episode1 第2章第1部 暗躍(あんやく)
読んでくださってありがとうございます。
怪しい人が出てきます。
ネタバレになってしまいます(どうしよう)。
始まります!
―――鉛色の空は白い祝福を地に蒔いた
『竜の詩人(語り部)』―――
もう12月も半ばである。
身を切るような寒さは動くものを戒めて放さない。
足元に薄っすらと積もった雪に残る足跡は彼らを捕らえるかのごとく舞い上がりまとわり付いた。
ゴトゴトという音が非常灯以外の光源のない空間に響く。
電力を失い動かなくなった自動ドアがこんなに重い物とは・・・。
そこで「そう言えばここのは特注だったな」などとのんきな考えが浮かぶ。
カミシマは血の気のない冷たい手でガラスの重い戸をこじ開け中に入ると目を凝らした。
広いホールに動くものは無い様だがこれではよく分からない。
なら素早く移動した方が良いだろう。
内なる声は後ろに控える2人を早く室内に招き入れてやらないとと騒ぐ。
こんな寒い中だ。
早く室内にとも思うがこんな場所に果たして・・・。
そうしている間にヒュッと風がガラス戸の隙間から入ってホールの隅の観葉植物を揺らすのを見てすぐさま2人に入るように言う。
手をこすり背を丸めた2人がすぐさま入って来た。
同時にカミシマの手が2人の腕をつかみ歩き出した。
かすかな音が響くとその部屋に足音がなだれ込みドアが閉まる。
そのままカチッと言う音がして真っ暗な部屋に光源―――スタンドの光が現れた。
「ここは?」
ヒカルが暗い室内を見回しながら言うとカミシマはファイルの並ぶ棚を物色しながら視線も向けずに返事した。
「警備室だ。ここにメインコンピュータ用のマニュアルがあった筈だが・・・」
言葉が途切れそちらを向くとカミシマが今見つけ出したファイルを開いていた。
その様子を見ながらヒカルは近くにかけてあったジャンパーを取りアリスにかけてやりそのまま椅子に座らせた。
「・・・メインの操作にはID以外にカードキー・・・と、なんだ?これは・・・」
何かあったのかと近付くヒカル。
「何の事だ?この・・・『証』とは」
こめかみを抑え眉間にしわを寄せる・・・。
どうもこれはカミシマが何か分からない事があった時の癖らしいと思いつつ声をかける。
「何かいる物があるんですか?」
ああ、と返事し彼女の方に向き直る。
「ID、これは私も持っている。カードキーの保管場所・・・地下の第2警備室にある。問題はこの『証』といわれる何かだ。私は治療棟専門だからな。こちらの事も勿論治療上の技術や治療法関連で出入りはしているんだが・・・中枢に関してはあまりくわしくなくてな。こんな時に先生がいてくれれば・・・」
またお決まりの考える仕草をする。
「先生って?」
不安そうなアリスから目を離さないようにしながら会話を続ける。
「私の恩師でここの研究部門の責任者でヴィルダーグ医師だ」
同じようにアリスに視線を移すと同時に彼女もこちらを向いて「クラウス先生?」とこちらに向かって来る。
「ああ、そうだ」
再びファイルを開きながらアリスを近くに座らせる。
「あの人なら逆にこの施設の事で知らないと言う事の方が考えられないくらいだし・・・」
そこでカミシマがファイルを置く。どうした事かと彼の横に座るヒカルと反対側から覗き込むアリス。
2人の視線に交互に答える様に顔を向けながら前髪をクシャクシャッとかきむしって呟く。
「先生は?先生はどうなったんだ?」
今まで自分達の生存の事ばかりで気にも止めていなかったが・・・。
この施設でも今の所誰にも会っていない。
すなわちこの施設にもあの化け物が?
だとしたら「大変だ。先生の身にも何か・・・?」そろりと立ち上がって少し離れたコルクボードに近付く。
「先生。先生の研究室は・・・?地下フロアだったな、確か」
独り言とも、自身に言いか聞かせるとも付かないことを呟きつつボードに貼り付けてある地図を引き千切る。
「大丈夫だよ、先生」
不意にした声にヒカルは振り向きカミシマは動きを止める。
そうしてそろりと身を返している間に傍らに辿り着いたアリスが白衣の裾を引きながら言う。
「私の検査してたの先生だよ。地下の研究室に先生、多分行ったんじゃないかな?地下って地上からじゃ簡単に入れないって言ってたし化け物も入ってないかも。先生なら隠れる場所だって知ってるかもしれないし、ここの人達と隠れてるのかもしれないよ?」
確かに・・・、あの人なら緊急時に地下シェルターに誰よりも早く辿り着けるだろうルートから研究員を避難させているかもしれない。
武器庫のキーだってある。
明け方にアリスの検査をしてここに来たのなら、あの化け物が治療棟を中心に発生していて、その事態に気付き対処していたならあるいは・・・。
考えているうちにもうひとつの可能性に気付いた。
地下鉄でもうここにはいないかもしれない。
それは避難車両が無いかもしれない。
自分達は脱出できないかもしれないと言う事だ。
しかし、いやいや・・・。
緊急事態なら、警報も鳴らせないほどの緊急事態なら全車両での総員脱出も出来ていないかもしれない。
なら車両はまだ・・・?
とにかくだ、今ここで考えているだけではどうにもならない。
「そうか、なら先生は大丈夫だろう。そうだな、この先会えるかもしれない」
最後の方は自分に言い聞かせるかのようだったなと思いつつマップを近くのコピー機にかけ1枚を持ち、もう1枚になにやら書き込みを加えヒカルに渡す。
何だろうと確認するヒカルの目には日本語が記されていく地図が映る。
「英語ばかりの地図ではいざと言う時不便だろ?」
英語で表記された場所をわざわざ日本語に訳してくれたのだ。
「あ、ありがとうございます。えっと・・・この丸は?」
表記以外にいくつか・・・マルとバツの印がついている。
「マルもバツも重要地点を表している。丸は移動関係で主にエレベータやリフトだ。バツは起動スイッチなどだ。バツの地点に君はほとんど行く事は無いだろうが念のためだ」
言い終えてクリアファイルを放ってくる。
紐の付いた物でこれに入れて持っておくようにという事だろう。
「ヒカル、銃のセーフティを外して付いてきてくれ。アリスは彼女の側を離れないように」
頷きヒカルの服の裾を握るアリス。一行は警備室を後にした。
悪とは何か?
そして、それに打ち勝つ正義とは何か?
私はいつも考えていた。
私は医者で科学者で・・・。
だから私の悪であり敵は生命を脅かす『病魔』。
そして、私の正義であり私達医者が行う事そのもの、『医療救済』こそがそれである。
だから我々医師は常に戦っている。
悪から生命を守る正義として。
「長かった」
呟いた言葉が意味も無くこだまして消えた。
いや、意味はある。物事全てに意味はある。
だから今のは・・・そう、決意のひと区切り。
そう、区切りだ。
ここまでがあまりにも長く休み無く走り続けて来たからここいらで一息入れようと思った。
ただ、その達成感を労うディナーなんて物はおろか一杯のワインもウイスキーも、その他の好みの酒も、温かい紅茶すらも手元には無いのだ。
そこで変わりに選ばれたのは大してうまくも無く、ただ熱いだけの缶コーヒーである。
缶は熱すぎて直に持つのすら難儀するしまつだ・・・。
溜め息を出す力すらも出ないほど疲れているのにこれは無いだろうと苦笑いが零れる。
だからと言ってこれ以上の時間をひと息に使う気は無い。
いや、使う事は出来ないというべきか?
そう、時間は無限には無い。
『病魔』が全てを覆い去ってしまう前に手を打てなければ私は悪に『負けてしまう』のだ。
そしてこれに『負け』は許されない。絶対にだ。
地下に2フロア降りたところで異変に気付いた。
はじめに気付いたのはアリスだった。
「可笑しな音がする。何時もと、朝と違うの」
耳を澄ましてもよく分からないと顔を見合わせるヒカルとカミシマに、それでもアリスはなお言うので足を止めた。
可笑しな音。
そんなものはしないが・・・。
そこで思い出す事がひとつ。
「アイツ、動く時足音とかしなかったんじゃ・・・?」
ヒカルの呟きとも取れるひと言にカミシマも銃を握りなおす。
この非常階段は吹き抜けになっているから上からも下からも襲われる怖れがある。
いや、横だって油断できない。壁にはガラスが埋め込まれている。
これは電力供給用回線その他の回線などを通している壁の向こう側に光が行くようにつけられているわけだが、その空洞がかなり広い。
と言う事は・・・。
「壁の向こうに奴が?」
1番誓い近い窓を睨みながらカミシマが言う。
そんな気配は無いのだが、あの休憩室の時だってそうだった。
何時何処で襲われるか分からない。
全く、あの休憩室でヒカルにコーヒーの不味さについて話したのがはるか昔の事のようだ。
「あ!また・・・!」
アリスが声をあげて辺りを見回している。
一体どこからだ!?
カミシマとヒカルが銃をあらゆる方向に向けているが姿が見えない。
勿論音もしない。
「・・・何処?」
日本語で呟きアリスを見たのだが意味を何となく理解したらしく怯えた目で首を振る。
刹那、壁に埋め込まれたガラスが飛び散り太い、あからさまに人間とは異なる腕が飛び出して来た。
奴だ。
同時にそちらに銃を発砲するカミシマ。
ヒカルも1拍遅れて発砲。
バンッバンッバンッと派手な音がして手の中の銃がはじけ飛びそうになるのをどうにかそのままの位置を保ちつつ引き金を引くヒカルとやはり大型拳銃などと普段握る事の無いカミシマは目の前の化け物目掛けてとにかく引金を引き続けた。
どの位続いたのか?
ほんの数十秒程度の銃撃は何時間も前から続いているかという感覚を残し唐突に終った。
化け物の悲鳴と足元の階段が壁ごとぶち抜かれる感覚と供に。
しかしそれは感覚ではなかった。
壁には大きな穴が開き階下に延びる階段は閉ざされてしまった。
最後の瞬間にアイツは何度も壁に腕を打ちつけ支えの部分を崩していったのだ。
「アイツ、は・・・?」
ヒカルの声が土煙の中からする。
慌てて、しかし周囲の警戒をしつつ立ち上がったカミシマが壁に開いた穴に近付き、にじり寄るように穴の縁まで行くと、そっと覗き込む。
所々にある非常灯の灯りと階下の窓の明かりがあっても視界はクリアでは無い。
だがアイツがいる気はしない。
ホッと穴から2人のもとへ戻る。
「ヤツはいない様だ。2人とも大丈夫か?」
応じるように頷くとアリスを立たせてやるヒカルにカミシマが「弾を込めるのを忘れるな?」
と彼女の手の中の銃を指で弾き、自分の銃の弾丸も装填していく。
同時にアリスを見る。
何故化け物の出現が分かったのだろうか?
「でも、アリスのおかげで助かりましたね?どうして分かったんだろ?アリスは耳がいいのかしら?」
ヒカルのセリフを掻い摘んで伝えてやるとアリスは首をかしげながら口を開く。
「耳がいいのかな?でも、あんな大きな音は普通聞こえるよ?」
そう言ってくる。
大きな音がしたというのだ。
しかし、それがどんな音かと聞くとよく分からないと返してくる。
何の事だろう?
「でも、大きな音だったのよ?頭痛がするの」
そんな音はしていない。
「あの、子供だけが聞こえる音とかなんじゃ・・・?」
ありうるかもしれない。
成人している自分や20代前のヒカルは聞こえていなくて10代前半のアリスに聞こえているならそれも考えられる。
しかし、それでもそんな頭痛がするような音ではないはずなのだが?
お決まりのポーズで歩き出そうとしたが、そこまでにした。
今はそんな事を考えている暇は無い。
今の音で気付かれたかもしれない。
思い立って顔を上げ振り返ったところでアリスが声をあげた所だった。
「先生のキーホルダー!」
何の事だ?
近寄るとヒカルが用意した荷物の入ったリュックについたキーホルダーを引っ張ってきた。
ヒカルが外してアリスに渡すとカミシマに向き直ってきた。
「先生の言ってた『証』ってこれよ!だって見たもの!クラウス先生が使っていたの!」
何だって!?
2人は顔を見合わせた。
暗い部屋で意識朦朧として硬い検査台に寝かされてた。
いつも暗くて、機械の鈍い音とカチャカチャいう注射器なんかの音が耳についた。
そんな中、目の前のガラス張りの部屋に入るクラウス先生が2枚のカードをカードリーダーに通した後、あのキーホルダーを機械にはめ込んでいた。
そうして何時もそこから出した『薬』を私に注射するのだ。
「この事は他の人、誰にも言ってはいけないよ?アリス」
いつもそう言って背中を向けてコンピュータを見ている。
そうしている間に眠ってしまっている。
いつもの事だった。
あのキーホルダーが『証』だったんだ。
じゃあ、あの注射器の中の『薬』はなんだったのだろう?
そんな事を考え、何かを思い出すように黙り込んだアリスを呼ぶ声がする。
1人はカミシマでもう1人はヒカルだと気付くと顔を上げて何でもないと答えるとこの後どうするのかと聞く。
「階段はこの有様だからな。したがってこの穴から崩れていない階段へ降りよう」
窓は銃でぶち抜けばいい。
化け物に気付かれる可能性もあるのが気になるが・・・。
しかし、このキーホルダーがそんな重要な物だったなんて・・・。
手のひらのキーホルダーを弄びながら考える。
「しかし、これを先生が使っていたと言ったが、何処でだ?私も知らないんだが、研究棟の検査室か?」
アリスはこちらを見て不安そうにしているだけて何も言わずにやがて首を振ってうつむいてしまう。
よく覚えていないのだろうか?
まあ仕方がないとヒカルの方に向くと次の手順を告げた。
バンッガッシャンッと言う耳をつんざく様な音が響き、その壁の内側にアリスを抱きかかえたカミシマ。
そしてヒカルが飛び込んで来たのだ。
壁の中に張り巡らされた回線を梯子代わりに下のフロアに降りてきて明り取りの窓をカミシマがショットガンでぶち抜き飛び込むと辺りを警戒。
後から飛び込んで来たヒカルが銃を巡らせる。
辺りは静かな空間にホコリが舞っているだけで特に動く物は無い。
今この空間の上部は崩れて侵入不可能。窓はギザギザにガラスが飛び出し小型の化け物でもいない限り入り込めない。
警戒するべきは下のみである。
そちらを注意しつつ立ち上がりアリスを立たせるカミシマ。
音は当然のごとくしないが・・・。
「音もしないよ」
アリスが呟きつつ周りを見回す。
一応は安心と言う事か?
だがしかし・・・ここはまだ地下へ数フロア降りたに過ぎない。
目的地は地下60階・・・。
気の遠くなる様な思いで眉をひそめるがエレベーターは例のごとく使えないとくれば仕方が無い。
気を取り直して警戒の目を巡らせながら踏み出した。
「何処に行った?」
ガラスカプセルを寝かせたようなゲージと呼ばれる機材に手を付きうめく様な声で疑問を問う。
『マザー』は何処へ消えた?
男はここまでの時間を手元の時計で確かめる。
せいぜい1時間前後だ。
睡眠薬はまだ切れるはずは無い。
では何故目の前にあの娘はいないんだ?
本当ならまだぐっすりと眠り込んでおり、後最低でも2時間は目を覚まさないはずなのに・・・。
その時、地下へと続く階段のカメラモニター画面が点滅して、驚いた様に振り向いた。
おかしい。
このカメラは何物かが通過しない限り反応しないはずなのだが・・・。
他にも生存者が?
もしかしたら『NOA』か?
まだ何匹かうろついているはずだ。
必要量は回収しているから構う必要は無いが、ここに入り込まれては面倒だ。
モニターの表示ボタンを押すとすぐに見慣れた階段の映像が映し出され、同時にさらに驚く結果となっていた。
「バカな・・・」
低くうめいて額に手のひらを押し付ける。
どうしてあんな所に?
あの娘がどうして?
低く細いモーター音が突然響いたので2人は驚いて銃をいたる方向に向けるがその原因はすぐにわかった。
「カメラ・・・か。」
カミシマが安堵したように銃を下げ、ヒカルもそれにならう。
「どうしていきなり動いたりしたんでしょう?」
「人が通過した時のみ反応するように出来ていると聞いた事がある。我々に反応したんだろうな。」
しゃべりながらカメラを見上げる。
このカメラの向こうに誰かがいて救助に来てくれるとありがたいんだが・・・。
つくづく希望的観測としか言い様の無い事を考えて頭を1度掻くと2人を振り向いて先を急ぐ様告げると再び警戒を始めた。
なんて事だ。
男はモニターから消えていく3人の姿が見えなくなるなり叩きつけるように停止ボタンを押した。
あの娘、いつの間に地上に出て?
しかも、スティーブまで一緒だとは・・・。
彼はこの計画を聞いてどうするだろうか?間違いなく賛同は望めない。
即中止するように言うに決まっている。
ではどうする?
今、『マザー』はあの男と同行している。
とならば・・・。
取り戻さなければ。
どんな事をしても・・・。
私の正義を全うする為に、どんな事をしても・・・。
読んでくださってありがとうございます!
少しずつ進んでいます。
また、止まりそうですが、まだ続きますので、お付き合いよろしくお願いいたします。