【閑話】ユーリちゃんのこと
この話をどのタイミングで突っ込もうかと考えていたのですが、訳わからなくなってきたので、もういいや、と本日投下(笑)
あたしには、所謂弟子って奴がいる。
もう出ていったので正確には元弟子なんだけど、向こうもまだあたしを『師匠』って呼ぶからもうどうでもいいのかもしれない。
初めてうちにやって来たのは8年位前だったか。えらく毛色の変わった坊主だった。
あたしんところに弟子入りしたいなんて言ってくる時点で変わり者決定だけどさ。
そもそもあたしは弟子なんて取ってない。自分の研究が一番で、それ以外の事はしたくないしする気もない。
ただ、持ってきた紹介状が面倒くさかった。
ひとつ目はローズウェイ公爵様ご本人からの。
ローズウェイ公爵様っていうのは色々端折っていうと、あたしが所属する研究所の親機関の更に上司って感じか?
とにかく偉い偉い人だ。うちの研究所の予算はこの人に握られている。
もうひとつは、なんと近所の食堂の親父さんからの紹介状だった。
こう見えてあたしは料理はからっきしだ。つか、この研究所の奴はみんなそうだ。
みんな研究バカだからね。料理する暇があれば研究したい奴ばかり。
食堂の親父さんは、そんなあたしたちの救世主だった。何しろ職場まで昼ご飯を届けてくれるのだ。
以前のあたしたちは、1日二食が当たり前だった。職場への行き帰りに親父さんのところで朝ご飯、晩ご飯を食べていた。
職場に簡単なキッチンはあるけど、お湯を沸かす以外に使う奴はいない。仕事依頼は次から次へとやって来るし、自分の研究だって進めたいのだ。昼ご飯を作る暇も、食べに出る時間もある筈がない。
それを知った親父さんは、食堂が少し暇になる2時頃になるとお昼ご飯を届けてくれるようになったのだった。
そんな親父さんも寄る年波には勝てず、朝ご飯と昼の配達をやめて、食堂での昼と晩だけにしたい、なんて話もちらほらでるようになった。
その日がくるのをガクブルしながら過ごしていたあたしの前に現れたのが、ユーリちゃんなのだ。
王立騎士養成学校を卒業して、魔法使いの塔に所属すること1年足らず。
あれ?魔法使いって普通、騎士養成学校にはいかないよね?
この辺で既にユーリちゃんの経歴が異色だってわかる。
聞けば、魔法を使えるとわかれば問答無用で『塔』に所属させられるので、今まで『器』が小さい振りをして隠していた、という。
そんな話聞いたことないヨ?
そもそも隠せるの?
唖然とするあたしに、ユーリちゃんは神妙な顔で頷いた。
実際隠せたから、騎士養成学校に入学できたんだろう。その辺はまあいいや。え?大雑派過ぎる?
気にするな、それがあたしだ!
ともかく食堂の親父さんは、ユーリちゃんの料理の腕に太鼓判を押していた。直々に味を確かめて、気に入った親父さんはなんと秘伝のレシピの幾つかまで伝授したらしい。
あんた、どうやってそこまであの親父さんに取り入ったの?
あたしの問いに、ユーリちゃんは胡散臭い笑みで誤魔化した。
この後の長くなる付き合いの中で、あたしは何回もこの笑みで誤魔化されることになる。
もういいや。何かあったら、紹介してきた公爵様に丸投げしてやる。
そうして財布と胃袋を掴まれたあたしは、望まない弟子を受け入れる事になったのだった。
あたしの研究の専門分野は回復系の魔法を器具に定着させることだ。
あたし自身の器は水属性に特化していて、治癒とか回復魔法が得意分野だ。
それしかできない、ともいう。
で、その魔力を魔法陣に刻んで器具に定着させることで、魔力のない人や水属性でない人にも治癒・回復魔法を使えるようにできないかと始めた研究だ。
魔力を魔法陣に刻むってのが、そもそも画期的なアイディアだとあたしは自画自賛している。これまでは転移用とか結界用なんかの、昔から使われてた決まりきった用途の魔法陣しかなかったからね。
あたしがアレンジした魔法陣で色んな可能性が広がると思うのだ。先は長いけどさ。
そのアレンジを考える過程で魔力に頼らない治療についても勉強して資格も取った。すると魔法による治癒や回復をするときも、理論的に展開させられるようになり、精度があがり効果もあがった。
問題はそれを魔法陣に刻むにあたって、一人ずつの症状が違うことだ。一人の症状にあわせていわゆるオーダーメイドの器具を作る研究は順調に進んでいる。
でもあたしはそれを、いつでも誰でも使えるように作りたい。オーダーメイドじゃ金持ち専用にしかならないじゃん。医者にかかるのも結構お高いし、薬はもぐり以外は医者の処方箋がいる。
もぐりの薬は、効くかどうか怪しいってのが定番だ。
あたしの目標は、貧乏な人でも手軽に受けられる医療行為ってやつなのだ。
さて、ユーリちゃんの話に戻そう。
一言でいえばユーリちゃんは、物凄いお買得品だった。買った訳ではないが。
手先が器用で、要領がいいのか大抵の作業は難なくこなす。
魔法陣を魔力で刻む作業なんか、あたしより丁寧で上手だったのでとても有難かった。
師匠の魔法陣なんでこんなに雑いの?、とユーリちゃんに言われるのが辛い日々デシタ。
負けず嫌いな面もあって、上手く出来なかった事は出来るようになるまで繰り返し練習する根性もあった。
でもこれはただ単に、性格が粘着質なだけではないかとあたしは疑っている。
何しろ凄い凝り症で、一度家に呼んだら玄関を開けた瞬間あのキレイな顔に驚愕の表情を浮かべ、なにこれあり得ない、と呟きあたしの了解をとるや否や家中の大掃除を始めたのだ。
あんた、掃除のためにうちに来たんじゃないよね!?
あたしの名誉のために言っておく。あたしの部屋はそこまで汚部屋ではない。ただユーリちゃんのお眼鏡に叶わなかっただけだ、と思う。思いたい。
適当にチャチャッと済ませればいいのに、何だかねっとりじっくりと掃除は深夜までかかった。
だからあんた魔法書を借りに来ただけでしょーが。
隅々までピカピカにして満足したユーリちゃんはいい笑顔でそのまま寝てしまい、子供かよっ、と思いながらついそのまま一晩泊めてしまったその日から、何故かユーリちゃんはうちに居着いてしまった。
決して、掃除して貰えてラッキーとか思った訳じゃないよ、うん。
掃除以外にも洗濯からちょっとした物の修理まで、今時の子はスゴいなぁ、と思ったら騎士養成学校の寄宿舎で鍛えられたらしい。
寄宿舎怖い。
ユーリちゃんがわざわざ、弟子を取ってないあたしの所に小細工を弄してまでもぐり込んできたのは、あたしの専門が治癒・回復魔法だったからだ。
聞いて驚いたのだが、ユーリちゃんはなんと五大属性の全てに適正があるらしい。
普通はあたしのように一種類か精々二種類だよね?あたしの認識が間違ってる訳じゃないよね?
……もうユーリちゃんに関しては何聞いても驚かないよ、あたしは。
ただ全てが均等なレベルではなく得意不得意があって、火属性と風属性が最高レベルなのに対し、水属性は制御不能の問題外レベルだった。
あたしと逆で治癒・回復が苦手って事だ。
つまりユーリちゃんは、あたしに水の魔力を制御する方法を教えて貰おうと思って、わざわざ弟子入りして来たらしい。
でもそれは残念ながらうまくいかなかった。世の中そう都合のいい話はないのだ。
とはいえ、ユーリちゃんにとって何もプラスがなかった訳ではない。
魔法陣を刻む技術はまだ世の中に出回り始めたばかりだ。今一番詳しいのはあたしとユーリちゃんで、技術で言えば間違いなくユーリちゃんがトップを独走中である。
魔法の属性を組み合わせるやり方も二人で考えた。
今までそんなやり方を試した人はいなかった筈だ。
何しろ、あたしとユーリちゃんで色々試したところ、組み合わせる複数の属性がある程度近いレベルでないと上手くいかないということがわかったのだ。
世間の二属性持ちは普通、メインとなる得意属性プラス低レベルの属性という形だから、組み合わせる事はできない。
ユーリちゃんを例にあげると、高レベルの火と問題外レベルの水はレベルが違いすぎて組み合わせられないけれど、高レベルの風とやや落ちる空間魔法は組み合わせることが出来る。実験結果は『だからどうした』みたいなもので終わってしまったが。
そして更に、同レベルの火と風だと相乗効果が生まれることも分かった。これを攻撃魔法として使うなら、戦場に炎をのせた暴風を巻き起こす事も可能だろう。
今が平和でよかった。
そういえばユーリちゃんには、騙されていたことが一つあった。
あたしが、というより食堂の親父さんが、かもしれない。
ユーリちゃんの得意料理はなんと三種類しかなかったのだ。
このペテン師は、寄宿舎の食堂のおばちゃんに教わった、たった三種類の料理を引っ提げて親父さんに挑み、認めさせたらしい。
この三つで納得してもらえなかったらアウトだった、とは本人の談である。
ユーリちゃん曰く、はったりでどうにかなった、って事だけど、食堂の親父さんは結構タヌキだよ?わかってて騙されてくれたんじゃないかな?熱意にほだされた、とかさ。
結局うちに来てから、ユーリちゃんの料理技術は飛躍的にアップした。あたしが何もしないからだ。
ユーリちゃんいつでもオヨメにいけるね、っていったら無言ですっごくいい笑顔で、その日の晩ごはんあたしの分全部に辛子を練りこまれた。
貧しい家出身のあたしは食べ物を粗末にするのが苦手だ。
泣きながら完食したあたしにユーリちゃんは本気で謝ってくれて、あたしもつまんないこと言ったから謝って、それ以来ユーリちゃんは食べ物にイタズラしたことはない。
ユーリちゃんがうちにいたのは、きっちり2年間。
実はユーリちゃん、名前だけ魔法使いの塔に所属したままで、あたしのところには研修という名目で弟子入りしてたらしい。
なんでそんな融通利かせてもらえてたのか未だに謎だ。
あたしが『塔』にいた頃には、そんな話聞いたことないよ?
ユーリちゃんがいなくなって暫くは、なんかずっと忘れ物してるみたいで落ち着かない日々を過ごしていた。それも段々薄れていつの間にか昔の生活に戻ってたけど。
でも噂はしょっちゅう聞いてたからあんまり離れたって気もしなかったしね。
『塔』に戻って1年も立たないうちに、ユーリちゃんは筆頭の称号を手に入れた。歴代最年少それも断トツだという話で世間を驚かせたらしいけど、あたしや研究所の皆にしてみたら『然も有りなん』てとこだ。
あ、ユーリちゃんは研究所の皆にも可愛がられてたよ。
てゆうか、皆の方がユーリちゃんに餌付けされてたのかもしれない。
久しぶりにユーリちゃんと顔を合わせたのは、それから更に2ヶ月後くらい。筆頭獲得祝賀パーティーというセンスのない集まりだったけど、主催が王家だったので文句を言うやつは一人もいなかった。
あたし自身は何も変わっていないつもりだった。
でもユーリちゃんはどうだろうか。あれからもう1年近くが過ぎる。あの年頃の子には、1年ってのは物凄く長いんじゃないか?
そんな理由で、あたしは少し緊張していた、かもしれない。
パーティーなんてものに慣れてないってのもあった。
いつの間にやら誰かに持たされたワイングラスを手に、あたしは人混みの中立ちすくんでいた。
場違い感半端ない。
もう帰ろうかな、と思ったとき横から誰かの手が伸びてきて、あたしの持ってたワイングラスをそっと取り上げ、給仕に渡した。
え!?、と思うまもなく、その誰かがあたしを抱き寄せる。
フワリと薫るユーリちゃんのいつもの香水と、紳士淑女の皆様のドヨメキ。
勿論、鉄拳制裁を加えましたとも。
だから、誤解されるようなことすんなっつってんだろーが!!
師匠酷い、と笑うユーリちゃんはまた背が伸びてたけどいつものユーリちゃんで、あたしは内心とてもホッとしたのだった。
それからまた数年が過ぎて。
あたしは相変わらずの日々を過ごしていて。
びしょ濡れのユーリちゃんが、同じくびしょ濡れの女の子を抱えていきなりあたしの研究室に現れた。
「師匠、助けて!」
数年ぶりに使われた魔法陣だった。
雨の日とか、外に出るのが面倒で家から直接移動できるように作ったものぐさの極みの魔法陣だよ。買い物して大荷物になったときも便利で助かった。
そして魔法陣はこの時も、ユーリちゃんを助けてくれたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
*ユーリちゃんの“いい笑顔„はとても危険(o^-^o)
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