2 彼との婚約*
本日2話目の投稿です。
少し、いじめの表現があります。ごめんなさい。
「アッシュグレイ様を!?」
私はポカンと口を開けた。
いやー、無理からにも程があるってもんでしょ。ていうか、今のいままで二人ともがユリアス様狙いだと信じてたわ。
あまりのビックリにパクパクしてたら、「お嬢様口閉じて下さい」とメイシーに睨まれた。メイシーちゃん怖いです。
「どっちにしてもお姉様たちはもっと身の程をわきまえるべきだと思うんだけど、でもそれにしてもなんで?」
「アッシュグレイ様が本気で花嫁を探されるらしいと、噂が流れているのですわ。ですから今日もお茶会に来られるかも、と申し上げたでしょう?」と、メイシーが云った。
なんと、知らない間にアッシュグレイ様の噂は進化していたらしい。
「今日のお茶会は身内だけなんだから、それは本当にないわよ。だけどアッシュグレイ様なら選り取りみどりでしょうに、なんでこんな貧乏男爵家の嫁き遅れを選ぶと思うのかしらね、あの二人は」
言いながら、ちょっと傷ついた。これは私にも刺さる言葉だ。
私だって、なんで未だに私がユリアス様の婚約者をやっているのかわからない。
私とユリアス様の婚約は、もともとユリアス様の父親であるレイズ侯爵様と私のお父様との間で交わされた約束だった。
レイズ侯爵様と私のお父様は、学生時代を同じ寄宿舎で過ごした学友だったらしい。
とても仲が良かったと聞いた事がある。
そして私の本当のお母様が病気で亡くなられたとき私はまだ6歳で、使用人たちに依る『無視』という名のいじめの真っ只中だった。
お母様がお元気だったら、そんないじめみたいな事はおこらなかったかもしれない。
けれどお父様のあの時の目を思い出せば、お母様がお元気であっても同じかもしれない、とも思う。
当時の使用人たちから受けたいじめは、私にしてみれば小学生の子供レベルのもので、私が年齢なりの子供であれば辛い事だったかもしれないが、かえって自由を満喫していたのでむしろありがたかった。
因みに木登りの技術はその頃に培った。
彼女たち──お義母様とアマンダ、エミリアがやってきたのは、お母様が亡くなられて4ヶ月も過ぎない頃だ。
聞き慣れない名前の外国から来たという新しいお義母様は、二人の子供を連れていた。
それがアマンダとエミリアである。
その姉たちは最初お義母様の連れ子だと思っていたが、メイドたちの噂でどうやらお父様の子供なのだと知った。
私より年上の子供が二人もいるなんて、お父様いつから浮気してたんだと呆れ返ったものだった。
お父様とお義母様が再婚したことで、それまで庶子という扱いだった姉たちは実子として遇される事となった。
更にその数ヶ月後、お義母様は男の子を産み落とした。
ああ、だから再婚を急いでいたのか、と異世界の知識を持つ子供は悟った。
お母様がまだ生きておられる時から、あの人は身籠っていたのだ。
正妻が亡くなって1年もたたないうちに、後妻を迎えるのは体裁が悪い。
でも腹の子がもし男児であるなら、庶子としてではなく嫡出子として産ませたい。
確率は半分だ。
そしてお父様は体裁を投げ棄てて再婚した。
そういうことだ。
そんな訳で私──フェリシアは、正妻が産んだたった一人の跡取り娘という立場をきれいさっぱり失ってしまったのだった。
婚約の話が出たのはその頃のこと。
アマンダは9歳、エミリアは私より8ヶ月早い7歳。私は漸く7歳になったばかりだった。
レイズ侯爵様のところには、もうすぐ12歳の誕生日を迎えるご長男を頭に4人の男の子がお生まれだった。
ユリアス様は、そのご長男である。
レイズ侯爵様の方からお申し出があり、お父様が受けた形で話しは進んだ。
年齢的な釣り合いからか、はじめはアマンダに話があったが、アマンダは嫌がった。実はユリアス様にはある噂があったのだ。
これは後から聞いた話なのだけれど、当時のユリアス様は貴族の子弟が通う騎士養成学校の寄宿舎に入っていた。お父様とレイズ侯爵様が出会った場所だ。
今は王家の登録魔法使い筆頭として勇名を馳せておられるユリアス様は、その頃は一般の騎士見習いとして過ごしていらっしゃったらしい。
その寄宿舎でいじめがあると。そのいじめの標的がユリアス様であるという噂だった。
その噂はどうやら子供たちの間でだけ蔓延していたようだった。大人が知らないところで、背景はおぼろなまま、描写だけはやけに具体的に。
曰くユリアス様が土下座して泣いて謝ったとか、大勢の前で強制されて犬の真似をさせられたとか、ユリアス様を知っている者なら鼻で笑うような噂だ。
あの頃のお義母様は社交界にとけ込むのに必死で、子供たちを連れてあちこちのサロンやパーティを渡り歩いていた。
私は行ってないよ、引き込もってたからね。
だからそんな先で噂を聞き込んできたのだと思う、アマンダは。
泣いてわめいて嫌がった。お父様が折れるほどに。
次に話がいったエミリアも、アマンダの様子を見て、もちろん噂も聞いていたのだろう。私も嫌だ、と大暴れした。
こっちはドン引きだよ。
仮にも貴族の娘が、親の持ってくる縁談を嫌がって断るとかあり得ないんだから。
そもそも上位貴族である侯爵家からの縁談を、下位貴族である我が男爵家が断れるはずもない。例え父親同士が親友であったとしてもね。
そこに身分の差は歴然と存在する。
理由も云わず嫌がる娘たちに、お父様は途方にくれた。
お義母様が説得してもダメだった。
そしてアマンダが叫んだのだ。フェリシアが婚約すればいいじゃない、と。
お父様は私を見た。
古びたドレスを纏い、自分の小さな手で拙く髪を結う、どことなくチグハグで垢抜けない私を。
二人はここぞとばかりに、いい募った。
──フェリシアが嫁に行けばいいのよ!きっとお似合いだわ!!──
私はお父様に言った。
『私でよいのならお受けします、お話を進めて下さい』とね。
その時の私は、何故二人がそこまでこの婚約を嫌がるのか知らなかった。
知っていたのは、この話を断ることはできない、ということだけ。
話がどんどん進んでいく中、アマンダとエミリアは得意満面で私に色んな事を教えてくれた。
──これは大人にはナイショなのよ、いっちゃだめなの──
クスクス笑いながら伝えられた噂は本当に酷いもので、それを『気持ち悪い』『情けない人』『そんな人と婚約なんて絶対嫌よ』と切って捨てる二人の方が、私にはわからない。
それまでの二人は私にとって、同じ邸に住んでいるだけの血の繋がった赤の他人という位置付けだったけど、この日から私はアマンダとエミリアが大嫌いになった。
それから私の生活は一変した。私の世話をしなかった侍女たちは叱責の上で配置変えになり、私には新しく雇った侍女たちが付けられた。
今度はもう失敗しない。私は注意深く異世界の彼女の痕跡を隠した。
普通の、男爵家の令嬢らしく。
性格が大雑把なのはもう、どうしようもないけどさ。
顔合わせの日の二人の顔は見物だった。
レイズ侯爵家で行われた顔合わせのその日。
私はといえば、新しい侍女が毎日丁寧にくしけずる蜂蜜色の金髪は艶を増しキラキラと輝き、お風呂で磨かれまくった肌は透き通るような白さ。ラベンダーの瞳はパッチリと愛らしく、自分でいうのも照れるけどかなり上手く化けてたと思う。
私がどんな人と婚約するのか、見て笑ってやろうとノコノコやってきた二人は、まず我が家のエントランスで会った私に目を真ん丸にした。
私は、二人が初めて邸にやって来たあの日には既にヤボったい薄汚れた子供だったので、フフフこれが真実の私なのよー、とばかりにクルリと回って見せた。もちろん『真実』どころか、かなり盛っていたのは秘密だ。
それでも二人は負けん気をおこして、侯爵家までついてきた。
よっぽど私のことを笑いたかったんだな。
断った相手のところまでついてくるなんて、許可するお父様もお父様だと思う。
因みにお義母様は体調不良で欠席です。弟が産まれて間なしだからね、元気でも来たかどうかはわからないけど。
侯爵家に着いた私たちが馬車を降りると、侯爵様と夫人が揃って出迎えて下さった。侯爵様とお父様は肩を叩き合い、侯爵夫人は私たちの前に腰をかがめ、可愛らしいお嬢さんたちね、と目を細められた。
特徴的な髪が目を惹く、とても可憐で優しそうな方だった。
私たちが緊張してぎこちないカーテシーを披露していると、馬車の後ろ──お父様たちの方から声が聞こえてきた。
「本日はわざわざお運びいただき、ありがとうございます」
そのなんとも涼やかで、優雅なアクセントに私たちは、弾かれたように振り向いた。
そこにいらっしゃったのは、もちろんユリアス様だったのだけれど、彼は恐らく私たちの誰の予想とも違っていた。
アマンダとエミリアは最初赤くなり、次に白くなった。
私も平静でいられたかは自信がない。
まもなく12歳になられるというユリアス様は、まだ侯爵様やお父様には敵わないまでも随分と背が高く、私たちと比べれば大人と子供のようだった。
実際私たちは子供だったしね。
金粉を纏って煌めくプラチナブロンドは、侯爵夫人と同じ髪色だ。
それを肩甲骨の辺りで切り揃え、後ろで軽く結わえているのが何だか大人っぽく見えた。
子供は肩の辺りで切り揃えるか、思いきって短くしてしまうものだから。
私たちが振り向いた気配に、ユリアス様もこちらを向かれた。
最初に、侯爵夫人に似ていると思った。髪色だけでなくお顔立ちも。
けれど決して女っぽい訳じゃない。
体格もまだひょろりとした感じだったけど、袖からのぞく手首の辺りは骨ばって指も節が目立ち、男の人だな、と思えた。
そして、その瞳。
すい込まれそうな蒼、透き通って煌めく翠。
虹彩異色症だ。
呆然と見つめていた私たちは、かなりぶしつけだったと思う。
けれど彼はニコリと微笑んだ。
その途端、空気の色が変わった。いい薫りの風まで吹いてきたような気がする。
「こんにちは、可愛いお嬢さんたち」
気がつけばアマンダとエミリアは真っ赤になっていた。
「それで、僕の婚約者さんはどの娘なのかな」
次の瞬間、二人の顔から色が抜けた。
私は人間が心底絶望した顔、というのを初めて見た……かもしれない。
その後のことはあまりはっきり覚えていない。
アマンダとエミリアは、ユリアス様の弟たちと遊んでこい、と早々に追い出され、侯爵夫妻とユリアス様、お父様と私の5人でお茶をいただいた。その後は、ユリアス様と二人で話してこい、とやっぱり私たちも追い出された。
ユリアス様に庭を案内してもらって色々話したような気もするけど、よほどてんぱってたのか何の話をしたのかサッパリだ。
ただこの状況が、異世界の彼女の記憶による『お見合い』ってやつに似てると思った事。そして『お見合い』と違うのは、私たちがもう既に婚約しているという事だな、と思った事は覚えている。
私はきっとこの時浮かれていた。
なんの期待もしていなかったユリアス様が、驚くほどステキな優しい方だったこと。
そして何よりも、私を都合よく追い払おうとしたアマンダとエミリアに一泡ふかせられたこと。
私はこの時調子にのっていたのだ、と思う。
前世で20年生きていようと、20年王都分の経験があろうと関係ない。
この時の私はまだたったの7歳で、7歳の考え方しかできていなかった。
だからきっとあんなことになってしまったのだ。
このあとの10年以上に及ぶ後悔の日々を、この時の私はまだ知らない。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
【ユリアスとユリアスぱぱの会話】
「お前、あんな小さな子をからかってどうするんだ」
「からかうなんて、心外です。その小さい子を結婚相手に連れてきたのは父上ですよね?」
「ぐっ……」
「いずれ結婚するなら、今から円滑な関係を築いておくべきだと思うんですけど?」
「ぐぐっ……」
「ふふ、まあでも何か会話するたびに真っ赤になるのは……見ていて確かに面白いですよね」
「………」
この頃のユリアスさんは、ちと性格が悪い。(いや、十年たっても……)




