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異世界生活 はじめました

本編1・2話を改稿致しました。

新しい1~4話が改稿部分になります。


王都からのお客さんがやって来たのは、とてもお天気のいい真冬のある日だった。

日本でなら小春日和とでもいうのかもしれない。







ポカポカの陽射しに誘われるように次から次へと洗濯物を干していたリコは、最後の大物のうちの一つを手に取った。

シーツである。

この前は干すときについうっかり引きずって土をつけてしまい、すすぎ直す羽目になったのだ。今回は慎重にやらないと。


畳んでパンパン叩いてシワをのばしたシーツを丁寧にひろげ、竿に引っ掛けていると、後ろから大きな手が伸びてきてシーツの端を掴んだ。

「シーツを干すのなら、呼んでくれたらいいのに」

リコの肩越しに、ユリアスは両手で手際よくシーツをひろげていく。


「わぁ、ありがとう!ユーリさん忙しいかと思ってつい遠慮しちゃったの。はい、これもお願いします」

場所を空けたリコはすかさずもう一枚のシーツを差し出した。


太陽の光を浴びた彼のプラチナブロンドは、まるで金粉を散らしたかのように煌めいている。

洗濯物を干すという所帯染みた作業をしているにもかかわらず、その秀麗な美貌には色褪せた様子もなかった。

そしてリコを見るときは、その月の光のような冴えざえとした表情が柔らかくなる。

「昼食の準備ができたから、呼びにきたんだ」

右が深い蒼、左が透き通った翠の瞳を細めて、ユリアスは人懐っこい笑みを浮かべた。


相変わらず眩しいわー、と思いながらもリコは、こんなユリアスにすっかり慣れてしまっている。

人間の適応能力って素晴らしい。

でなければきっと今頃心臓が止まってるよ、とこっそりため息をついたのだった。









リコが、この森に囲まれた一軒屋でユリアスと暮らし始めてから四ヶ月近くになる。本当はその前の二ヶ月も一緒に住んでいたので正確には半年近いのだけれど、リコにはその二ヶ月間の記憶がなかった。



リコ──中村梨子はもちろん日本人だ。

そこは間違いない。

成人式も迎えているし、二十歳の誕生日の記憶もある。

けれどはっきりした日付まで覚えているのはそこまで。その後は日にちもあやふやな、とりとめもない日常を覚えているだけで、それも大した量ではない。

そしてハッと気づいたとき、リコは何故か泥水の中で溺れていた。

水泳は得意とも言えないが、人並み程度には泳げる。それがその時は、手足が全く思い通りに動かなかった。視界が茶色い泥水で覆われ、呼吸が続かず口からも鼻からも泥が入ってきた。

もうダメだ、と訳がわからないまま諦めかけたその時、誰かの力強い腕がリコの腰を支え、水上まで引きずりあげてくれたのだ。


それがユリアスだった。

泥で痛む目でチラリと見えた面影は、霞んでいたけれど見間違えようもなかった。

リコはそのまま気を失い、ベッドの上で目覚めた時に髪が有り得ない程伸びていることに気づく。



更にはユリアスに、助けられてから既二ヶ月も経っている事を告げられたのである。





リコの髪はずっと肩につかない程度のショートだった。それがいつの間にか背中の中程まで伸びている。

ユリアスの話では、二ヶ月前に溺れたあと目を覚ましたリコも『髪が伸びている!』と驚いていたらしい。

リコには何がどうなっているのか全く解らない。

記憶にないだけで日本で髪を伸ばしてからトリップしてきたのか、トリップしてきてから髪が伸びる程の時間をこちらで過ごしたのか。


リコ自身は、自分はショートが似合うと思っている。だから余程でない限り、少なくとも日本にいた頃、髪を伸ばしていたとは思えない。

ならばトリップしてからと考えても、ここまで髪が伸びる程の期間どこで何をしていたのかが気になる。

それと、どうして湖で溺れていたのかも。


答えがでないまま、それから数ヶ月。ここがいわゆるリコにとっての異世界だと納得し、順応しようとして漸く今に至る。

だって納得するしかない。目の前でバンバン魔法使われちゃってるんだから。

因みに髪はそのまま伸ばすことにした。切ろうとしたらユリアスに、『こちらの女性でショートの人は殆どいない』と真剣に止められたので。





ユリアスは、職業魔法使いと名乗った。

この森の家は、いわば仮の住まいというやつで、ここで()()()任務をこなしているそうなのだが、リコには全くわからない。普段は家事以外の仕事をしているようにも見えない。数日に一回、いつの間に届くのか分からない分厚い書類の束をテーブルに広げたユリアスが、眉間にシワを寄せ処理しているのを見かけるくらいだ。

でも、魔法使いの事もこの国の事もよくわからないリコには、それが普通なのか変なのかすらわからないのだった。


わからないなりに少しずつ、この国の事を勉強中なのである。




昼食が終わり、そのままテーブルでお茶を飲みながらまったりしていると、突然ユリアスが耳を澄ますような仕草をし、顔をしかめた。

「ごめん、リコ。誰か来たみたい。もう少ししたら二階に上がってくれる?」

どうやらユリアスの結界に誰かが触れたらしい。

「カーサ村の人?」

この森はカーサ村の外れにある、らしい。ここを訪ねてくるのは、リコの知ってる限りではカーサ村の人たちだけだ。

けれど彼らは、前もって約束した日にしかやって来ない。

そして通りすがりの人間は、この家にたどり着く事もできないのだそうだ。ユリアスが、道を知らない人間が入り込めないように、この家の辺り一帯に魔法をかけているのである。



ユリアスは何故かリコを、他の人に会わせたがらない。

こちらの人と比べて余りに異質なので見せたくないのだろう、とリコは解釈している。だからカーサ村の人たちが来るとき、リコはいつも二階に隠れているのだ。



でも今回ユリアスは否定した。

「違うよ、今日は約束の日じゃないし。けど心当たりはあるから心配しないで。多分あと三十分てとこだろうから、もう少ししたら──」

また隠れててね、とユリアスは微笑んだ。


けど、何故だろう。その笑顔にはいつもと違う何か凶悪なものを感じる。リコは『さわらぬ神に祟りなし』とばかりに即座に二階へ引っ込んだのだった。






ユリアスは、厄介だな、と眉間のシワを揉みほぐす。

約束も無しにここまで来るのは、あいつらしかいない。

リコを隠している以上、今回は家に泊められないのは当然として、居座られたくもないんだけど──。

あいつらしつこいんだよね、とため息をついた。










カーサ村から続く森の入口を抜けて暫く進むと、二股に分かれた細い木の隙間に見えない穴がある。見えないままそこに入るとガラリと風景が変わり、岩山にでる。そこでまた見えない洞窟に入るとさらに景色が変わり……というような事を数回繰り返し、ようやくユリアスの住む家に辿り着いた二人は唖然としていた。


家が様変わりしていたのだ。


「何だ?これ。空き家?あいつ引っ越したのか?」と、アッシュはリックスの頬をつねりながら言った。

「痛いって!団長が知らないのに俺が知るわけないでしょ!連絡きてないんですか?」

アッシュの手を払い除けたリックスが答える。

「何も聞いてない……」

こころなしショボンとしたアッシュに、「じゃあ引っ越しなんてしてないんでしょうよ」とやや冷たく返し、リックスは辺りを見回した。

家の横ではためく洗濯物を見つけ、

「ほら、そこに……」と言いかけて絶句する。


「だ、団長、大変ですっ!」

「どうした?」

挙動不振なリックスの方を向きかけたアッシュは、玄関のドアが微かな音を立てて開くのに気づいた。


顔を出したのはユリアス。

「人んちの前で何騒いでるの?」と二人を軽く睨んでみせる。

「わざわざこんなところまで来るなんて、王都で何かあったのかな? 僕のところには何の連絡も来てないけど」


不機嫌を隠さないユリアスに、アッシュは快活に笑いかけた。

「なんだ、ちゃんといるんじゃないか。久しぶりだってのにご挨拶だな、ユーリ。お前に連絡をとるには『塔』の極秘ルートか王家に頼むしかないって聞いた伯母上が驚いてたぞ。どっちも一般人にはハードルが高すぎるわ」

そう言いながら玄関へ進もうとするアッシュの前に、ユリアスは立ち塞がった。


家の中にはリコがいる。

二階にいるとはいえ、家に入れずに済むならその方がいい。

だが、その態度にはさすがのアッシュも少しムッとしたようだった。


「家に入れてもくれないのか? わざわざ伯母上(お前の母親)からの手紙を届けに来てやったってのにさ。俺はお前をそんなふうに育てた覚えはないぞ」

眉間にシワを寄せながらもふざけ半分のアッシュを、ユリアスは半眼で睨む。

「なんか突っ込みどころ有りすぎなんだけど、とりあえず育てて貰った覚えはないから。それにどうしても僕に連絡をとりたいのなら、ハードルがどうとかいってないで『塔』に頼めばいいんだよ。叔父上やアッシュを通して頼めば長官が断るはずないんだから。──で、用件は母上の手紙だけ?」


木で鼻をくくったようなユリアスの言葉に、フン、とアッシュが鼻を鳴らした。

「何カリカリしてんのか知らないけど、遠方から訪ねてきた客にそんな言い草はないだろう。相手が俺だからいいけど、まさか他の奴にそんな態度とってやしないだろうな?」

「そんなの、ちゃんと相手を見てるに決まってるだろ」

間髪をいれず返したユリアスに、アッシュは渋面を作る。

「それはそれでムカつくな。お前こんなとこで一人で住んでるから、そうやってますます根性が曲がってくるんだよ。いっそのことここらで叩き直した方が、お前の為かもしれんな」

何故か後半からは笑顔になっていた。



二人のやり取りを三歩離れたところで見ていたリックスは他人事だと油断していたのかもしれない。思わず「脳筋、出現」と軽口を叩いてしまった。

その途端、リックスの頭上で炎の塊がゴウと音をたて燃え上がる。


両手で頭を抱え、座り込んだリックスはユリアスに向かって「うわっごめんなさいっ」と叫んだ。

誰がやったかなんて、考える間でもなく解っている。炎はたちまち跡形もなく消えた。


その様子を目を丸くして見ていたアッシュは、頭上を警戒しながらソロソロと立ち上がったリックスと、少しバツの悪そうなユリアスを見比べ、くしゃりと笑った。

「憎たらしくなったと思ったけど、なんだ。やっぱりユーリはユーリだな」


ユリアスはため息をつき、目を逸らせた。

アッシュをバカにされたと思ったら、つい反射で魔法を飛ばしてしまったのだ。

「……人に言われるのは腹が立つだけだよ」


それは暗に、自分も『脳筋』と思っている、と白状しているのだが、リックスは賢明にも突っ込まなかった。

人間は学習する生き物なのである。





それにしても──。

並び立つ二人を見たリックスは、改めて思った。

昔からこの二人は兄弟といわれても納得するほどよく似ている。

二人とも月の光に金粉をまぶしたような、見事なプラチナブロンドで、アッシュは武人らしく短くしているが、ユリアスは後ろで緩くみつあみにした髪が肩甲骨の下まで届いていた。


この髪色はローズウェイ公爵家特有の色だ。

アッシュは公爵家の長男で、アッシュの父親である現公爵の姉がレイズ侯爵家に嫁いで産まれたのがユリアス。つまり二人は従兄弟なのだった。

尤も似ているのは二人の顔立ちだけで、纏う雰囲気は全く違う。ユリアスが研ぎ澄まされたナイフなら、アッシュは力業のハルベルトや大振りの剣の豪快さを連想させた。

二つ年下のユリアスを弟扱いし構い倒すアッシュと、それを嫌がって邪険にあしらうユリアスは学生時代の名物で、そんな二人を仲が悪いと勘違いした挙句アッシュの悪口をユリアスに囁いたりした馬鹿は、氷のような笑顔のユリアスから再起不能になるような辛辣な言葉を浴びせられたと聞く。


それが、当時のユリアスが魔法使いでなかったからこその報復だったとすると──。


(あれ?じゃあ魔法で報復を喰らったのって、もしかしてオレが初めてかも。それって喜ぶべき?それとも悲しむべきなのかな?)

リックスが呑気なことを考えている横で、アッシュとユリアスの攻防はまだ続いていた。



「でもまあ、ついでだから腕が鈍ってないかみてやろう」

アッシュは、ユリアスの傍らに立て掛けてある戸締まり用のつっかえ棒に目をやった。

「久し振りだし、それでいいからかかってこいよ。俺は素手で相手してやる」

脳筋上等、と嬉しそうに笑っているところをみると、どうやらアッシュに『脳筋』は褒め言葉だったらしい。


でもいったい何が『ついでだから』なのか、ユリアスにはさっぱり解らなかった。

とにかく今日は相手をする気はないし、早々にお引き取り頂きたいのだ。


「冗談じゃない。こんなのでアッシュや、そっちの護衛に殴りかかっても棒が折れるだけじゃないか。やるなら棍棒が必要だよ」

リックスもアッシュ程ではないものの騎士団に所属するだけあって、態度の軽さとは裏腹に鍛え上げた無駄のない筋肉を持っていた。


「護衛じゃなくてリックス・ガーランドですよ、ユリアス様。自己紹介そろそろ二桁になってるような気がするんで、いーかげん名前呼び希望しまーす!」

さっきの炎を喜ばしいことと判断したのかニコニコと話しかけるリックスを無視し、ユリアスは続けた。

「母上の手紙を届けてくれたことには一応感謝する。でも今は取り込んでるんだ。用事がそれだけなら今回は僕が王都まで送るから」


いつの間にか呼び出した魔法陣を指差して見せる。


「またスルーされたよ!? 棒よりか、俺の心が折れちゃうよ」

泣き崩れるフリをするリックスの肩をおざなりにポンポンと叩き、アッシュはユリアスに向き直った。

「そんなに早く帰らせたいのか? お前にしてはいつになく余裕が無さそうだが、取り込み中ってのはあの『窓』に関係があるのか?」


アッシュとリックスが家を見て驚き、引越しを疑った元々の原因がその『窓』である。



ユリアスの家は窓という全ての窓に板が打ち付けられ、塞がれていた。

これでは太陽の光の一筋も家に入らない。





まさしく異様な光景だった。

読んでくださってありがとうございました。


文中、『敷居が高い』と表現していたところを『ハードルが高い』と訂正しました。


誤字報告をくださった方、ありがとうございます。

『敷居が高い』は明らかに用法が間違っていましたね(^_^;)

そして色々考えたのですが、自分の中で『ハードルが高い』が一番しっくりきたので、そう訂正させて頂きました。

ですが、ご報告頂かなければずっと間違えたままだったと思います。本当に助かりました。

もしまた何か気づかれた方がいらっしゃいましたら、こそっと教えて頂ければとても嬉しいです(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)


誤字報告にお礼を伝える機能がないので、こんなところで失礼致しました。読んでくださっていればいいのですけど……(;▽;)

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