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自己紹介 はじめました

アッシュが示した窓を見て、ユリアスは一瞬わからない程度に顔をしかめた。


「あれは、魔法の実験に失敗しただけ。別に問題ないから気にしないで」

素っ気なく言い放つユリアスに、二人は目を剥いた。

「お前が?失敗?」

「『筆頭』が魔法で……ですか?」


「そりゃ僕だって失敗する事くらいあるよ」

そのあまりの剣幕に少したじろぎつつユリアスが言うと、二人は「あり得ない!」「あり得ませんね!」と声を揃えていい放った。


「お前、学生時代から『無敗の貴公子』で有名じゃないか」

続くアッシュの言葉に、ユリアスは遠い目になる。

その恥ずかしい二つ名、いい加減忘れてくれないかな。

そもそも、それを言い出したのはアッシュ率いる自治会だった筈だ。



「そうそう、勝負事から試験から女の子まで負け知らず失敗知らずで有名でしたからね!」

そんなの知らないよ。

学生時代には本当のことから明らかな嘘まで、ありとあらゆる噂を流されたから、いちいち気になんかしてなかった


「噂といえばお前、『女に興味がない種類の人』って話聞いたけど本当なのか?」

無邪気に聞いてきたアッシュの腹には、にこやかな笑顔で渾身のグーパンチをお見舞いしておいた。

たいして効きやしないのはわかってるけど。




「肝心の用件を忘れるとこだったわ」

腹をさすりながらアッシュが取り出したのは、手紙だった。

その分厚さにまた目眩がする。


「それにしてもアッシュ……、手紙の配達とかしてられるような身分じゃないよね、それとも馘にでもなったの?」

アッシュはローズウェイ公爵家嫡男で、王立騎士団の団長だ。本来ならこんな使いっ走りのするような事をしている暇があるわけがない。

思わず嫌味を言うと、休暇を取ってきた、と晴れやかな笑顔が返ってきた。

慌ててリックスを見ると、頷いている。

「そーゆー訳でオレらは今、休暇中です」


「お前な、西の辺境(ここ)まで来るのに王都から馬をとばして三日はかかるんだぞ。お前も少しは考えて、『塔』や『王家』以外にも連絡出来る手段を作れよ。でなけりゃもっとマメに帰ってくるとかさ」

もっともらしい顔で文句を言うアッシュは、肝心な事を誤魔化している。


「前から思ってたけど、……西の街(ソリタス)には王都から直通の転移の魔法陣が設置してあるの、知らない訳ないよね?」


アッシュは無言でそっぽを向いた。


「ソリタスからカーサ村までは馬で精々三時間。アッシュ達なら二時間もかからないんじゃないの?」


リックスもあさっての方を見ている。


「……休暇の言い訳に僕を使ったね?」

笑顔で言ったのに、何故か二人は震え上がった。






「とにかく、手紙は受け取ったし僕の方にはもう用事はないよ。何の用件か知らないけど返事は直接母にするし、もうお引き取り頂いて結構ですので!」

ピシャリというと、アッシュは真面目な顔を作った。

「本当にちゃんと返事する気があるのか? ユーリ。お前実家にもう何年も帰ってないそうじゃないか。その気になればそれこそ一瞬で戻れるんだろう?」そう言って玄関前に現したままの転移の魔方陣を指し示す。

「俺もここまでは滅多に来られないしさ。お前がここにいることは国の上層部しか知らない機密だって殿下が仰るから、侯爵夫人(伯母上)に教えることもできない。伯母上は、お前が何処で何してるのかも分からなくてたいそう心配しておられるんだ。お前が返事を寄越そうが寄越すまいが、俺はお前の暮らしぶりを確認し、伯母上にご報告するよう仰せつかっている」

「団長、この一年で十日くらいしか休み取ってないんですよ。せっかく取れた長期休暇なんで労ってあげてほしいです」

横からリックスも口を出してきた。


思わず口籠ると、畳み掛けるようにアッシュが言う。

「今回ばかりは伯母上は本気だ。今ここで俺たちを追い返すと、お前の母親(伯母上)は殿下に突撃するぞ。そして間違いなくここへ乗り込んでくる」


まさか殿下にそんな迷惑をかけるわけにはいかない。ユリアスは陥落するしかなかった。





茶の一杯でも出してくれるんだろうな?、と口角を上げるアッシュとその連れを、仕方なく玄関へ通した。

リコがいるから長居させたくない。なるべく早く追い払わないと。

腹の底で、追い払うための物騒な手段を幾つか考えていると、リックスの声が耳に入った。

「なんだか以前来たときと随分感じが違いますね」

結界で封じた魔法の火の玉が幾つもフワフワと漂っているので、太陽光が入らなくても全く問題はない。

キョロキョロするリックスにつられたように、「そういわれればそうだな。何が違うんだろう?」とアッシュも視線を動かした。


ユリアスは二人の横をすり抜けるように移動し、自然な動作でサンダルを脱ぐ。

その後を追うように五センチほどの段差に足をかけた二人は、ユリアスがそこでサンダルを脱いだ事に気づいていなかった。

「あ……」


そして──、


注意しようとするユリアスの声をかき消すように、その声は響いた。


「そこっ!、踏まないで────っ」





リコの声だった。


………隠れてて、って言ったのに。


ユリアスはそっと眉間の皺を揉みほぐす。




アッシュとリックスは突然頭上から降ってきた声に、弾かれたように階段の上を見上げた。


そこには、豊かな黒髪を束ねた漆黒の瞳の娘が、手すりに体を隠すようにこちらの様子を窺っていた。

次の瞬間、スミマセェェェン、と言葉を残しパタパタと走り去っていく。


なにあれ、と呆然としたようにリックスが呟いた。


視線を逸らすユリアスに、アッシュは笑顔を向ける。


「ユーリ、せ・つ・め・い」











(うわぁぁぁ!やっちゃったどうしよう……。

さっきチラッと見えたユーリさんの表情。あんな顔してるの初めて見たよ、凶悪な顔してても美形とかズルい、じゃなくてさ……)

リコは自分の部屋で頭から布団を被って丸まっていた。

(どうしようどうしようどうしよう──。

言い付け聞かなかったから怒らせてしまった)


これまでユリアスはリコにあんな顔を見せたことはない。相当怒らせてしまった、とリコはもう涙目だ。




カーサ村の人たちが訪ねて来たときは、ユリアスは外で話をする。といってもユリアスが口を開くことは殆ど無く、村人だけが熱心に喋って、ある程度の時間が過ぎたら早々にお帰りいただく感じだ。

村人たちは未練たっぷりの様子ながらも、空気を読んで渋々帰っていく。どうやらユリアスは村では畏怖される存在らしい。

ユリアスから聞いた話だ。こんな辺境ではそこそこ以上の力を持つ魔法使いは珍しいのだそうだ。


だけど今日のお客さんはどうも違うようだった。少しだけ漏れ聞こえてきた外の会話は賑やかで、楽しそうに聞こえた。

そればかりか、どうやら家に招いたらしい。

玄関内に入ってきた物音にリコは吃驚した。それでつい興味が湧いた。

階段の所から、ちょっとだけ、覗き見するだけ、のつもりだったのだ。

でもたまたま覗いたその時、お客さん達は靴を脱がずに家に上がろうとしていた。

土足はダメだ。

日本人としてそこは譲れない。でも譲っておけばよかった。


ついうっかり大声を張り上げてしまった。


後で絶対ユーリさんに怒られる。お客さんが帰ったら速攻で、怒られる前に謝ろう。


そう決意して布団から起き上がった。

お客さんが帰るタイミングをはからなくては。


その時、リコの部屋のドアがノックされた。

「は? はいぃぃぃ!?」

(早すぎるでしょお!?)


変な返事になってしまった。




「リコ? 開けるよ」

ドアを開けてユリアスが入ってくる。

ベッドの上で固まるリコを見て、眉をひそめた。


「リコ、泣いてたの?」

(いえ、泣いてません。ちょっと涙目になっただけです)


「ごめんね、僕のせい? 怖がらせるつもりじゃなかったのに」

(ああっ!そんな憂いを湛えた目で見ないで。悪かったのは私なのよぅ)


アワアワしているリコを見てユリアスは首を傾げた。


「リコは何も悪くないよ? リコを誰にも見せたくないっていうのは僕の我が儘なんだから、むしろリコは怒っていいんだ」

(いえいえ、こんな珍妙な異世界人、誰にも見せたくなくて当たり前ですとも。

むしろ、見世物的に公開される事を思えば、隠してもらえて感謝するべき?)


ぐるぐる考え込むリコを見てユリアスは、リコの頬に両手を添えた。

「また妙な事、考えてるね?」


(私そんなに考えてる事、駄々漏れですか?)

ガックリと肩を落とすしかないリコだった。







「さっきの連中がね」とユリアスは話し始めた。

「リコを紹介して欲しいって言ってるんだ。リコが嫌でなければ」


(私が嫌じゃなくてもユーリさんが嫌なんじゃないかな? なにしろ珍妙な異世界人だし)


そう思ったリコが「でも……」と口篭りながらユリアスの様子を窺うと、ユリアスはにこりと笑った。

「僕はもちろんリコを独り占めしたいんだけど、あいつらしつこいから、きっとリコを紹介するまでなかなか帰ろうとはしないと思うんだ」




──リコの存在がバレたからには、これ以上隠せば母上に報告される。それくらいなら味方に引き入れたほうがいい、というのはユリアスの計算だ。




「ユーリさんに迷惑じゃなければ、会ってみたい」

リコはそう答えた。


この世界でユリアス以外の人と話すのは初めてだ。

少し緊張した風のリコの手を引いて、ユリアスは階下へ降りていった。





居間のソファーでは二人が既に寛いでいた。さりげなくチェックすると、ブーツの代わりにスリッパを履いている。

よしよし、とリコは心の中で頷き、どうにか挨拶の言葉を告げた。

「は、初めまして。リコです。先程は失礼しました」

ガチガチの挨拶に、二人はにこやかに笑ってみせる。

「初めまして、お嬢さん。俺はアッシュだ」

「初めましてー、リックスさんって呼んでねー」


ここには二人掛けのソファーが一脚しかない。

すかさずリックスが立ち上がってリコに場所を譲り、アッシュを押し退けたユリアスがリコの隣に陣取った。


思わず勧められるままに座ってしまったけれど、やっぱりお客さんにソファーを譲った方がいいのでは、と狼狽えている間にユリアスがそんな行動をとったものだから、リコはもはや立ち上がることも出来ない。

でも二人のお客さんは気にした様子もなく、ローテーブルを挟んでラグの上に直接座り込んでいる。スリッパは邪魔になったのか、さっさと脱いで揃えられていた。

もういいや、とリコは諦めることにした。





アッシュと名乗った人はユリアスによく似ていた。座っているのではっきりわからないが、ユリアスよりガッシリしていて、背も少し高いかもしれない。

リコの見たところ、ユリアスの身長は百八十センチ位はありそうだ。それよりも高いとしたら、異世界の平均身長は日本より相当高いのだろうか。

もう一人、リックスと名乗った人は金髪に青い目で、長い髪を後ろで一つに結わえていた。少したれ目がちで、甘い印象がある。この人も、アッシュ程ではないけれど服の上からでもわかるほど鍛えた体躯をしていた。

聞けば、二人は騎士団に所属しているという。


(騎士団! 騎士団ですか!!)


リコが騎士団に反応しているのに気づいたアッシュが、「騎士団は珍しい?」とリコに訊いた。

リコはブンブンと首を振る。日本には当然、騎士なんてものはいないのだ。





辺境にはそれぞれの領主が擁する警備隊があり、警備兵はいる。

が、騎士は基本王都にしかいない。

地方には年に数回、演習及び監査のために数日訪れる程度である。

しかし、珍しいというほどでもない。

リコの反応はアッシュには少しばかり大袈裟に思えた。


「でもユリアス様も騎士の資格持ってるんだよー。騎士団に所属してないだけでねー」

騎士養成学校を卒業してるからね、とリックスが話を振ってくる。


リコがキラキラした目で隣に座るユリアスを見上げたので、ユリアスはなんだか背中がムズムズした。

のリコにはこれまで話すきっかけもなかったし、話題にものぼらなかったけどこんなに喜ぶなんて……。


「お嬢さん、騎士を見た事がなかった?」

「ええ、私のいた所にはそういった職業はなかったですから」

アッシュの柔らかい口調の問いに正直に答えたリコは、次に硬直することになった。


「お嬢さんはこの国の出身ではないと? もしやこの変わったやり方の床も、お嬢さんの国の流儀なのかな?」

アッシュがトントンと、右手中指の関節で床を鳴らす。



どうしよう。どこまで答えていいか、わからない。

リコは戸惑ってユリアスを見上げた。






「アッシュ、リコをいじめるのはやめてくれる?」


ユリアスがアッシュを睨むのを見て、リックスは目を丸くした。

ユリアスは基本アッシュには言いたい放題だし自身は邪険に扱ったりもしているけれど、優先順位はきっぱりしていて、誰かを庇ってアッシュと対立したことは一度もない。少なくともリックスの知っている限りでは。


リックスは改めてリコを見た。

お人形のような顔立ちはこの国風だが、華やかさはないものの艶やかな黒髪と漆黒の瞳、少し黄色味のかった肌は異国風と言えなくもない。

しかし、この国では貴族こそ金髪が主流だが、庶民のあたりになると割と何でも有りだ。数世代前から移民との混血が進んだ為らしい。

言われなければ、異国民とはわからなかっただろう。



「リコは確かに異国民だけど、この国に来てからの記憶がないんだよ」





思いもかけなかったユリアスの言葉に、アッシュとリックスは顔を見合わせた。

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