episode2「過去への旅路」
遅くなりました。
すみません、始まります!
曇天の空が続く地平。
この世界の空が蒼を映す事がなくなって700年あまり。
最初の頃は天気の悪い日が続いている時と何ら変わらない気分で見上げていたけれど、それはいつしか世界に住むものの上に閉じた”蓋”のように感じられていた。
ただ、どこへ行くのを阻む蓋なのかは分からない。
分からないけれど、その蓋をどけなくてはいけないのだと強く思うようになっていった。
カミシマ先生はいつも蓋をどうすればどけられるのかと考えていた。
どこかにあるはずの鍵穴。
そしてカギはヒカルその物。
だから鍵穴を必死で探していた。
探して探して、戦って。
結局それは叶わずヒカルに託された。
施設の調査をしていれば・・・。
ヒカルは握るハンドルに食い込むほど強く手に力を込める。
あれはいつの話だったのか?
最初の医療施設の調査が企画されたことがあった。
勿論化け物の巣窟になり果てているのでヒカルの同行は必須であった。
にも関わらず、彼女は拒否した。
もうあの施設には近寄りたくないのだと言い張って。
まだカミシマも30代半ばだったので、ヒカルも20代前半だ。
若い娘が恐怖を感じている事に誰もが仕方ないと思い断念した。
「何が若い娘が恐怖なの?」
あの時なぜ踏み出さなかったのか?
あの時調査をしていたらカミシマが生きているうちに蒼い空を見ることが出来たかもしれないのに。
そう思ってノアの施設では悔しさに苛立った。
でも今は腹立たしさだった。
かつての愚かな自分に対する腹立たしさ。
もう戻れない日々に対する後悔からくる腹立たしさだ。
ああ、懐かしいわ。
目の前に空いた全てを飲み込む様な暗いトンネル。
かつてあの悪夢から這い出し、明るい日常を取り戻す事を夢見た場所だ。
実際は日常を取り戻すどころか、さらなる長きに戦いが待っていただけだったけどね?
皮肉な、自嘲を含んだ声が胸中にこだました。
しかし、だからと言って今ここに立ってかつてを懐かしんでいる訳にもいかない。
内部の化け物の気配はどういう訳かいくら神経を研ぎ澄ましても拾えなかった。
何もいないのかしら?
わずかな拍子抜けの様な、落胆の様なものがないまぜに押し寄せるのを感じた。
だが、それは誤りであるという事には次の瞬間に気付いた。
「どういう事?」
いないのではない。
逆だ。
数が多すぎて時空が許容できる波長が振り切れてしまっているのだ。
それは、彼らの存在を感知することが出来ないほどの濃度にまで膨れ上がっているのだと一歩踏み出して気付いた。
冗談じゃない、とかつてなら回れ右をしたはずの状態だ。
本当にバカなんじゃないかと自分で自分に悪態をつく。
もう遅いのは分かっているのに、かつて調査に来ていればこんな事にはなってはいなかったのだと毒づき口の端を上げる。
笑いたいわけではなかったはずなのに、笑わずにはいられなかった。
声は出ていなかったが、気がふれるのではないかと思わずにはいられなかった。
だが、そんな事をしている訳にもいかなかった。
固い足音が響く暗闇にはよどんだ空気に満ちていた。
あの日から何人たりとも踏み入れる事のなかった絶望の闇だ。
全く不思議な事ではない。
化け物の放つ異常な濃度の波長。
こんなものまともに食らったら気がふれてしまうだろう思ったが、ヒカルなんともなかった。
どうしてだかは分からない。
”適合者”だからだろうか?
先生には「ヒカルはNOAの唯一の適合者だ」と告げられていた。
因子に飲まれる事なく共生してしている状態。
他のどの患者もなしえなかった現象だと言われたっけ?
「・・・!」
いきなり視界が開け、闇から光の下に出たせいで目がくらんだ。
外に出た訳ではない。
まだ地下の筈だ。
ならばここは・・・。
「変わらないわね?」
皮肉を込めた声が空気を揺らす。
700年前この施設を放心状態で脱出した時にこのプラットホームから電車に乗ったのだ。
何も変わっていない。
あちこちが朽ちているが、ほぼ無傷だ。
化け物たちはここでは暴れていないのかしら?
不思議に思ったが、その理由はすぐに分かった。
湿って蒸し暑い空気が肌を撫でている。
化け物はこういった機構を苦手とするのだ。
かつてカミシマとアリスと地下を目指した際にクラウス医師が自らのもとにアリスを導く為に作った仕掛けが作り出した気候とそっくりだ。
しかし、オリジナルの化け物にも有効なのだろうか?
レプリカと違う感じがしたので、効果はない気もすると辺りを見回すが目的のものは確認できずホルターから銃を引き抜き構えるでもなく下に向けて持つ。
今は目指すべき場所があるのだ。
目的地はプラットホームとあの広間・・・。
アリスが殺されたあの場所との間にあった大型エレベータである。
「電源が生きているといいけど・・・。」
電気がダウンして動かないなんて、あの時のカミシマ先生と同じね?
かすかに口元を緩め、再び薄暗い通路に滑り込んでいくのであった。
俺は何をしているんだろう?
あの女性、ヒカルの乗る車のトランクに隠れてそのまま彼女と同行している。
手には与えられた、扱いなれない銃が握られている。
フードを目深にかぶった青年は、ノアだ。
「・・・何で、ついてきたんだろう?」
考えてついて来た訳ではなかった。
実際はヒカルの住処で待っているようにと言われていたのに、どうしてだかついてきてしまった。
「・・・気配、やっぱり消せたな。」
ヒカルが気付かない様に気配を消すという芸当が施設でしていたそれだと気づいた彼はそのままトランクに隠れたのだ。
それは、昨晩ソファの陰にしゃがんで施設で1人でいたい時にしていた様に気配を消していた時、ヒカルがキッチンに飲み物を取りに起きて来たのだが気付く事なく用事を済ませて去って行った為に気付いた事だ。
だから、ヒカルも彼が後をつけているなんて夢にも思っていない。
「あの人は、何をする気なんだ?」
昔話にこだわり、自分のいた施設へ足を運び今度はこの巨大な場所に訪れた彼女。
一体何を?
昔話の内容の通りなら”始まりの地”で何かする気なのだろう度は思うが、それが何なのだかはノアには分からない。
ただ、何だか大切な事の様な事がしてならないのだ。
陰鬱としたくらいこの地下はまるで自分が訪れのを待っていたのだと。
そんな錯覚が頭の中に浮かぶ。
そんな筈はないわ。
冷たい言葉の代わりに彼女のかかとがエレベータの前に打ち付けられる。
「電源は無事。幸先がいいわ。」
うれしくもなんともない。
それでも、自分はまだついていると思いたかったのだ。
「700年越しの弔い合戦、かしら?」
パネルを押す手は何処か優しいと思いながらヒカルは目を閉じた。
もう帰れない場所。
もう戻れない時。
もう会えない人。
自分はどれだけの物をはるか彼方に置いてきてしまったのだろうと。
チンッ
「早かったわね?」
小気味のいい音が響きドアの隙間から光の線が広がっていく様が現れる。
さあ、何が待っているのかしら?
独唱の様になってしまいました。
次回、何かが動きます。




