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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
四章 過去編 たまゆらの記憶
18/92

2 初めて木に登りました。

次の日、ジェニーさんは私の手を握りブンブン振って帰っていった。

といっても昨日ジェニーさんが言った通り、魔法陣で帰ったので一瞬だった。

目が見えてないのでイマイチ臨場感がないんだけど、空気がブワッと渦巻く感じがして次の瞬間もう気配がなかった。

私は別に、武道の達人とかみたいな気配をよめる人ではない。けど、今は視力がないせいか感覚が鋭敏になってるみたいだ。



そして今私は困っている。

ユリアスさんの雰囲気が恐い。

私なんかやらかしたかな?

ってやらかしまくってる気しかしないけど。



昨日私たちは三人で話し合って、私は当分の間ここ、ユリアスさんちでお世話になる事になった。



というか、私に拒否権はない。追い出されないだけ有難いんだから。


ジェニーさんが帰っていった魔法陣は玄関の外にあって、この魔法陣一つで行き先を何ヵ所も設定してある優れものらしい。ジェニーさんが物凄く食いついて色々質問してたけど、当然私にはちんぷんかんぷんだった。



さあ、どうしよう。さっきから視線が離れないんですけど。

「あの…?」

視線の方に顔を向けて声をかけてみた。途端フイッと逸らされる。

うーむ、どうしろとゆーんだ。

私は投げた。一応歩みよりの姿勢は見せたぞ、と自分に言い訳し、「先に帰ってますね」と言い残して宛てがわれた部屋に向かった。


一言で言ったがこれが結構大変。何しろまだ間取すら把握できていない。壁に手をつき、足元はすりあしで障害物がないか確認しながら少しずつ移動。

端からみるとみっともない格好だろうな、と思うとテンションが下がる。

ため息をついてまた一歩踏み出すと、誰かが肩をつついた。誰かって一人しかいないけど。

顔をそっちに向けるとユリアスさんが、もうすぐお昼だからこっちで食べよう、と食堂らしきところに誘導してくれた。

あれ?さっき機嫌悪くなかった?気のせいだったのかな?




さて、目隠ししての食事が如何に大変か、について私の認識は甘かった。

実は昨日と今朝の食事はジェニーさんが食べさせてくれてたのだ。

餌付けのように食べさせてもらうのが恥ずかしくて、自分で食べるって言ったんだけど、いいからいいからって押しきられて一口ずつスプーンで口に運んでもらっておりましたともさ。

が、しかし。今日からは自分で食べる。


メニューは今までと違って、野菜スープらしい。細かめの具が入っているそうな。

これから様子を見ながら少しずつ普通の食事に戻していく、とユリアスさんはのたまった。


お世話をかけて済みませぬ。


ところが、だ。

私の向かいに座ったユリアスさんから、ヒシヒシと視線を感じる。

やっぱりずっと見られてるんだな。何が面白いのかな。何かあるんなら、はっきり言ってほしいんだけど。

私は元来大人しい性格ではないのだ。

売られた喧嘩はきっちり買う。


……あれ?でも喧嘩なんて兄弟喧嘩くらいしかしたことないけどね。


私が自分の心の中の不合理について、スプーンを握りしめたまま悶々と考えていると、困っていると思ったのかユリアスさんが口を開いた。

「ね、一人で食べられる?」


無理っていったら食べさせていただける、という事でしょうか?

とんでもない!そんな羞恥プレイごめん被る!!

私は慌てて、大丈夫食べられます、と答え野菜スープと格闘し始めたのだった。


その様子をユリアスさんはしばらく見てたっぽいが、そのうち自分の食事を始めた気配がして私はほっとした。


つか、私の気配をよむスキル、レベル上がってない?今なら何かの達人になれそうな気がするよ。



野菜スープを食べるのはね、すごーく時間がかかりました。

時間をかけて丁寧に食べるか、ドロドロのべちょべちょにして普通のスピードで食べるかの二択しかないからね。

でも最後の方はだいぶコツが掴めてきた。ちょっと行儀悪いかもだけどスープ皿を左手で、エイヤッと持ち上げて口元ギリギリのとこでスプーンを使うと、割りと目標が定まって食べやすい事に気づいたのだ。


よし、次からはこれでいく!と思ってたら、夕食のスープは持ち上げやすいお椀に入っていた。


ユ、ユリアスさん、何気にええ人や。




お昼ご飯のあと、時間だけはたくさんあったので、とにかく家の中だけでも把握しようとウロウロ歩きまわってみた。

危ない所や、入ったらいけない所は予めドアを閉めてもらった。開いてる所は好きに出入りしてもいい、とユリアスさんが決めてくれたので私は遠慮なく手探りで、探険を楽しむ事にしたのだった。

この際見えてないのは、真っ暗闇の地下の洞窟を探検しているのだと、無理矢理思い込む事にした。


洞窟探検って楽しい。ついうっかり、はまってしまった。

一階、二階は言うに及ばず、小さな屋根裏収納庫から家の横の物置までびっちりと探検し尽くした。

結果、お風呂がない事に気づいた。

昨日、ジェニーさんにトイレの使い方を聞いたとき、日本のトイレとは全然違ったけど意外と違和感がなかったので、お風呂もそんなもんかとうっかり思い込んで油断して、聞き忘れてしまったのだ。

これは後でユリアスさんの機嫌がいいとき……があったら聞く案件だな。



でも……、ユリアスさんて機嫌のいいときってあるのかな?

ジェニーさんといるときはもっと柔らかい、というか砕けた雰囲気だったのだけど今は、張りつめた?緊張してる?そんな感じ。

私、警戒されてるのかな?確かに怪しさ満点だしね。

そう思うと、じっと見られてるのも監視されてるって事で納得できてしまう。


ああ、ちょっと滅入ってきたぞ。

こんな時は、木に登りたい。なんでだろ?

高いとこで風に吹かれたらスッとするかも、怖いけど。

なんだか木登りしたい気持ちが抑えられない。

どうして?なんで?


玄関脇に置いてあった、ドアのつっかえ棒が手に触れた。


ちょっとだけ、ちょっとだけ、と思いながら棒を杖がわりに家の壁から手を離した。


この家は森の中の一軒屋だと聞いた。

家の周りはグルリと森に囲まれている。どっちの方向に向かっても木がある筈だ。

無理だよ。目印も何もないのに、家から離れたら戻れなくなるよ。

一本だけ。一本だけ確認したら、とても登れないまっすぐな木なら、すぐに諦めるから。

真後ろを向いてまっすぐ戻ればいいんだよ。

そんなわけないよ戻れなくなるよ無理無理無理。

私はどうなってるんだ?何を考えてるの?

どうしよう怖い。

自分の心が定まらない。嫌だ行きたくない登りたい怖い。

私は棒の先に触れた木の根を辿って、一本の木を見つけた。

ほらもうどっちが前かもわからなくなったじゃない。

もう戻れないよ、どうしよう、と半べそをかきながら手は木の幹をペタペタ触り確かめている。

ああっ、棒も手放しちゃってるじゃない、何やってんの私。

手が届くところが二股に分かれてる。ゴツゴツしてるし、これなら邸の木より登りやすそう。邸って何?

あああもう足かけちゃってるし、私木登りなんてしたことないのにぃぃ。





私はコアラ。きっとコアラ。多分コアラ。


いや、いくらコアラになりきっても怖いもんは怖いよ。

私は木の上の二股になった部分に腰かけて、幹にしがみついて震えていた。

自分がどれくらいの高さにいるのかもわからないのだ。

怖くてどうしても降りる勇気がでない。

時間の感覚もなくて、どれくらいここにいるのかもわからない。

でも、ユリアスさんを呼ぶ勇気もでない。すっごく怒られるか、すっごくバカにされるかの未来しか見えない。


あれほどの木登りしたい衝動は、登った瞬間きれいさっぱり無くなってしまった。

こら!責任取って降りてから無くなれ!!


もう諦めてユリアスさん、呼ぼうかな…と私がたそがれ始めた頃、意外と近い処でドアがバタンと開く音がした。

人の気配がして、ひたり、と視線を感じる。


ああ、やっぱり私、レベルアップしてるわ。


「これは、どういう状況か訊いても?」


声が、声がツンドラのようです……。


「そ、それがですね。私にも何がなんだかさっぱり……」

ユリアスさんの声は私の腰の辺りから聞こえる。てことはやっぱり結構高い所まで登っちゃってるよ。


「とりあえず降りようか。それともまだ居たい?」

そんな意地悪いらないです。早くなんとかしてぇぇぇ。






どうしたものか、とユリアスは考えた。

この見た目フェリシアにしか見えない娘は、やることなすこと訳がわからない。

言うことに至っては、もっとわからない。

異世界がどうとか言い出した時は本気で頭を疑ったけど、師匠は脳に異常はないって言う。

病気や怪我に関しては、師匠以上に信頼のおける人はいない。師匠が大丈夫といえば大丈夫だ。

言ってることは不可解なりに筋が通ってるように思う。

異世界どうこうは置いといてもう少し様子をみよう、と師匠と決めた。


この家で預かると決めたのは僕だ。

師匠は壊滅的に家事が苦手だし、ああ見えて物凄く忙しい人だ、ってのは僕が一番よく知っている。

若い女性を男の独り暮らしの家に住まわせるのもどうかとは思うけど、こんな、異世界がどうとか言い出す娘を街中の師匠の家に置けるわけもない。

何より巻き込んでしまっただけの師匠に、これ以上迷惑はかけられない。


自分でリコと名乗ったこの娘はここしばらく、数年?の記憶がないと言った。娘が覚えている最後の記憶では、髪が肩につかない位の長さらしい。それがあんなに伸びていては、確かに驚くだろう。だけどフェリシアだと思えば、貴族の娘の髪の長さはあんなものだ。

師匠は娘とすっかり仲良くなったみたいで名残惜しげに帰っていったけど、僕はどうしても疑いの目で見るのを止められない。

娘も察しているのか、僕に対する態度が硬い。

ただフェリシアとはもうお互い何年も避けあっているので、フェリシアだとしても別に違和感がない態度ではある。


フェリシアなのは間違いないと思う。問題は何かの理由があって嘘をついているのか、本人の言う通り異世界から来たと本気で思い込んでいるのか、という事だ。

前者なら何の目的で?後者ならどういう事情があったのか。

男爵家に連絡するのはもう少し先にするとしても、心配するだろうから無事であることだけは知らせておくべきか。


けどこの状態で無事といえるのか?


厄介なものを抱え込んでしまった、とついまた娘を睨んでしまった。


気を取り直して昼食に誘えば、食事を前に急に不可解に固まっている。


そういえば、昨日も今朝も師匠が食べさせていたな。あれを僕にやれっていうの?



どうにか自分で食べはじめてくれたのでホッとした。

けど、かなり食べにくそうだ。皿から口までの距離が遠すぎて、その間にスプーンが目的地を見失うらしい。目の表情は見えないけど、明らかに百面相をしているのが面白くて、ついこっそり眺めてしまった。

いつもは僕の視線に敏感に反応しているのに、今は食事に必死で多分見られているのに気づいていない。

そのうちまだるっこしくなってきたのか、とうとう皿ごと持ち上げて食べだした。

これが貴族だとしたら目眩がする光景だけど、娘はご満悦のようだ。

夕食の時は皿ではなくお椀に盛り付けることにしよう。


昼食の後は家の中の様子を覚えたいと言い出した。確かに意識が戻ったなら家の中くらいは自由にしたいだろう。

僕も、どこへ行くにもついて歩くのはごめん被る。

幾つかルールを決めて後は好きにしてもいいと言ったら、嬉しそうに家中を歩き回り始めた。亀の歩みだけど。

本人がいいならまあいいか、と放置していたらそのうち家の中から気配が無くなった。

外の物置を見に行っているのかと思ったけど、いつまでたっても帰って来ない。

何かあったのかと少し焦りを感じて家から出てみたら、目の前の木に登って降りられなくなったらしく、幹にへばりついていた。


いったい何がしたいの?


僕が遠い目になっても誰も責められないと思う。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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