episode1 第四章第四部「悪夢」
続きです。
今回は少しどたばたしています。
よろしくお願いいたします。
コントロールパネルの前に立ちキーに手が伸びる。
それはいけない!そんな事をしたらアリスが!カミシマとヒカルが動こうとした!刹那!
「・・・!?」
頭上の壁の一部が、電子部品が、様々な物が爆発音としか言いようのない騒音を撒き散らしながら弾けたのだ。
同時にあの化け物が開いた穴から飛び出し・・・。
だめ!そんな声がもしかしたら出ていたのかもしれない。
しかし、そんなことは関係なく目の前がスローモーションのようにゆっくり動く感覚が襲い掛かってきた。
壁の高い位置に開いた穴から飛び出してきた化け物は一気に床に、やはり音もなく飛び降り振り返る。
そう、近くの鉛色の台の上に横たわるアリスの方に、だ。
そのまま一歩で距離をつめ次の瞬間には拳を作るかのごとく手を握り締めあの太い腕を振り下ろしたのだ!弾け飛ぶ血飛沫が壁に床に化け物にべったりと散りかかり床に衝撃でもげたのであろう。
淡い色のパジャマの布をまとった細い腕が落ち転がる・・・。
何なの!一体!?頭がパニックになる。
先ほどまで一緒にいた少女が真っ赤になった。
何故あちらへ向かったの!?元は被害者でもあの化け物、私たちでもよかったはずなのに!?どうしてよりにもよって、アリスを!?
呼吸が荒い。
過呼吸になっているのかも知れないと思った。
とにかくうまく声が出ない。
なのに胸の内では言葉にならない、叫びとも嘆きとも突かない声が張り上げられている。
どうしてだか。
同胞を失った喪失感だと思った。
因子の影響なのだろう。
思考がうまく働かない。
そうしているところで横で言い争うような声が聞こえたので振り向くとカミシマの銃を奪い去るあの男が、仰天したままの顔で頭を振りつつ化け物の方へ走っていくのが見えた。
その先を視線が追いかける。
そこには、アリスを真っ赤にした化け物が今度はガラスの棺の前に来ている様子が見て取れる。
ああ、たぶんこのままだとアリスと同じ事が起きる。
けれども、とも思った。
もう、どうにもならないのだろう、と。
突如現れた『NOA』はアリスの命を一瞬で奪い去ると、今度は隣のガラスの棺の方に向き直る。
そこで隣からの衝撃。
いつの間に近づいたのか恩師である彼がパニックを起こしつつも俺の銃を奪い去り、化け物の元に走っていったのだ。
しかし、時はあまりにも遅かった。
衝撃で吹き飛ばされた彼がどれだけ早く体勢を立て直し駆けつけても数メートル以上離れた位置からでは間に合うはずもない。
化け物再び腕を振り上げ棺に叩き付ける。
一撃目で蓋が砕け散り破片と液体を撒き散らし、2回3回と振り下ろされる。
その速度は速く、連続と言うよりは連打といっていい。
そんな調子で瞬く間に飛び散る液体が赤くなり、棺も跡形もなくなっていく。
その辺りでようやくクラウスの手の中の銃が火を噴いた訳だが、一撃ではどうにもならないに決まっていて怒りに満ちた化け物は振り返ると、赤い液体をこびり付かせたままの腕をクラウスの胴に叩きつける。
その背中に血飛沫が散りよろめくクラウスだが、なお引き金を、今度は至近距離で引いていく。
何度も何度も。
あんな顔の恩師は始めて見た。
まだ混乱状態で尚且つ放心状態の頭で考えていた。
あの男の人が先生の銃を奪い、化け物に攻撃し始めてどの位したのか。
少しすっきりした思考は事の顛末を見守っていた。
本当は助けるべきなんだと思う。
でも、とも思う。
彼のせいでこんな事になってしまったのだ、という怒りではない何かが動く事をさせなかった。
同時に、最初の一発の発砲で起こった化け物は男の胴を貫いて・・・貫通していて助かりそうもないほどのおびただしい血溜まりが少し離れたこちらにも流れてきていたのを見て諦めていたのだとも思う。
そこで何かのつぶれる音がして血溜まりから目を上げると、化け物の肩の上にあるはずの物がなくなっていたのだった。
崩れ落ちる2つの体。
そして静寂。
唖然と立ち尽くしたままのヒカル。
視線はそのまま浅黒い血の海に向けたままだった。
広がっていく血の海が波打った。
そこには立ち上がったカミシマが歩いていくさまがあり、方向があの化け物と男のいる方向だったので、一体何をする気なのだと思いヒカルも近づいていく。
貫かれた腹を押さえ、虫の息のはずのクラウスが何故まだ動けるのかと思いつつ肩をつかむ。
が、すぐさま振り払われてしまい後を追うしかなかった。
目の前には崩れたガラスの棺。
そして横たわる枯れ木の様な・・・おそらくクラウスの娘なんだろうと思う。
白いワンピースとブラウンの緩やかな長い髪の。
そんな彼女だったものを抱きしめうずくまる恩師の横に立つと、いつもの穏やかな顔がいつもの声を紡ぎ出した。
最初は何を言っているか分からずしゃがみこむと、一度咳き込んで血の飛沫を吐き出したあと再び口を開く。
「・・・私の『正義』で、救おうと・・・したのに。もう、私にはできそう、にない・・・。これは、罰、か?」
震える声と肩を見守るカミシマ。
遅れて近寄ってきたヒカル。
ああ、酷い。
近くの台の上は真っ赤で、もう何がなんだか分からないと頭を振りつつフッと感じた視線の方へ顔を向ける。
カミシマの恩師で今回の出来事の原因で黒幕でアリスが死ぬ原因となった男。
だが、先ほどまでの男とは別人の様な穏やかな人物で、これがカミシマの慕った恩師としての彼なのかと思うと、何故こんな事をとも思う。
そんなヒカルの胸中を知らぬこの男は話しかけてきているのか、独り言なのかも分からない調子で続けた。
「・・・『正義』の為に・・・求めた犠牲が多すぎたようだ・・・。私は、別の『正義』に・・・裁かれた様だ、な・・・」
かすれた声が止まり、震えた肩も動きが鈍くなる。
「14番目の、『マザー』・・・裏切り者の裁きは・・・」
最後の方は聞き取れなかった。そのまま閉じていく瞼。動かなくなる肩をつかもうとしたカミシマ。
「・・・アリス」
背後のヒカルがつぶやいた事で振り返る。
うつむき加減で表情が分かりづらいが声の調子から泣いているのだと分かる。
死んだのはこの恩師だけではない。
何の罪もない幼い少女も、多くの患者も命を落としたのだ、と。
再び恩師の顔に視線を落とす。
先生、死んだんだな・・・。
多くの患者を犠牲にしたこの人も・・・。
胸中で呟くとそのまま立ち上がり、隣の台の上に横たわるアリスに視線を向ける。
胴体の辺りはつぶれて酷いが顔には傷1つなく埃が少しかぶっているだけだ。
眠らされていたせいか穏やかな顔をしていた。
最期の瞬間まで。
そう思うとたまらない気持ちにもなる。
救えなかった、と。
そうしてやるせない気持ちを追いやるように白衣を乱暴に脱ぐと、今度は丁寧に押さない少女にかぶせた。
これで終わったのだろうか?
アリスの顔をしばらく眺め、最後に白衣で覆った後考えた。
そして答えは否だった。
読んでいただきありがとうございます。
かなり、なんというかどんでん返しですね。
不本意ながら。
奴らまだいたんだ?といわれて思わず、まだいたのよと返してしまいましたよ。
次でこのエピソード1、終わりです。