episode1 第三章第一部「迷走(めいそう)」
こんにちは。深海です。
ようやくここまでこられました。
今回はバンバン発砲しております(絶対日本ではありえないですね)。
少し説明も入ります。
―――獣が鳴く空、地の底深く
『竜の詩人(語り部)』―――
あちこちで化け物の鳴き声がするので、頼みのあの音も近いのか遠いのか分からないので通気口をウロウロするアリス。
本当に何処にいるのか分からない。
研究所には何度も来ているけど、当たり前の事ながら通気口なんて通った事は無いのだから。
ばかげた事を考えていると言う事は分かっている。
分かっているけどだから何なのか?こうでもして他の事を考えていないと気がどうにかなってしまいそうと前進しようと手を少し前の床につき体重をかける。
少し荒っぽかったかな?と、内心ビクリッとしたが否や今度はガクンッと床が沈みそのまま下の階へと転落してしまう。
もうダメだ!本当にそう考えた。だが、ホコリっぽく、冷たい空気のそこで体は痛みは殆ど感じなかった。
何だろう?冷えたシーツの手触り?硬く閉じた目を開き、伏せた姿勢のままあたりを窺う。
あれ?ここはどこかで・・・。
改めて起き上がって周りを見ると、そこは簡単ベッドと呼ぶには幾分質のよいベッドが並ぶ処置室のような場所である事に気付く。
同時に内心ホッとした。
ここは知っている。
幸い化け物もいない。
音もしないこの場所は何度も来た事がある。
そこまで考えて、立ち上がると部屋の隅へ歩いていく。
勿論音をさせない様に。
辿り着いたのはそう大きくない、これは冷蔵庫だ。
扉を開くと、オレンジ色の光が溢れ出してきて目を細めると中からアルミ製のふたつきコップを取り出し両手で持って部屋の隅のソファに腰掛ける。
人間知っている場所に来ると安心出来るものだと1度肩を落とし蓋を外す。
中には濁った液体。
これは私の好きなオレンジジュースだ。
ここによく来るから係りの人が用意してくるのだ。
係りの人、どうなってしまったのだろう?
ママは?元気だからもうここを出ているかも知れないけど・・・。
あとで先生に聞いてみよう。
ここまで考えて、手の中のコップに口をつける。
口いっぱいに酷く冷たいオレンジジュースが流れ込んで喉を下っていく。
ひと息に半分くらい飲み干してフーッと息を吐いてやっと人心地ついたのか背もたれに身をゆだねる。
先生達、大丈夫かな?大丈夫だよね?子供の私だってここにいるんだから。
でも・・・。
ここへはよく検査の始めと終わりに訪れる。
いつもではない。
時に待ち時間無しの時は検査室の近くの待合室でと言う事もある。
そう、ここはただの休憩室でもなければ処置室とも違う。
詳しくは知らない。
でもいつも決まってここか待合室でする事。
それは、注射だ。
その注射を打つとボーッとする。
眠くなる。
だから検査室ではいつもではないが殆ど眠っているかであった。
ここまで思い出してフッとアリスの脳裏に何かが浮かんだ。
それはとても嫌な事の様な・・・。
そう言えばどうして私は検査の時は眠らされているのだろう?思い出そうと眉をひそめる。
確か、1度目の検査の時は注射をしていなかったはずだ。
しかし、その時の事はよく覚えていないのだ。
ただ覚えているのは・・・暗くて、怖い。
どうしてだか?こんな言葉が浮かんだ。
何が怖かったのか?あの薄暗い検査台。先生がいつも入って行くすりガラスに囲まれた場所・・・。
あのガラスの中を1度見た気がする。
あの中に1度入ったのだ。
その時は・・・?中にはガラスのお風呂の様な物にチューブが沢山ついていて、中には水がはってあって・・・。
そこまで考えてキュッと手に持ったコップを支える手に力が入る。
思い出した・・・!
あれが横たわっていたのだ!
思い出した途端に頭を押さえて目を閉じる。
コップが床をうちカンッと言う音が響くがアリスの耳には届いておらず変わりに震える唇が動きか細い呟きがもれる。
「・・・暗くて怖いの・・・。あの部屋が怖いの・・・!」
あれを見た途端、半狂乱になってしまって暴れ出したアリスは次からは注射を打たれるようになったのだ。
それ以来、その記憶そのものも忘れようとしていたのだ。
それは何時からか、薬のせいか?
彼女の記憶から消え去っていた。
しかし、今、思い出してしまった。
そこまで考えたところで意識は閉じた。
防火扉の向こうには背を向けて立つ化け物が腕を振り上げた所だった。
先陣切ったのはカミシマ。
ヒカルも続けざまに発砲。
化け物のかすれたような雄叫びが空気を振動させる。
それは2、3秒くらいでぴたりと止んだ。
何匹目だろうか?もう途中から数えるのも止めてしまった。
あれから9フロア降りる間に壁や途中のフロアの防火扉を突き破って2人の足音か、はたまたヒカルの気配を探ってだかは分からないが次から次へと化け物が襲い掛かってくるのである。
その頻度のあまりの多さに半ばやけになっている様子で荒く、肩で息をしているヒカルを横目で見つつ、自身も額を手の甲で拭う。
本当にどうなっているのか・・・?
まあ、何にせよ目的のフロアに到着だ。
ここにアリスがいるらしい。
目の前で大の字になって倒れている化け物は動く気配が無い、と確認して辺りを見回す。
今、見渡す限りでは動く物は特にない。
ヒカルの方を向くと気付き、察したかのように首を横に振る。
そこでようやくホッと目の前に見える大きなエスカレータのボタンを押すと頭上のランプが点滅を始める。
どうやら動きそうだ。
これならかなり下のフロアまでいけそうだと安堵しつつもう見る物は無さそうだとホールの一角に目をやる。
すると、ひと息つけそうな休憩用に設けられた椅子のあるスペースが目に止まったのでそちらに近付くとヒカルもそれにならう。
ほぼ同時に2人は各自弾丸の装填を始める。
辺りに乾いた音のみが響く。
丁度その椅子の辺りはドアは無いが個室のようになっているので特にこもったような響き方をする。
しばらく2人とも無言で作業を続けていたが大体の装填作業が終わり、後は扱いが少し分からないとかでヒカルが話し掛けてきたとき初めて会話が始まった。
それは唐突過ぎて最初押し黙ってしまうほどに。
「どうしてこんな事になったか、か・・・」
どう答えたらいいのか分からないと言うのが本心だ。
何せ今回の事態、この計画そのものについて一切知らされていなかったのだから。
だが、それでは自分は関係ないという言い訳にしか聞こえないだろうから・・・。
そうしている間に再びヒカルが口を開いた。
「この事、先生は知ってたんですか?」
分かりやすい質問だ。
ただ、素直に答えていい物か・・・。
しかし、答えは結局知らなかったと首を横に振っただけになってしまった。
その様子を見ていたヒカルは黙ってカミシマの瞳を覗き込んでいる。
まるで、真意を確かめるかのように。
重い沈黙は何時まで・・・。
だが、そんな事を数秒考えているうちに次の質問をよこしてきたので続けて答えをと、荷物の中の書類、あのオフィスで見つけた物を引っ張り出し膝の上に広げた。
「それは1つ目の質問に近い。まずここから説明しよう」
言いつつ、書類を広げて一点を指した。
―――まず、あの化け物の正式名称・・・いや、総称を『NOA』と言う。正確にはアリスや君たちの持つ因子の事をそう呼んでいるよう何だが、ここの科学者は因子を持つ者すべての存在の事をそう呼んでいたらしい。
この研究所ではその『NOA』の因子を他者に移し変え、因子の特性である『死滅と再生』という特性をを使った薬剤を精製すると言う計画を立てていたらしい。
その薬剤の効果は極端に弱った患者内の毒素となりうるものや害となるものを中和し回復させられると言うまさに無敵の薬を作るというものだった。
しかし、その薬剤は君たちの因子のみでは成り立たないと言う事が分かり、その解決策として今回の化け物騒動を起こす事となった。
君たちの中にあるのは因子のみで実用性は無い。
いわばハードとソフトのソフトのみのような物。
薬剤として使用するとなるとそれに体がいる。
その為に足りない部分を作る必要があった。
その材料を少しずつあの『NOA』の化け物達は持っている。
おそらく他者にいんしを移植した際にこの事は知ったのだろう。
そこで計画は特定数の、特定の条件を帯びている化け物を発生させ作り出すことから始まった。
各病室に1本ずつ因子を改良し化け物へと変異させるウイルスをこめた注射器が行くように生産ラインに細工をしたそうだ。
そうして様々な特性を持った『NOA』の化け物が発生。
だからあのホールの化け物の死体は消えた。
おそらく材料として持ち去られたのだ・・・―――
ここまで話してヒカルの方を向く。
「今回の事件はこの計画の為に一部の者達により起こされた計画らしい。ちなみに因子の実験はもっと前に可能だったそうだが、この因子ウイルスは夏、蒸し暑い環境に弱いそうだ。だから冬に実行が決まったそうだ」
書類をとじる。
そして、その計画実行の全てを決め実行を決めたのも、計画を実行したのも・・・。
突然黙ったカミシマに今まで内容の反すうしていたヒカルが気付き声をかける。
「いや、何でもない」
言いつつ銃を担ぎ立ち上がる。
「君が現れた事によりおそらく計画はより成功度の高いものになったと言うメモも見つかった。計画はさらに早まるかもしれない。急ごう」
頷いて立ち上がるヒカル。
「急いだ方がいいな。化け物達はおそらく君やアリスの反応に釣られて集まっていくようだ。特に相手の事を把握出来る様になったことでさらにあちらもこちらを把握して集まっているようだ」
言いつつ外に1歩踏み出そうとした。
刹那!ヒカルの手がカミシマの腕をつかみ動きが止まり目の前を大きな拳がゴオッとかすめ個室の入り口を吹き飛ばした。後ろに転がり次の腕をかわしつつヒカルが先に発砲!
1秒遅れでカミシマの銃も火を吹く。
連続した銃のタッタッタッタッタッタッと言う音が辺りに響き同じだけの天井に穴が開く頃、化け物は倒れこみ次の化け物の気配が近付く!
慌ててカミシマが個室をヒカルの腕を引っ張って飛び出すと、ヒカルがアリスの気配のある方向に向かって走り出しそれに続く。
確かにこちらにいる・・・。
もうこんなにも化け物や『NOA』の因子に反応できる様になってしまっている。
人間であると言っていたが、内心どんどん離れている気がすると思わずにはいられない。
これからまだ離れていくのか?だとしたらどんな風に?それは何のために?いや、しかしこの変化にそもそも意味などあるのだろうか?
考えているうちにあの咆哮があちこちから上がる。
思案中の頭を切り替え化け物の気配に集中する。
次の角から3匹、次と次から1匹づつと反対と両側から・・・それから。
化け物の出現を次々と知らせつつ銃を向け走るヒカルを横目に走るカミシマも引金を引く事と同時に頭を振る。
どんどん反応速度が上がっている。
それどころか運動能力含む身体能力そのものが、だ。
『NOA』の因子には細胞レベルでの強化並びに活性化、回復力の上昇があるとあったが・・・。
化け物はここを出てしまえばもうお目にかかる事は無いにしろ今後彼女たちは、特にヒカルに関してはどうなってしまうのだろうか?
たとえここでの事を知る者がいたとしても実際のヒカルの変化については黙っておいて実験失敗を告げれば彼女への研究対象としての実用性も無いと判断されて、されて欲しいと思う。
しかし、実際はこの摩訶不思議かつ奇天烈な因子はその手の科学者の興味を、関心を惹きつけて止まないだろう。
この実験が失敗だろうと。
むしろ最後に残った適合者とその因子保持者である彼女は唯一のサンプルとして扱われる事は容易に考えられた。
その場合彼女はもうまともな生活など出来はしないだろう。
今までモルモットを何の気無しに扱ってきた。
そして科学にはそれは必要かつ当然であり、そのサンプルへの欲求も当然と思ってきた。
しかし、その場合ヒカル達は果たして『人間』、または『ヒト』として扱われるのだろうか?
この計画書の記述通り、近い将来『元・人間』やもっと酷い場合は人間扱いされず『NOA』として扱われるのではないか?
そしてそれは果たして科学者という人種として当然の欲求として処理されてしまうのだろうか?
この現状を見ていない者や彼女達を物としてみる者からすれば他愛のない事になってしまうのか?
それとも自分が科学者として感傷的過ぎて向いていないのだろうか?
ならいっそ彼女たちはこの地獄と化した施設で・・・。
「先生!」
思考はコンクリートの崩れる音と瓦礫の炸裂音、ヒカルの声にかき消され視界が一気に土煙で塞がり気付くとあたりは静寂に包まれていた。
体に少し衝撃の際の痛みはあるが、たいしたことは無い。
そうだ今は進まなければ、前方は・・・。
今の衝撃や瓦礫が化け物を押しつぶし回りに壁を作り出したようだ。
目的の進行方向はトンネルのようになっておりその向こうには冷たい廊下が続いている。
どうやら天井が化け物によってぶち抜かれて落下してきたようだ。
よく助かったものだと傍らの床に手のひらを滑らせて慌てて手を引っ込めた。
何か液体が・・・?
それに「君・・・!?」そうだ、あの瞬間、ヒカルの声がして・・・彼女が体当たりをしたのだ。
それによって瓦礫に潰されずにいられたのだ!
慌てて瓦礫のすぐ側のヒカルに話し掛ける。
意識もしっかりしているし動けるというが腕と太ももから大量の血が流れている。
しかも怪我をした足ごと瓦礫に挟まれている。
これでは骨も損傷がある可能性があると、とにかく彼女を引っ張り出し処置様の器具を準備していく。
まず止血だと傷口を洗い消毒しようとして動きが止まった。
そして、おもむろに口を開く。
「傷口は痛いか?」
なんともマヌケな質問だが他に言いようが無かった。
だが、その意味はヒカル本人の方がよく分かったと、血にまみれた、正確にはまみれていたはずの部分に目を向けた。
洗い流され太ももの部分に傷は無くアザの様な物があるだけだった。
しかもそのアザも数秒で消え、本来の肌艶が戻っていく。
なんと言う・・・。
驚異的な回復力?
これが『NOA』適合者の、因子本来の効果だとしたらとんでもない事である。
言うならば、ほぼ不老不死状態の人間が誕生してしまったのだから。
どうしたらいいのか・・・。
彼女の顔を見るのも心苦しくてならないが、と何を言えばいいのかも定まらぬまま口を開きかけた時、静かな声が響いた。
「よかった、血が酷かったからここで死んじゃうのかと思った」
驚いて顔を上げるとそこには本当に驚いたと言う調子の彼女がいた。
気付いて視線が合うと再び口を開き「化け物の因子もたまには役に立つんですね?」酷く穏やかな声だ。
最初の一声もだがこの驚愕の事実を目の当たりにした者の出すと思われる、怖れ、恐怖、絶望とはほど遠く、逆に空元気や無理にハイになっている訳でもない。
何か言うなら、大げさだが超越したような響きに取れたのだ。
それは返って痛ましく、どうすればいいのかと視線をそらそうとしたがその前に彼女の声がした。
「目を背けてる場合じゃないですよ?」
驚いて見返すと強い光が2つ、自分を見据えていた。
それは原因は我々なのだからとも、ひねくれているからなのか至極当然なのか感じつつも見据えていた。
―――これは逃げてはいけない。―――
先ほどまでの情けない考えが浮かぶ。
ここで安楽死させるべきなのではないか?と。
しかし、それでは厄介なサンプルを廃棄するのと何も変わらない。
むしろ先ほどの懸念の中に思った科学者という人種のエゴだ。
ならどうする?出来ることを、出来る形で責任を取らなければ・・・。
同時に手が動いた。
銃を握ったのだ。
次に口を開く。
「アリスは?」
彼女も銃を握り頷き、静かに言う。
「すぐそこです」
お読みいただいてありがとうございます。
カミシマさんの苦悩・・・。
タイトルこっちですねー・・・。