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金庫

作者: task

あるところに、大きな会社の社長を務めていた男がいた。

彼には一応家族はいたが、全く構わず、

毎日仕事ばかり続けていた。


妻が言う。

「ねぇ、どうせお金もあるんだし、今度みんなで海外にでも・・・」

「いや、俺にはそんな暇はない。

忙しいんだよ」

いつもこんな調子だった。


そんな彼がある日有名な金庫メーカーに訪れた。

メーカーの担当員が頭を下げて言う。

「これはこれは、あの会社の社長様で・・・

なかなかお目にかけないので・・・」

「いや、なかなか外に出ないからじゃないかな。

ところで、あなた方に最高の金庫を作ってもらいたくて来たんだが」

「ええ、もちろん可能ですとも。

私たちの金庫は様々な国際機関に採用されておりますので」

「なるほど、それなら安心だ。

そこで作ってもらいたい金庫なんだが

ある程度小さくてもかまわないが

どんな衝撃にも耐えられて

どんなことをしても鍵がなければ開けられないようなものを頼む」

「お安いご用ですよ。何を入れるんです。

きっと高い宝石の類でしょうかね」

「それは教えられないな。ただ、宝石なんかよりはずっと貴重さ」

「そんなものもお持ちで・・・」




しばらくして、彼の部屋、すなわち社長室に小さめの金庫が置かれた。

ただ、小さいとはいっても、かなりの金がかかる品だ。

そこから放たれる威厳はすさまじい。



社長室に入った者は必ずと言っていいほど金庫について言及した。

「あちらの金庫、ある種の重みがあって素晴らしいですね」

そして、たいがいこう続けた。

「あの中には何があるんです」

彼は笑いながら決まってこう答える。

「中身は具体的には教えられないな。

ただ、私が得たものの中で一番価値のあるものだと思うよ」

「ぜひ見てみたいものですな・・・」


その話を聞いた人は中に入っているものを予想しあった。

今までの彼の権利関係の書類だろうか。

はたまた、もっと貴重な鉱石の類なのだろうか。

しかし、誰にも中身はさっぱり分からず、謎が深まるばかりだった。


金庫について不満に思っている者もいた。彼の家族である。

「ねぇ、どうしてあんなのにお金をかけて、

家族には何もしてくれないの」

彼は言う。

「あれは、俺にどうしても必要なんだ。

しかも家族にはお金を与えているじゃないか。

今は仕事で精いっぱいなんだよ」

そして彼は仕事場に戻っていってしまう。

家族はみんな呆れた顔になる。


一時、会社の経営が傾き、何かを売らねばならなくなった時も

その金庫と中のものを売ろうとはしなかった。

これは大切なものだから。

そう言って彼は金庫を開けなかった。


火事や地震もたびたびあった。

しかし、その耐久性のおかげで金庫には傷一つつかなかった。

会社が泥棒に入られたこともあった。

会社中の多くの金庫が破られたが

あの、小さな金庫だけは開けられなかった。

そのようなことがあるたび、

彼とその社員たちはその金庫を称賛した。


彼は年をとっても第一線で活躍し続けたが

やがて衰え、亡くなってしまった。

あの金庫を遺して。



のこされた社員や家族の疑問はその金庫へ向けられた。

あの金庫の中身は何だろう。


彼の会社の社員たちは腕の立つ錠前屋を呼んで

その金庫を開けさせようとした。

しかし、毎回錠前屋から発せられる言葉は同じだった。

「これは、私には到底開けられません。

特殊な訓練を受けても無理でしょう。

その人はこの金庫に特別に大切な『何か』をしまったのでしょう。

誰にも渡したくない『何か』を」

社員たちは何かを理解したような、しないような気分になった。



ある日、彼の家族が彼の遺品の整理をしていた。

「この人は結局家族にほとんど何もせず、死んでしまったね」

「もっと家族思いの人だったら良かったのに」


そう言っていると、誰かが叫んだ。

「ねぇ、これって・・・」

家族が集まってきた。

その手に握られていたのは、あの金庫のカギだった。



家族と、彼の会社の重役の前で

金庫はついに開けられることとなった。


ガシャン。


小さい金庫に似合わない重い音がした。

その中に入っているのは宝石か、お金か・・・


その金庫に入っていたのは、ただ一枚の写真だけだった。

その写真は、彼が生涯で唯一撮った家族写真だった。

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