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異世界黙示録  作者: 煌月 かなで
序章
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序章 九部 【差し出された希望】

──その時、暗闇に溶かされていくような絶望の中で何かに縋りたかっただけだったのかもしれない。



暗黒に降りしきる雨が無様にへたり込む体を嘲笑うかのように打ちつける。

冷えきったその雨粒が体表面だけでなく心の感覚まで奪い去っていく様に感じた。

あまりの絶望に意識さえ揺らぎ始める。


俺は今、大切だったものに殺される。

大切、そんな言葉では生温い。

恩人だった。

仲間だった。

家族だった。


愛していた。


そんな人に今、俺は殺される。


「全然……っ……笑えねぇよ!……」


──どんなに苦しくても笑顔を忘れちゃダメ


彼女の言葉を思い出して、込み上げる哀しみを吐き捨てるように叫んだ。

その叫びをもってしても殺意をもってこちらに歩み始める彼女の表情に変化は見られない。


この地獄の様な状況に殺意を受け入れて死んでしまった方が遥かにマシに思えた。

諦めて彼女に身を委ねよう。

そんな思考が脳を支配する。

彼女の手で終わる事ができる、それだけで満足だ。


──殺せ


そう言いかけた時、横槍を刺したのはいつの間にか横に立っていた怪物の囁きだった。


──まだ間に合う、立て


怪物は失意の底に沈むこちらに眉一つ動かさずに手を差し伸べる。

その表情に悪意は感じられず、寧ろ怪物から差し出されたその手が酷く温かく、眩しいものに見えた。


まだ間に合う。


その言葉の意味を、その手に助けを求める事の意味を、考える余裕はなかった。


失意と希望。


相容れぬ感情が一つに混ざり合い、瞳から溢れる雫が視界を包み込む。

思考を放棄した肉体が、本能が、その手を、救いを求めていた。



──そうだ、俺はただ希望が欲しかっただけだった。



僅かでも彼女を取り戻せる希望があるのならかけてやる。

血反吐を吐いても、何度殺されようと絶対に取り戻す。

その差し出された柔らかな手をとり、再び立ち上がる決意を、



──怪物になる決意をした。



──────



ナイトメアのいる位置から少し離れた森の中。

ノエルと彼を救い出した怪物は息を潜めて会話をしていた。


「これで貴方は私の家族。困ってるなら助けてあげる」


怪物の正体は人形のような少女だった。

その少女は息を呑むほど美しい、まるで造られた様な見た目をしていた。

透き通る渓流の様な藍色の瞳。

その瞳と対照的な果実を連想させる聴色(ゆるしいろ)の頭髪が繊細かつ優雅な麗しさを纏う。

見事に拵えた桜を想起させる着物はまるで体の一部の様だった。


ノエルがそんな美貌を怪物と見間違えたのには理由がある。

それは彼女が纏う邪悪な気配。

瀕死だった彼の脳はその禍々しい圧を視覚的に捉えてしまったのだ。

そんな彼は今自身の体を呆然と見つめ立ち尽くしている。


「これは……一体」



彼は自身の体に起きた異変に目を剥いた。

何が起こったのかは未だに把握出来ていない。

起こったことをそのまま口にするならば、

彼女の手を取った瞬間、体を苦しめていた痛みと傷が一瞬で消えた。

そんな状況だ。


動揺しつつもシャルルに助けられた時も同じようなことがあったのを思い出し、強引に現状を飲み込んだ。

 

 

 

──私達の仲間になるならあのナイトメアを助ける


朦朧とする意識の中、少女の提示したその条件を聞かずに無我夢中でその手を取った。

今となって冷静に考えてみれば彼女の出てきたタイミング、交換条件が実に胡散臭い。

しかし他に方法も思い浮かばなかった。

毒を食らわば皿までだ。


「とりあえず今は君を信じる。だけど一つだけ教えてくれ。本当に彼女を助け方法があるんだな?」


「大丈夫よ、私達はそれが専門だから」


ナイトメアになった人間を救済する方法。

そんなものシャルルは一度も口にはしなかった。

ましてやそれを生業にする集団など尚更だ。


「お前は…………」


その言葉を遮るようにけたたましい叫びが周囲に反響する。

突如ナイトメアが暴れだし無差別的な破壊を始めた。

その様子をみて少女が厄介そうに舌を打つ。


「片付けてくるからあなたはここで待ってなさい」


「待て、何か力になれる事はないか?」


無力は百の承知、だが聞かずにはいられなかった。

彼女への恩をまだ何も返せていない。


「残念だけど貴方ではまだ役不足ね。彼女の無事を祈って待ってなさい」


彼女はこちらに気を使ったのだろう。

不器用にやさしく微笑んだ。


「そうか……彼女を頼む」


その時不思議と簡単に諦めがついた。

恐らく少女の笑が心を救ってくれたのだと思う。

その微笑みはどこか()()に似ている気がした。


少女は小さく頷くと騎士に向かって悠然と歩き出した。

騎士はその存在に気づくと大気が悲鳴をあげるほどの激しい咆哮を発する。


そしてそれを皮切りに一方的な蹂躙が始まった。

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