと浮かんできた黒い影は、海中の猛者と名高い魔鮫だ。なるほど、海中の警備も万全という訳だな。

「やれ! 一点集中!!」

 上空から高らかに指示が飛び、私が視線を上に向けるのと同時に魔力の渦のようなものが私達を襲った。再びジンが魔法で軌道を変えようと手を伸ばし、止める。そして嫌そうに呟いた。

「防御壁が張られてる。恐らく外側からの攻撃のみに特化したタイプ」

 たかが一回の攻撃に随分器用な真似をするんだな。だが避けられるスピードの攻撃にそんなものを付加しても意味はない。私とジンは助走もつけず飛びあがってかわした。ついでに不意打ちを狙っていたのか、接近しつつあった一個小隊を自滅させる。こいつらは人間で構成された部隊か。獣の近くで血を流すなんて重傷は必至だ。せいぜい時間を稼いでくれ。わざわざ私たちの背後に陣取って、味方の攻撃の巻沿いを喰らったのが悪い。

「……もう一度だ! 一点集中!!」

「また入れ替わった? 今度は魔物を転送して来たのか……っ!」

 醜悪な容姿をした魔物の口から放出されたいくつものエネルギー弾によって、グラグラと波が揺れる。ジンがひとまずエネルギー弾のうちの二つを操り打ち返せば、またしても敵の入れ替わりが起き、防御壁を張った人間がエネルギー弾を消失させた。ここまで両者勝敗の決定打が入らず。それだけ力が拮抗した状態だと言えるのだろうか。

「……こうも何度も入れ替わられるのは面倒ですね。あまり時間に余裕がない今は、尚更だ」

「それが彼らの目的なんだろう。少々まだるっこしい手だがな。私達は勝つしかないが彼らは違う。その事をよく理解しているようだ」

 私とジンは的確に攻撃を入れ続けた。しかし、攻撃は命中しているのにも関わらず敵の数は減らない。何故か。数の利が相手にあるからか。否、それは大した理由ではない。ジンも私と同意見のようで深く頷いた。はあ、これが私の思い違いであったなら幾分か肩の荷が降りただろうに。現実は常に厳しく、残酷だ。

「手練れの召喚魔法の使い手がいるな。この召喚・転移スピードからして恐らくはエルドラドの軍隊長クラスだろう」

「ミールの本部で局長を務めるあなたにしては曖昧な答えですが、そうでしょうね。エルドラド軍に関する情報はあなたでも入手できないんですか?」

「いや、情報がないわけではない。ただ、先代のエルドラドの魔王が死んであの国は大分政策が変わったようだとは聞いている。まず現在ミールが所持している幹部情報の中に我々が今戦っている召喚士の情報はないというだけの話だ」

「へえ、それは困りますね。一から情報の集めなおしをしなければならないと」

「今はそれについては放っておいてくれ。そんな事に気を取られている余裕はない」

 私は手榴弾を海中に叩き入れ、いくつもの水柱を立てた。プカプカと浮かび上がる魔鮫死体に少々敵は身を竦ませたようだが、それだけだ。すぐに態勢を整えた別の敵が召喚され、やる気に満ちた新しい敵と相対す羽目になる。召喚士は何回同じ事を続けるつもりだろう。意図が読めない。恐ろしい魔力量であることは確かなのだが……。

「ジン」

 仕方ない。これ以上時間稼ぎに付き合ってやる義理はない。そう判断した私は、ジンに命令を下した。

「先に行け。こんな場所で君が足止めされ続けては敵の思う壺になる」

「……局長殿は?」

「私は何も問題ない。こいつらもいると分かった事だ。君の手を借りずとも存分に戦える」

 私はジンの魔力温存のため、足場として利用してきた魔鮫を右足で小突いた。ジンの戦力は強大だ。惜しくはあるが、こんな序盤で多用する必要はないし、海上を歩く道も私は用意できる。ジンの実力をもってすれば召喚士の本隊だって一人で落とせるはずだ。これ以上の得策は無いように思えた。

「今から私は召喚士を引きずり出す事に専念する。ジンには本隊を潰した後、勇樹とカレンの援護に回って欲しい」

「そんな指示を出してしまっていいんですか。万が一あなたがここで負けたら、僕達は大変な苦戦を強いられる事になります」

「ああ。だが、これが最善なんだ」

 縦横無尽に空中を飛び回る敵影に、足場は不安定な海上。ジンが去れば本当に私は味方の一人もいない孤立無援状態だ。だがそれでいい。それが、いいんだ。

「そうすれば誰も、私の戦いに巻き込まれはしないだろう?」

 感謝しよう。エルドラド軍の者よ。こうして私が戦うチャンスを与えてくれた事に、心から礼を言う。

 そして私は、突撃してくる敵に向けて魔法を放った。



「なあ、相棒。たった二人相手にこんな手を使う必要はねえんじゃねえの? まだるっこしいぜ」

 俺は気難しい顔をして幾度も召喚と転移を繰り返す相棒の頬を、ぐりぐりと自分の翼に押し付けた。相棒はいつもそうだ。遠距離からネチネチと、確実かつ最小の犠牲で勝とうとする。それより本隊全員で突っ込んだ方が早いと俺は思うけどな。

「……油断するな、アーサー。あいつらは相当の手練れだ。無限に沸く敵を余裕をもって制圧しているんだぞ。下手に本隊を近づけて、こんな事で部下に怪我を負わせたくない」

 おっと、読まれたか。相変わらず鋭いなあ、相棒は。俺は大げさに肩を落としてみせた。こいつにこういう言い合いで勝てたと思った試しが俺は一度もない。

「へいへい。本当に頑固な奴だよなあ、お前は。誇り高き第四軍隊長バルトロメイ・ルイーツァリ殿は融通がきかねえ、って、まーたコソコソ言われるぞ」

「問題ない。そう言った類の噂はおおよそ事実だ」

 まあそうだけどよ。なんせこいつの頑固さは筋金入りだ。こんな性格してなけりゃあ、もうとっくに今頃は結婚して子供の一人でもその腕に抱いているだろう。

「やっぱ今回も姫様におねだりされたのか?」

「アーサー」

「怒んなよ。相棒の恋路は気になるものなんだって」

 城で愛しい男の帰りを待つ健気な姫の姿がすぐに頭をよぎる。はあ、ダリアもいい加減悪癖を抑えればいいのになあ。毎回あいつの行動に振り回されてんのは俺らみたいな常識人なんだぜ?おかしいだろ?

 あー、早く家に帰って嫁と娘に癒されたい。「パパ」って笑う顔なんかもう最強にかわいいし。同い年の雄ども皆の初恋を奪ってないかいつでもパパは心配してるよ。……ん?なんかおかしな気配がするな、っておいおい。

「八時の方向、防御壁! 相棒はしゃがめ!!」

 羽が逆立つような本能に身を任せ、俺は相棒を守る水膜を張った。その直後にそいつは、相棒が攻撃を仕掛けている戦場のある方角から現れる。無駄にエセ爽やかな顔面をしたそいつは、部下に張らせた防御壁に嫌そうに顔を歪めた。

「オランヌ副官、ジン・トホーフト! まさかたった一人で隊長の召喚術から脱出したのか!?」

 部下の動揺を抑えるべく、俺はするりと部下とジンの間に身体を滑り込ませた。あの実は陰湿な相棒があっさり獲物を逃すとは思えない。マジか、マジでこいつら強いのか。いや、まだ相棒は魔法を発動中だし、もう一人に押し付けてここまで来た? どっちにしろ化け物じゃねえか。とにかく部下達を守らねえとっ。

 俺は人間のジンに対抗して“人型”になった。こっちの方が大きさ的にやりやすい。

「悪いな、兄ちゃん。相棒や部下達をそう易々と倒させると思うなよ」

「……鳥人族か」

「ああ。俺は誇り高き、っておいいいい!! 何勝手に先進もうとしてんだよ!?」

 乗れよ、そこは。俺はうっかり口をあんぐり開きかけ、寸でのところで抑えた。なんとジンは心底面倒くさそうな顔で俺達の頭上を通り過ぎようとしたのだ。あほか!

 俺は慌てて水弾を連発してその行く先を阻んだ。すると完全に人を馬鹿にした冷ややかな視線が落ちてきた。

 うっわ、マジで何なのこいつ。プライベートでもビジネスでも関わりたくねえ。

「悪いが、お前達みたいなのに構ってる暇はないんだ。後でいくらでも相手してやるから、今は局長殿にでも遊び相手になってもらってくれ」

「……馬鹿だろ、お前馬鹿だろ!! そんな敵に情けをかけるような提案を飲む軍人がいるか!!」

「へえ、地面に這いつくばるのが好きな鳥もいるのか」

「なんで俺がお前に倒される前提で話を進めんだよ!?」

 俺がてめえの息の根を止める必要はあっても、逆はない。零れ落ちそうな息をなんとか飲み込む。落ち着け。いつも通りだ。とりあえず俺は、いつも通り相棒の方を振り向いた。

「相棒」

「任せろ」

 その言葉を合図に、俺達第四軍は相棒を囲うように並んでいた陣を崩し、一斉に空を飛んだ。あんま隊長一人で残してくのはよくないけど、眼前に現れた敵の足止めしないわけにもいかねえからな。

 ジンは顔をしかめて重力魔法を展開したが、俺は全くスピードを落とさずに接近した。ジンの目が見開かれ、即座に別の魔法を展開し始めたのを肌で感じる。

「ひでえな。そんなもんじゃ俺は止められねえよ」

 鬱蒼と茂る木々の森から、よく開けた更地に向けて弾き飛ばす。それでも身体の方は一切ダメージのなさそうなジンを包囲すべく、部下達はきっちりとフォーメーションを取った。最近の若者はせっかちすぎていけねえ。俺を前にして、逃げ切れるとでも思ってたのか。

「よーし、お前ら。あいつを狩るための指揮は俺、第四軍副隊長アーサー・ギャラハーが請け負った。確実に狩るぞ」

 こう見えて俺は、立派な森の王者の一員なんだぜ?



 魔鮫を次々と屠り、浮かび上がらせ、ただ真っすぐにエーゼ島への上陸を目指す。何故か突然人間が召喚されなくなったのは、あちらに何かトラブルが起きたためだと思っていいのか。それはジンのせいか。

「……なんであれ構わないか」

 私が今為すべき事は一つ。召喚士を引きずり出す事だ。私は大きく身をよじり、鋭い牙をむき出しにした魔物の口内に連続して弾を撃ち込んだ。魔物はそれを受け、一瞬で消失する。やはり予期していた通りだ。この召喚獣を相手取るのに、私以上の適任者はいない。

「っと」

 小竜もどきの魔物達による四方からのブレスは両腕で防ぐ。火の粉が身体を掠め、服だけが焼け裂かれた。そんな事は意にも解せず、背中の胴長銃を引き出して虎視眈々と漁夫の利を狙う一際小さな魔物を仕留めれば、すぐさま割って入るように別の個体が距離を詰める。至近距離で火炎球を止め、下あごを打ち抜いてやった。歯向かってくる敵には容赦しない。周囲で待機していた中型の魔物を巻き込んで、私に打たれた魔物が海へ落ちていく。海中に放たれている魔鮫は、どうやら召喚士の配下ではないようで、あっという間に餌に群がった。

「学習しないな、君達も。そんな攻撃は私には通用しないぞ」

 特にこの状況では、負ける方が難しい。だがしかし、私の言葉が真実であると悟ったかのか、呼応するように召喚士の攻撃が変わった。狼やハイエナに似た、凶悪な爪と牙を持つ魔物が息の根を止めようと口を開く。その後方で防御壁が展開されたのを感じた。恐らく生物の出入りを禁じる類のものだ。私を閉じ込め、確実に物理的な攻撃を加えるつもりか。

「それがどうした」

「ぐわうっ!?」

 銃の腹で左から来た魔物を防ぎ、右側の魔物を打ち砕く。上空から飛びかかってきた連中には麻痺薬を放り込めば、その体勢は容易く崩れた。隙を狙い、喉元を靴裏に仕込んだ毒刀で切り裂くと丁度いい足場になった。自ずから身を捧げに来るとは、実に愚かな獣達だ。

「……ウウッ」

 完全に自我を失っていたわけではないのか、獣の本能か。魔物達がジリジリト警戒した様子で後ずさった。しかし所詮は獣のする事だ。陸上型で構成された魔物では魔鮫や先に敗れた魔物の屍の上からは離れられない事をあっさりと失念している。その行動は無意味だ。

「………」

 乾いた唇を舌で舐めた。勢い込んで走れば、もう後ずされない魔物との距離があっという間に近づく。腰のポシェットに入れておいた魔法陣に呪文を囁き、私が富に愛用するマシンガンを召喚する。召喚獣を召喚した武器で倒す。少々皮肉と取られてしまうだろうか。

「悪いな、君達」

 跳躍し、視界に捕らえた哀れな魔物達に、せめてもの情けを。私はグッと力を籠め、彼らをこの一撃で沈めた。



 エーゼ島に無事上陸した時には、何十匹もの魔物の死体によって私の身体は鮮血に濡れていた。私も年を重ねたようだ。あの程度の戦闘に必要以上に緊張していたとみえる。これからはなるべく、前線に立つ機会を増やさねばならないだろう。

「貴様が“虚無”の魔を持つ者だったのだな。たった一人で魔物の群れを制圧するとは、末恐ろしいとしか断じようがない」

 その声こそ皮肉としか取られまい。私は自嘲じみた笑みをそっと浮かべるに留めた。

「……何十体もの魔物を好き勝手に召喚するような化け物に言われても、な。そうだろう? エルドラド王国軍第四軍隊長バルトロメイ・ルイーツァリ」

 エーゼ島を囲う塀の上にいる事はわかっていたため、そっけなく言い捨てる。視線が絡む。いかにも自他共に厳しそうな男といった風貌だった。ミールの若者達にはない闇を孕んだ瞳が、淡々と私を見ている。自分の攻撃を悉く防がれたと言っても過言ではないのにも関らず、そこに心の揺れは見られない。私は塀の傍までゆっくりと歩を進めた。

「“虚無”の使い手。あらゆる魔法を無効化する最悪の魔法。自らもまた、その特性ゆえにその他の魔法を封じられるという欠点を持つ」

「それがどうした。そこまで私の性質を理解しながら、何故あのように遠回りな手段を取り、立ち塞がる」

「任務は結果が全てだ。そして結果には、そこに至る過程がある。俺には俺のやり方があり、そうして最善を選んだまで」

 バルトロメイは粛々と語った。彼の左手の甲に刻まれたエルドラドの黒紋章が、不自然な程に意識を傾けさせる。

「国際平和防衛機関本部戦闘局、局長園枝聡士。心からの敬意を胸に、しばしの歓談の時を過ごそう」

「ああ。私も、あなたとはもっと深く語り合いたいと思っていたところだ」

 風を切る音がした。獲物を前にした狩人は誰よりも早く、狡猾だ。

 私は苦い笑みを零す。そして、既に構えていた拳銃の引き金を、躊躇うことなく引き抜いた。


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