序章 三部 【神速の剣姫】
ノエルを担ぎなんとか化物から離れた休憩所に身を隠した少女──シャルルは既に意識を手放した彼をゆっくりとベットに寝かせる。
「今魔具を切らしてるの、ごめんね」
苦悶し歪むノエルの顔を見て申し訳なさそうに語りかけ、救急箱の中身の有り合わせで止血を済ませた。
「どうしても片付けなきゃいけない用事があるから少しここで待ってて」
笑顔でそう告げ、休憩所の扉を開け放ち外に出るとシャルルの姿が風にかき消えていった。
──────
「敵はナイトメアだけ、雑兵も……いないみたいね」
「問題なし」と余裕をみせるシャルル
は木馬の化物──ナイトメアを手のひらに収めることができる程の遥か遠方から、強化された五感でそれを眺めていた。
「急がないといけないし、そろそろ始めますか」
彼女が右手で空を凪ぐとその手元に蒼い大剣が姿を現した。
海を連想させるその色使いと炎のような波状の刀身。
全体にに施された豪華絢爛な装飾が凡庸なものではないことを物語っていた。
また、その特異な形状は対象の止血を害する為のものであり、美術品ではなく相手を殺すため武器であることが伺える。
シャルルはその大剣を軽々と弄んだ後、ただ一言浅く、小さく呟いた。
「【神速】…………」
その言葉とともに彼女の体が消失し、ナイトメアの右前足付近に出現する。
同時に放たれた一閃が質量差をものともせずそれを切り落として見せた。
足を失った影響でナイトメアの巨躯が揺らぐ。
だが、それがすぐさまバランスを取り戻し怒りで血走った瞳を見開くと
次の瞬間、激しい怨嗟の咆哮とともに舌が槍の様に放たれた。
それはシャルルがいるであろう右前足の周囲一帯に雨のように執拗に突き刺さる。
その一撃はまるで爆発、その上一秒間に五回もの衝撃を感じることが出来た。
そんな圧倒的な速度の攻撃を彼女は驚異的な反射速度と運動能力で回避し、時に受け流す。
その全身を使った動きはこの場に似つかわしくないほどに美しい。
それは舞姫による演舞に近かった。
「時間ないから早く終わりにしよっか」
攻撃をさばき続けながらも余裕のある笑みを浮かべる少女がそう声を上げた次の瞬間、その手の大剣が舌を派手に弾き飛ばした。
生じたわずかな間隙。
その隙に少女の体が人知を超えた速度で加速。
異常としか言えないその速度に全ての生物が置いていかれるはずだった。
しかし、ナイトメアの攻撃が自慢の伸縮速度で少女の背後に食らいつく。
更に数秒後、シャルルが自分よりも速度面で勝っていると理解すると、すぐに順応。
その攻撃がシャルルの移動先を捉え始めた。
突然の変化に対処しきれずにその攻撃を刀身で受け止める彼女。
その硬直を見逃さず移動を縛るかのようにナイトメアの攻撃速度がみるみる上昇した。
「速いっ…………」
攻撃を捌く事で手一杯のシャルルが動揺の色を見せた。
それを見るなり勝利を確信したナイトメアが酷く醜く卑しい声で興奮の叫びをあげる。
だが、彼女の動揺は一瞬だった。
すぐに平静を取り戻すと木馬の汚い囀りを聞き流しながら何かを呟き始める。
「ふっ………………ふっ……」
それは言葉ではなく息遣い。
彼女が受け手側になる際、毎回行う呼吸。
そのペースを四苦八苦しながら調整する。
「………………うん」
その正体はリズム。
敵の攻撃の規則性をリズムとして体に刻み込んでいるのだ。
「読み切った……」
そう口を開いた瞬間、襲いくる舌を紙一重で躱すと予期していたかの様に構えていた大剣をその舌先へ突き立て地面へと縫い付けた。
痛みと同時に武器を封じられたナイトメアが気味の悪い唸り声をあげる。
彼女はその様子に興味すら示さず素早く跳躍、瞬間移動のような速度でナイトメアの真上に移動した。
少女が右手を構えるとそれに呼応するように舌先に刺さっていた大剣が蒼い揺らぎとなって消え去り、少女の手元へ現れる。
「さよなら」
ナイトメアの自由になった武器がシャルルをうち落とそうとするも既に加速した少女には追いつけない。
化物の脳天を【神速】の加速と重力を乗せた蒼き一撃が貫き、下界を見下ろしていた頭部を地に叩き落とした。
その巨体の絶命はもはや天変地異。
整備された地面が広範囲に渡ってめくれ上がり、生じた突風が全てをなぎ倒す。
世界の終わりのような地鳴りが万物を揺らした。
そのあまりにも壮大な命の終わりを見届けると彼女は急いで休憩所にいるノエルの元へ戻るのだった。
不定期更新ですがなるべく間を空けないように頑張ります