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異世界黙示録  作者: 煌月 かなで
序章
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序章 二部 【寝醒めのち暗闇】

空の上からですら全容は見渡すことが出来ない程広大な遊園施設があった。

中央のシンボルというべき巨大な観覧車がまるで強固な砦の様に矮小な人々を見下ろし、夏虫の声音の様な人々の喧騒と機械の駆動音が鳴り止まない。

だがそんな場所が賑わいを見せていたのもほんの少し前までの話だ。

今やその場所は陰りに包まれ、マスコットどころか人っ子一人見受けられない。


そんな場所をただ一人うろつく人影があった。

茶色の短髪をかき乱し、純白だったはずの薄汚れたサーコートを纏うその青年は先程から周囲を不自然に見回し、耄碌老人のように徘徊を続けている。


青年──ノエル・ヴァンクラッドの意識が覚醒したのは先刻の事。

この遊楽施設の中央で目覚めた彼にそれ以前の記憶は残されていなかった。


唯一覚えているのは自身の名前。

否、ノエルというこの名前すら本当の名前かどうか証明する方法はない。

放り出された土地で生きていくにはあまりに情報が少なすぎた。

それ故に、少しでも情報を得る為、現在も無策に駆け回り続けているのだ。



「本当にどこなんだここ。人もいねぇし……気持ち悪いな」



悪態をつく彼の周囲では無人の遊具がまるで亡霊でも乗せているかのように駆動を続け、存在しないはずの人々の笑い声が無機質に、施設全体に谺響していた。

その不気味な雰囲気にあてられて背筋に悪寒が走る。



「とりあえずこっから出るか、真っ直ぐ走ってれば突き当たるだろ」



彼はその安直な発想で施設の出口を目指して駆け出した。

正面から背後へ目に優しくない配色の建物が次々と流れていく。

メリーゴーラウンド、コーヒーカップ、果てはドリームハウスなるわけのわからない建物を横目に走り続ける。



「どんだけ広いんだよ。それとも化かされてるのか……」



何時間走り続けただろうか、直線に進み続けたものの一向に出口らしきものは見えない。

出口が永遠に来ない。

その可能性に思い当たった時、彼は自分のその発想を鼻で笑った。


そんなことあるわけがない。


記憶の欠片も無い身の上にも関わらず自分の中の常識に対しての絶対的な信頼、それが彼から柔軟な思考を奪っていた。

長い時間園内を走り続けてその体は既に満身創痍。

何か別の切り口を考えようとした時、彼の瞳が建物の中へと入っていく二人組の姿をしっかりと捉えた。



「やっと見つけた」



その影が入っていった建物の前に立ち、その看板に視線を向ける。


──「恐怖の館…………」


その文字を思わず口に出しゴクリと唾を飲む。

心霊は彼が最も不得意とする分野の一つ。

現在の園内の様相だけでも彼の恐怖指数は大幅に上に振り切れている。

この場所に入り、万が一本物の幽霊なんてものに出会でくわした日にはその場で彼らの仲間入りをする事になるだろう。


だがこのままではどのみち野垂れ死。

背に腹は変えられない。


意を決してその中に入ると決意とは裏腹に拍子抜けする程あっさりと目当ての背中に追いつくことができた。

薄暗い室内で黒い外套に身を包んだ二人組の姿はさながら亡霊。

それを人間だと判別できたのはその肌色の手が嫌に派手な紅色の瓶をしっかりと握りしめていたからだ。

こちらの存在に気づき、振り向いたその両者の表情は仮面で隠されて窺い知ることはできない。

いかにもな悪人装束。

多少の不安は残るものの選り好みをしている場合ではない。

この際情報を得られれば誰でもよかった。



「あー、すまん。聞きたいことがあってだな……」



その声に二人組は驚いたように顔を見合わせた。

それが何に対しての驚きなのか見分ける事はできないが

大方、話しかけられるのが珍しいのだろう。

そう思い言葉を続けようとする。

だがそれは仮面の奥から発せられた予想外かつ釈然としない質問にかき消される。



「君…………人間?」



その要領を得ない問にノエルは眉を潜める。

しかしそれも当然といえば当然の事だった。

ノエルは自身の素性どころかこの世界の常識すら把握できていない。

人間以外、つまり獣人や妖精といった他種族が存在する場合この質問はなんら不自然なものではない。

多少暴力的ではあるが彼はそう解釈し、納得した。



「あー……多分そうだな」



自身が人間である事すら確証をもって答えられない自分に複雑な気持ちになりつつも仮面との会話は続く。



「そうか」



その答えを聞いた仮面の一人がヨシヨシと頷く。

これはなかなか好印象の様だ。

回答はどうやら間違っていなかったらしい。

質問をするために現状不足している情報を脳内でまとめ始めた時、頷いていた仮面がノエルに歩み寄り、彼の反応するよりも速く動いた。


ノエルは一瞬ではその状況を理解する

ことができなかった。


仮面の手元にチラつく謎の鈍色。

腹部に走った吐き気を催すほどの鋭い痛み。

そこから溢れる色彩に気づいた時、ノエルは全てを理解した。

それを理解した瞬間に耐え難い苦痛に襲われ、思わず肺から吐き出された空気が声にならない声として溢れる。


「がっ………っ……」


()()()()()を握りしめたまま仮面の男は歓喜に肩を震わせ絶頂する。

 

「紅い…………紅いいいいいいぃぃ!!血!人間の血だァ!…………ふひひひ」


なりふり構わずに反狂乱になる仮面の男。

前言撤回、人間という回答は不正解だったらしい。

そんな悠長な答え合わせが脳内で行われている最中も目の前のサイコパスの発狂は止まらない。

仮面の上からでもその表情が幸福に塗られていることが理解できた。

不気味に笑いながら彼はノエルに深々と刺さった短剣をグリグリと強引にねじ込み肉を執拗に抉りつける。


「がぁぁああああ!!」


「いい叫びだ、もっと血をくれよぉ!!」


「あ゛っ………てめぇ………」


奇声をあげる仮面が彼の目の前で揺れる。

その顔だけでも拝んでやろうと仮面の縁に手をかけようとした時、今まで傍観を決め込んでいたもう一人の男が初めて口を開いた。



「ナイトメア………………」


「わかってるよ………………命拾いしたね。」


快楽に狂っていた仮面はその言葉を聞くと今までの言動が嘘だったかのように平静を取り戻し、いたって冷静に返事をした。

仮面男の手に込もっていた力が抜け、短剣がずるりと肉を滑り体外へと出ていくのがわかった。

短剣の圧力に抵抗するため全身にいれていた力が行き場を失い、不格好に地面に倒れ込む。


倒れるノエルを名残惜しそうに見つめた後でその二人組は去っていった。


今も温かく流れ続ける自身の血を申し訳程度に手で抑えながら命がまだある事を再確認する。


「くそっ………………」



一応命拾いをしたとはいえ死へのカウントダウンは現在進行形で進んでいる。

ただでさえ危険な状況だがこの人通りの少なさ、まさに絶体絶命だった。

このままでは助かる確率はほぼ無に等しい。



──考えろ!何かないのか……何か何か何かなにか!



鼓動が高くなり全身から冷や汗が流れ落ちる。

死という絶対的な恐怖が足音をたててやってくるのがわかった。


死ぬのは怖い。


そんな理解りきった言葉の正しさを真の意味で理解する。



「死にたく……ねぇ……」



彼の体感の人生はものの数時間、このまま死ねば遊園地を駆けずり回り、サイコパスに弄ばれただけの無意味で無価値な命。


悲鳴をあげる体を無理矢理起こし、どうにかひらけた場所に出ようと足を踏み出そうとした時、

 

──バコォッ!


激しく、爽やかな騒音が鼓膜に染み込む。

突如巻き起こった突風に抗えずノエルは尻餅をついた。

その衝撃が傷口に伝わり鈍い痛みが込み上げる。


「ぐっ…………次から次へとなんだ!…………」


巻き起こった砂煙が晴れるとそこには予想の遥か向こう側の景色が広がっていた。


「おい……ここ屋内だったよな……?」


彼の瞳の中に映る景色は暗くつまらない色の空。

周囲にはバラバラになった金属や木材、建物だったものが散らばっていた。

そして背後から硬い何かを押しつぶすような爽快な音が響く。


その音に振り返ると

そこでは化物が建造物を咀嚼していた。

その姿は巨大な木馬、だがそんな生易しい代物では無い。

見上げるだけで首が痛くなる程の体躯。

その肌では人間の顔、手、足が不規則に絶えず浮き沈みし、大きく反り返った首の先に付いているその顔は薬物中毒者のような不気味な笑を浮かべ下界を見下ろす。

そして無防備な胸部には巨大な口。

その口腔では先程まで周囲を飾っていた建物がまるでガムのように貪られていた。

その醜悪かつ冒涜的姿に全身が総毛立つ。


「…………あぁ…………」


逃げ出す事すら馬鹿馬鹿しいと思えるほどの圧倒的な存在感。

恐怖の権化とも言うべきこの存在の前には迫っていた死すら生易しく感じられる。

これが神だと言われたら信じてしまう自信さえあった。


蛇に睨まれたネズミのようにまるで体が言うことを聞かない。


明後日の方向を向いていたその瞳がゆっくりと焦点を合わせながらノエルの姿を捉える。


その瞬間、彼は完全なる終わりを悟った。


化物の舌が鞭となってノエルに襲いかかる。

その速度は人間の知覚できる範囲を超えていた。


──最低で短い人生だった

 

走馬灯と呼べるほどの記憶(もの)が無かった影響か最後の瞬間が、迫り来る化物の舌が豪く遅く感じられた。


その舌が体を横殴りに吹き飛ばす直前というタイミング。


突如として走った蒼い閃光がその舌を吹き飛ばした。


否、それは閃光ではなかった。


蒼き大剣の一撃。


それを閃光と見間違ったのはそのあまりの速度に脳が誤作動を起こしたからだろうか。

またはそれが希望の光に見えたからだろうか。


ノエルと同じ純白のサーコートを着こなし、対照的な黒のポニーテールを艶やかに靡かせるその少女は大剣を軽々と片手で肩に背負わせると屈託のない笑顔でノエルに手を差し伸べる。


「大丈夫?」


琥珀色の澄んだその瞳から目を離すことができない。


人生の終わりかけに訪れたこの出会いが彼の物語の始まりとなった。

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