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第二回:対峙

 俺は殴られるかもしれないと思い、とっさに両腕を上げて身構えた。

「ここに、どうやって来たんだ」

 声を聞く限り、目の前にいるのは男だった。その男の声はどこか怯えているようにも思えた。俺は恐る恐る腕の隙間から男の顔を窺った。

 目の前の男は見たことのない男だった。背丈は俺と同じくらいだった。

 誰だ? 何なんだこいつは?

「お前、そんなところで何してる? どうやって、ここに来たんだ」

「どうやってって、ここは俺の部屋だ。お前こそ誰だ」

 そう言ってからしばらく俺と目の前の男は対峙したまま緊張状態が続いた。俺は顔の前に上げていた腕を少下ろしてファイティングポーズのように構えた。

「い、いや、待て。何もしない。とりあえずそこから出ろよ」

「お前こそ、勝手に俺の部屋に上がり込んで何してるんだ」

「だから、とりあえずそこから出て話そう」

「は? なんでお前が自分の部屋みたいに言ってんだよ。ここは俺の部屋だ」

「うーん、何て言いったらいいか……。お前の部屋なのかもしれないけど、お前の部屋ではないというか……」

「え? 何? 意味わかんねえよ。俺の部屋じゃないって、なんだよそれ」

 俺は怒りが込み上げてきた。起きたら知らない男が勝手に上がり込んで来たんだ。腹が立って当然だ。そして、何で俺がクローゼットに隠れないといけなかったんだ。そう思うとさらに腹が立ってきた。

「ていうか、お前誰だよ?」

 俺が聞くと、男が所在なげに動揺したのがわかった。

「誰なんだよ。何なんだよ勝手にひとの部屋に入りやがって」

 そう言って俺は男の肩をドンと押した。頭に血が登ったのがわかった。さっきまで誰か来たと思ってびびったのが悔しかったということもあって、目の前の男に食って掛かっていった。男は「何すんだよ」と抵抗してきたが、構わず俺はクローゼットから出ながら男の肩をぐっと押した。クローゼットから出て男のことを見て気がついたが、俺の帽子を被っていた。そのことにまた腹が立った。

「てめえ、勝手に俺の帽子被ってんじゃねえよ」

「は? うるせえ、俺のだよ」

「ていうか、そのジャケットも俺のじゃねえかよ」

 そこまで言うと俺は男の襟を掴んでいた。男も俺の襟を掴んで睨み合いになった。

「人の部屋に勝手に上がってきて、人のもん勝手に使ってんじゃねえよ。てめえ、なんで人んちに上がり込んでんだよ」

 俺は襟を掴んだ手に力を入れて、掴んだその手を持ち上げるようにして男の顎に押し付けた。男も俺の襟を掴む手に力を入れて同じようにしてきた。

「いつからって、ここは俺の部屋だ。お前こそ、どこから入ってきたんだよ。ていうかどうやって来たんだよ。それに、それは俺のジャージだ、勝手に着てんじゃねえよ」

「ふざけんなよ。これは俺のジャージだよ。てめえこそ、そのジャケットと帽子脱げよ」

 睨み合いが続いた。いい歳した大の男が二人、アパートの部屋で朝っぱらから掴み合って睨み合って何やってるんだと思った。しばらく睨み合いが続いて少し頭が冷静さを取り戻した頃、目の前の男が言っていることに少し違和感があることに気がついた。こいつさっきから、俺に「どうやって来たんだ」って言ってる。普通なら「どこから来た」じゃなくて、「いつからいるんだ?」とか「どこから入ってきたんだ」で済むはずだ。でも、こいつはさっきから「どうやって来たんだ」って言っている。

「お前、さっきから俺にどうやって来たんだって、言ってるけどどういうことなんだよ」

「うるせえよ、その手、離せよ」

「てめえが離せよ、俺がどうやって来たってどういうことなんだって聞いてんだよ。俺はずっとこの部屋に住んでんだよ。てめえこそどっから来たんだよ」

「俺はずっとここに住んでんだよ。俺の部屋なんだよこの部屋は」

「だから、意味がわかんねえって言ってんだよ。お前の部屋だって言うんだったら、昨日の夜帰ってきた時はいなかったじゃねえか、え?」

「そんなん、知らねえよ。どうせまた駅前でだらだら飲んでたんだろ。ベロベロに酔っ払って帰ってきたからよく覚えてねえんだろ。お前は昔から酒癖悪いからなあ」

「何で、お前がそんなこと知ってんだよ。は? 何? ストーカー?」

「俺にストーカーとか言ってんじゃねえよ。知ってるもんは知ってんだよ。お前、朝起きたら二日酔いでコーラ飲もうとしたろ? 冷蔵庫開けたら無かったろ? コーラーは俺が今朝飲んだからな。で、どうせまだ頭痛いんだろ? ていうか、お前何でいつも一人なのにそんなだらだらと何軒も飲み歩けんの? ユミコも言ってるよ、お前は飲み過ぎだって」

「ユミコ? 何でお前がユミコ知ってんだよ」

「知ってるもんは知ってるんだよ。昔からの友達だからな」

「昔からのってどこで知り合ったんだよ、ユミコと」

「どこって、そりゃ中学からの腐れ縁だろうが」

「中学にお前はいねえだろうが。見たことねえよ。ていうか誰だよまじで。本当のこと言えよ、お前が何でユミコ知ってんだよ」

 俺がそう言うと、男は襟を掴んでいた手の力を抜を抜いて、俺から手を離した。

「わかった。わかった。じゃあちゃんと話すから、その手離せよ」

 声のトーンから、この男がこれからちゃんと話をするんだろうなと感じた。さっきまでいつ殴り合いになってもおかしくない状態だったが、目の前の男からはもうそんな気配は感じなかった。だから俺も、掴んでいた手を離した。

「いいか、これから俺は正直に話す。だから落ち着いて聞けよ」

「わかったから、早く話せよ」

「あ、その前にコーラ飲むか?」

「コーラはお前が飲んだって言ってたじゃねえのかよ」

「さっき、コンビニ行ったから買ってきたんだよ。飲むの? 飲まないの?」

「飲むよ、飲むから持ってこいよ」

「あのね、人にものを頼むときに持ってこいよはないだろ、持ってこいよは」

「うるせえな、俺はまだ何も聞いてねえんだ、お前が俺の部屋にいることを納得したわけじゃねえんだよ」

「はいはい、わかった。わかった。とりあえず、座れよ」

「とりあえず、座れって言われなくても座るよ、俺の部屋だからな」

 俺がベッドに腰を下ろすと、男は面倒臭そうにキッチンに行って冷蔵庫からコーラを出して戻ってきた。持ってきたのは缶のコーラだった。俺は昔からペットボトルのコーラより缶のコーラのほうがうまいと思っている。ペットボトルだとすぐにぬるくなるというのと、炭酸が缶に比べて弱い気がする。てっきりペットボトルのコーラを持ってくると思っていたから缶のコーラを持ってきたことに俺は少し気味が悪くなった。

 男は俺にコーラを渡すと床にそのままあぐらをかいて座った。

「お前、いま俺が缶コーラを持ってきたの見て、また俺のことストーカーなんじゃないか? って思ったろ?」

「いや、そりゃそうだろ。普通はペットボトルのコーラを買うだろ。わざわざ缶のコーラ買うやつってあまりいないだろ」

「缶コーラのほうがうまいんだろ? 炭酸がきつい感じがするし、ペットボトルのコーラより冷たくて。だろ?」

 俺は本当に記憶が飛んでいて、目の前の男が俺の友達の誰かなのかもしれないと少し思ってしまった。そうじゃないならこんなに気持ちの悪いことはない。他人の部屋に自分の部屋かのように上がり込んできて、人の服を勝手に着て人の好みを知っている。俺がおかしいのか、目の前の男がおかしいのかが、だんだんわからなくなってきた。

「で、なんだっけ?」

 さっきまで掴み合って睨み合っていたとは思えないくらいに、目の前の男は俺のことを昔からの友達かのように接していることにまた違和感を感じた。それに、何だか俺もこの男のことを知っているような気さえしてきた。この佇まいというか雰囲気はどこかで見た感じがする。とてもよく知っている人物なんだけど、まったく思い出せない。というよりもこの男の顔は全く記憶にない。

「いや、なんだっけ。じゃなくて、お前がちゃんと話すって言ったんだろうが」

「冗談だよ、わかってるって。もう怒るなよ。コーラだって飲ましてあげてんだろ」

 この男のちょっと人を小馬鹿にというか、嫌味じゃなく距離を詰めてくる感じはやっぱりどこかで会ったことがあるかもしれないと俺はコーラを飲みながら考えた。

「じゃあ、話すよ。でも、お前多分聞いたらまた怒ると思うよ」

「わかった、わかった。怒んないから言ってみろよ」

「いや、すでにちょっと怒ってんじゃん」

「怒ってねえよ。いいから話せよ」

 ……やっぱり、この男のこと俺は知っている気がする。

「じゃあ、自己紹介からしよっか。はい、どうぞ」

「お前、怒らせようとしてるだろ? どうぞ。じゃねえよ。自己紹介するにしてもお前からだろうが」

 こいつ、もしかして……。いや、そんなことはない。こいつの顔はまったく違う。

「俺の名前は……」

 そんな……。いや、でもなんで。どうなってるんだ。俺はおかしくなったのか?

 頭が混乱してきたのと同時に、心臓が激しく鼓動し始めた。

 そんなことがあるはずはない。絶対にありえない。

「俺の名前は、サイトウテツヤ」

 やっぱり、そうだ。

 こいつ、俺だ……。でも……。

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