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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
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24 師匠と僕

弟子入りを認めてくれたアスコットは、恐ろしい事に自己紹介でジェニファーと名乗り、あたしの事は『ジェニー』と呼んでね!と言い放った。

その名前は自分で付けたんだろうか、と僕は目を丸くする。



だいたい、こんな僕よりも背の高い男を相手に、そんな可愛らしい名前で呼べる筈がない。

それに他の研究所員たちはみんなアスコットと呼んでいる。

だから僕も初めは、皆と同じように『アスコット』さんと呼んだ。

そしたら彼はあろうことか拗ねだした。

「何で誰もジェニーって呼んでくれないのかな。いい加減自分の名前忘れそうなんだけど!」

そんな名で呼ばれたがってるあたり、もうとっくに名前どころか性別まで行方不明だと思う。




この後に及んで、僕はまだ彼女を彼だと信じていた。


アスコットと呼ぶのは禁止!と言われたので、仕方なく『師匠』と呼ぶことにしたら、嫌がらせのように『ユーリちゃん』と呼ばれるようになった。

小さい頃を思い出しても『ユーリ』はともかく、未だかつて『ちゃん』付けで呼ばれた事なんてない。

精々『坊っちゃん』とか『兄ちゃん』くらいだ。

ちゃん付けはやめて欲しいと頼んだら、ジェニーと呼ぶように強要された。


いったい何の根比べか…って程に言い争った挙げ句、弟子入りして8年が過ぎた今も僕は彼女を師匠と呼び続けているし、師匠は僕をユーリちゃんと呼ぶ。


多分もう一生このままだと思う。




師匠が女性だと気づいたのは、一緒に暮らし始めた直後だった。

研究所での姿はともかく、私生活をかいまみれば性別なんて一目瞭然だ。

ニーノが言っていた『見た目は残念なくらい格好いい』の意味は、おねぇ言葉ではなく性別のことだったのか…と漸く腑に落ちた。できればもっと解りやすく教えて欲しかった。



それにしても、いったい何で僕は今まで気づかなかった?

幾らなんでも鈍過ぎるだろう、と軽く自己嫌悪に陥った。


けど今更師匠に、ずっと男性だと思い込んでいた、なんて言える筈がない。

勢いで転がり込んだ師匠の部屋を出ていくタイミングが掴めず、僕のまだたいして上手にできたとも言えない料理を、美味しい美味しいと目を細めて舌鼓を打つ師匠を見ているうちに、なんだかもうどうでも良くなってきて、結局『塔』へ戻るまでの2年近くを師匠の部屋で暮らした。



僕の水の魔力は、師匠の指導を受けても今一つ上達しなかった。

僕がこれくらい…ってイメージするのと、実際に発動する魔法の規模が恐ろしく乖離していて、しかも甚だ不安定な状態らしい。


コントロールが不能に近い状態で、これはもうランクもつけられないレベル!と断じられた。


師匠には、器やランクに関する独特の持論がある。

1つの属性に特化している場合はそれでいいとして、例えば2属性持ちの場合。

メイン属性に対して、サブ属性はかなりランクが落ちるのが当たり前だ。

例えばメインの風がAランクなら、サブの土はDランクといった具合に。


だけどそれっておかしくない?と師匠は言う。

一人の人間には1つの器しかないのに、何故属性によってランクの差ができるのか。

器のランクをAと判定されたのなら、風も土も等しくAランクの筈だ。

なのに実際はそれほどの差がある。

この差はいったい何処からくるのか。


師匠はそれを制御の習熟度だと考えていた。

つまり、サブのランクが低いのはコントロールに問題があるのではないか、って事だ。

師匠の理論でいけば、サブを持っている人はサブの制御さえものにすれば、メインもサブも同等のランクになる筈だった。


但し、師匠のそれは仮説に過ぎない。


そもそも師匠自身が水の特化型だから、自分で検証することもできない。

だから長年頭の中でだけ考えていたそれを、僕と言う弟子を得て試す機会ができて師匠は嬉しそうだった。

結果はといえば、水に関しては制御以前の問題で惨敗だったけど。


尢も、どうしても諦めきれなかった僕は、それからも仕事の合間やちょっとしたあき時間に少しずつ、2m先の針の穴に糸を通すような慎重さで制御を試みた。

そうするうちに、小さな怪我を治す程度の事は出来るようになっていった。

それはもう、恐ろしい程の集中力を必要とするけれど、それで漸く師匠にもEランク程度と認めてもらえたのだった。



そんなある日、師匠はささやかな疑問を口にした。

「複数の魔法って同時には使えないの?」


僕は目を見開く。

そんなことは考えた事もなかったから。


僕が火の属性だって事は周知の事実で、研究所に来たばかりの時には、ケーキをカットするというバカバカしい理由で風魔法も披露している。


僕が水の制御を教わるために弟子入りしたって事は、研究所では師匠以外誰も知らないし、研究所員たちはみんな僕が火と風の2属性持ちだと思っている。どちらがメインかについては、僕の知らない所で多少話題になったみたいだけど、ここの魔法使いたちは基本自分達の研究にしか興味がない。

僕の属性の事なんか、多分あっという間に忘れ去られてると思う。


だから僕が火と風以外の属性にも適性があると知っているのは師匠だけだった。

僕はもうこの頃には、全ての属性に適性があることを師匠に打ち明けている。

師匠は噂通り変わり者な所もあったけど、僕はもうその人柄に全幅の信頼を寄せていた。




師匠のその、同時に複数の魔法を使えるか、というささやかな疑問に答えるために僕は色々試してみた。

火と水、風と水で試した時はどうにもならなかった。

圧倒的な火や風に圧されて、水魔法の存在自体が何処かにいってしまったから。

風と土や火と土で試してみても効果はなかった。やっぱり風や火の前では土魔法もかき消されてしまう。

土魔法を苦手と思った事はないんだけど、火や風に比べれば普段使わないだけに、手足のように…とは言いづらいかもしれない。

それに、そもそも土と火を組み合わせて何が出来るのかなんてさっぱり思いつかない。イメージの問題なのかな?

空間魔法を風や火と組み合わせた時も同様だった。



驚いたのは火と風で試した時だ。


何かあったら大変だからと僕らは人里離れた山中の拓けた場所に転移し、風魔法を使って念入りに作った結界のドームの中でそれらの実験をしていた。


その頑丈な結界の中で風に乗って荒れ狂う炎に、僕らは愕然とする。



「これは、ちょっとばかりヤバいレベルだと思うよ。これって全力でやっちゃったの?」

まさか、と結界の中を凝視しながら僕は首を振った。

今まで全力で魔法を使ったことなんて一度もない。


「これは誰にも言わない方がいい。こんな事ができるなんて、誰にも言っちゃダメよ、ユーリちゃん」

真面目な顔でそう告げる師匠に、僕は頷くしかなかった。


師匠はどうやら、同等レベルの魔法を組み合わせたときにだけ、相乗効果が現れると結論付けたらしい。

その理屈でいうなら、土と空間魔法でも何かの効果がありそうだけど、もう試す気力もなくして僕らは師匠の部屋へ戻ったのだった。




それからも、研究所での生活は続いた。


ローズウェイ公爵(おじうえ)からもらった猶予期間は2年間。

師匠の研究を手伝い身の回りの世話をし、ときに王宮へ赴いて殿下と王妃様のお茶の相手を務める。

たまには師匠の出張に同行することもあった。

師匠の作った医療用魔法陣の効果を直接確認するためだ。


更に新たなシーズンも始まり、王宮主催の舞踏会には殿下も出席される事があるので、そういう時はお付き合いで僕も出席した。

とはいっても、まだ子供の殿下は早い時間に退出してしまわれるから、それに合わせて僕もサッサと帰っている。


本当は夜会になんて出たくもないんだけど、王妃様直々にこっそりと頼まれてしまったので仕方がないんだ。

王妃様はよっぽど殿下の事が可愛くて心配なんだろう。



僕が夜会に出たくない理由の一番はフェリシアだった。

デビュタント特有の白のドレスを身につけた後ろ姿を見た途端、彼女だとわかった。あの蜂蜜を溶かしたような豪奢な金髪は間違いなく彼女だ。


僕の所にエスコートの話が来なかったって事は、彼女の父親か親戚の誰かにでも頼んだのかもしれないけど、そんなことはもうどうでもいい。

殿下のお側にいるとき以外は周りを拒絶するオーラを振り撒き、誰一人近づいて来ないように牽制した。

フェリシアとは同じ会場にいても目を合わせる事さえない。

僕も避けてたけど、多分向こうも僕を避けていたと思う。



こんな状態の僕に平気で寄ってくるのは恐らくアッシュくらいなものだろうけど、ここ暫くは顔も見ていなかった。

王立騎士団で順調に階級を上げているそうだから何かと忙しいのかもしれない。



そんなだから、世間での噂話なんて僕の耳には入らないし興味もない。でも時おりは、お茶会の席で王妃様から聞かされる事もある。


「ねぇ、ユリアスさん!ご婚約されてるって本当なの?」

僕の顔を見るなり唐突に切り出した王妃様の目は、好奇心に爛々と輝いていた。

「母上!プライベートですよ」

呆れた口調で殿下が制止して下さったけど、王妃様は止まらない。

「ええーっ!だって今、社交界はこの話題で持ちきりなんですもの。お相手はどちらのお嬢さんなのか、って皆様興味津々なのよ。レイズ侯爵様やリーリア様に突撃をかけた強者もいらっしゃるみたいですけど、まだ内輪の話ですから、って教えてもらえなかったのですって」


別に隠している訳でもないけど、まだ役所に婚約の届も出していないという意味では、本当に内輪だけの話だ。

身内の誰かが漏らしたのでなければ、出所はタチアナかもしれないと思った。

殿下のお披露目の時に、タチアナから逃げ出したい一心で、つい口走ってしまった覚えがある。



僕が口籠っていると、殿下が助け船を出して下さった。

「一番の強者は母上でしょう、本人に突撃をかけてるんですから。もういい加減にしないと、ユリアス殿がお茶会に来てくれなくなりますよ」

「ああっ、それは駄目よ!困ります」



殿下のお言葉に王妃様は渋々諦め、別の話題に変えて下さり、やがてスケジュールの先を急ぐ女官に引きずられるように退出していかれたのだった。



「母上にも困ったものだな。いつまでも子供のようでいらっしゃる」


殿下のその言葉に僕は苦笑するしかなかった。

中身はともかく、見た目は子供でしかない殿下にそう評されたと知ったら、王妃様も立つ瀬がないだろう。


「殿下は興味がないのですか?」

何の気なしに問うてから、しまった……と思った。

ある……と言われても反応に困るけど、ない……と言われても、それはそれでショックな気もする。


息を呑む僕をチラリと見て、殿下は首を傾げた。

「なんと言って欲しいんだ?婚約しようが結婚しようが、ユリアス殿はユリアス殿だろう?でも、今までのように会えなくなるとしたら困るな」



殿下にはきっと人誑(ひとたら)しの才能があると思う。






一番上の弟(ジュリアス)が下の弟二人を連れて研究所を訪ねてきたのは、学校の長期休暇も終わりに近づいた晴れの日だった。


「兄さん、久しぶりっ!」

「ジュリもレイもアーニーもずいぶん久しぶり。よくここが分かったね」

「『塔』に問い合わせたんだよ。そしたらどっかに研修に行ってる、って言われて場所も教えてくれないから、叔父上に直接訊いた」

フフン、と得意気なレイ。


だけど僕が吃驚したのはアーニーだった。

「アーニー、大きくなったね…」

ジュリやレイは学校を卒業するまでずっと一緒だったけど、アーニーは騎士養成学校には進学しなかったから、顔を合わせるのは本当に数年ぶりだった。


一頻り近況を話し合ううちに、いつの間にかアーチの話題になる。

「この前偶然、町を警邏中のアーチ先輩に会ったんだよ。ユーリ兄ちゃんに会いたがってた」

「警邏?大門の警備兵じゃなかった?」

確か噂でそう聞いたように思う。

「うん、でもあそこの部所は何にでも駆りだされるみたいだよ。アーチ先輩は腰が軽いし気が利くから、重宝されてるんじゃないかな」



何処に行ってもアーチはアーチだな、と妙に感心した。

『師匠』と『僕』は、お互いに相手を変わり者と思っているのですね(笑)。


ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

またブクマや評価下さった皆さまも、ありがとうございました。とても励みになっております(„^_^„)


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