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初めてのお客様

 頭が痛くなる様な会議の最中に窓の外から微かなハンドベルの音が聞こえて来た。


 二回、二回、一回。


 招待状の無い来客の符丁だ。


 白熱していた会議場が水を打った様に静まり返る。


「さあ、皆さん。来客のお出迎えの用意を! スカッドお客様の人数は?」


「南門に三十、北門に四十、東の丘の陰にレオパルド公爵家の紋章が付いた馬車が三台。南門警戒区域まで後十五分」


「パトリオット。お坊っちゃまの警戒要員は誰と交代したのかしら?」


 タイタンが厳しい目付きでアタイを見る。


「スティンガーと交代致しました」


「では貴女はスティンガーに一声かけて中庭にいらっしゃい。お客様のお出迎えを務めてもらいます。くれぐれもお坊っちゃまを起こさない様に気を付けて」


「かしこまりました」


 タイタンの指示に従い退出しようと部屋を見渡せば、いつの間にかテーブルなどを片付けている数人しか見当たらない。いつの間にあの人数が消えたのか見当も付かない……自分の未熟さに悔しさを覚えるよりも、恥ずかしさに赤面してしまう。


「パトリオット」


 呆気にとられて固まってしまったアタイの背中にタイタンが声をかけて来る。


「私達はショタイナー家のメイドです。これから行うのは戦闘では無くあくまで接客です。そこら辺を履き違え無い様に」


「は、はい。肝に命じます」


 会議室を退出して足音と気配を絶ちながら、お坊っちゃまの寝室へと向かう。


 廊下ですれ違うメイド達はあくまで優雅さを損なわず。静かにお辞儀を交わしながら去って行く。普通と違うのは優雅に歩くスピードが成人男性の全力疾走に匹敵する速さであるのと、全てのメイドの手には使い込まれた武器が握られている事だけだ。


 坊っちゃまの寝室の前で立ち止まり、就寝中の時に使用する室内に響かないノックをすると音も無くドアが開く。


 素早く中に入りスティンガーを探して室内を見回すと、坊っちゃまの寝台の上に黒い瘴気の様な影が見える。


 可愛らしい坊っちゃまの顔が苦痛に歪む様にうなされているのが見てとれた。


「チッ!」


 考えるより先に身体が動き黒い瘴気の中に躊躇無く手を突っ込んで、指先に触れた手応えを力任せに握り込んだ。


「ぐえ……」


 ヒキガエルを踏み潰した様な悲鳴があがり、瘴気の中から人らしき物が引きずり出された。


 薄く灯る寝室灯に照らし出されたスティンガーがアタイの腕を抗議する様に叩く。


「スティンガー?」


「酷い……」


 慌てて坊っちゃまを起こさない様に声のトーンを下げるが、アタイの頭は混乱している。


 どう見ても闇の呪いだの古のゴーストだのと言った見た目の物から、同僚が引きずり出されたのだ。


「呪いは、失礼……」


 唇を尖らせて言葉少なに抗議をするスティンガー。


「すまない、だがしかし坊っちゃまの寝台の上で何をしていたんだ!?」


「素敵な、妄想」


「呪いじゃないか!」


「触ってない……イエス坊っちゃまノータッチ」


「坊っちゃまの二メートル以内での妄想は厳禁だ! アンタの妄想力に充てられてうなされているじゃないか!」


「パトリオット、声が大きい、坊っちゃま起きる」


「お前に言われたくない! それよりもお客様が見えられた。アタイは中庭に出るが坊っちゃまを任せても平気か?」


「誰に言っている?」


 スティンガーがニヤリと不敵な笑いを見せたかと思うと、ボソボソと言葉を紡いだ。


「我は闇、闇は我」


 その瞬間に寝室全体が上も下も解らない様な闇に包まれた。


 平衡感覚が狂い、その場から一歩も動けない。漆黒の闇に閉ざされて音も匂いも闇に閉ざされた。


「攻撃は苦手、防御は得意」


 得意げなスティンガーの台詞が耳元で囁かれると同時に、カチャリとドアが開かれた。

 アタイが這々の体で寝室を飛び出し、廊下に尻餅をつくと「まかせて」とスティンガーの言葉と共に寝室のドアが閉ざされた。


「どう見ても古のゴーストだろ……」


 悔し紛れにボソリと呟くと、ドアの隙間から黒い瘴気が滲み出て来たので慌てて中庭に向かう。


 中庭では既にタイタン、ノドン、テポドン、奮龍が待機している。


「遅えです!」


 双子の片割れがボロボロの蛮刀を振り回し気合を飛ばして来る。


「パトリオット。今夜は先輩達の接客を勉強するつもりで気楽についていらっしゃいね」

 タイタンは何時もの糸の様な目で微笑んで来る。


「新入り、得物は?」


 東洋の刀を携える奮龍が横目でこちらを見て来たので、無言で拳を出して答える。


「獣人は得物が不得手とは聞くが、まあタイタンが引っ張り出して来たくらいだ。足は引っ張らないと期待しよう」


 奮龍が何かを含んだ笑いを浮かべるので、足手纏いとして勘定されているのだろう。


「そこのチビチャン達の得物よりはマシな得物だと思うがね」


 アタイは双子の両手にぶら下がるボロボロに刃毀れた蛮刀を指差した。


「お前は馬鹿ですか、武器なんて物は百人ブチ殺して壊れてなければ名品でやがります。刃毀れなんてどうでも良いのです」


「百人ブチ殺しても壊れないなら、路傍に落ちてる小枝でも良いってのが解ってやがらねぇです!」


 双子の琴線に触れたのだろう。凄い勢いで反論して来る。


「さあ、皆さんお客様を出迎えますよ。おふざけはここまでです」


 タイタンがにこやかに手を打ち鳴らし、アタイが初めてこの屋敷に来た際に思い切り蹴り上げた門の内側で横一列に並んだ。


 仕掛け門をカチャカチャと外して門を開け放ち、何時もより一オクターブ高いタイタンの声が響いた。


「ようこそいらっしゃいました」

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