◆-3 「森で出会う記憶」その3
モコモコの言葉を聞いた瞬間、マツリには時が止まったかの様に思えた。
モコモコの顔から目が離せなくなり、彼の方もマツリを見つめたまま微動だにしない。
このままずっと時が止まってしまうのではないか、そんな気すらしてきた。
なぜモコモコにマツリの前の世界の事が解ったのだろう…?この世界の動物で、特殊な力を持っているから?
――という事はもしかして… 私の事を知られた…!?…私の…罪を…――
突然、モコモコの毛の白が、周りの景色に滲むように溶け、森の色が抜けるように白くなってゆく。
それは、マツリの背後にまで回り込み、四方から包むようにして体を白い世界に浮かび上がらせた。
マツリの脳裏には「前」の記憶が蘇ってきた。今までは朧げだった映像もその時の感情も、少しずつ映画のシーンを見ているようにではあるが、くっきりと順番に映りだした。
それはマツリに、もう一度その時の体験をしているような錯覚さえ起こさせた。
――私が前に戻りたい?――
一体どこにそんな風に思える日々があったというのだろう。
――今更あの世界に帰っても嫌な事を思い出すだけ……。あの世界で私達はもうどうしようもない関係になってしまってたんだから…。
レンブリーナ…きっとあんたもそう思ってたはずだよね……。だってあの時…あの時のあんたの目は……――
◆ ◆ ◆
ベキンッ!
ベキッ…ベキンッ!
硬い金属のプレートがへし折れる不快な音が響いている。
緊急アラートのサイレンが鳴り続けているが、不快な音と吹き出す蒸気の音であまり聞こえない。
ここは研究施設か開発室だろうか、それ程広くはないが、耐物理衝撃と耐温度衝撃の壁に囲まれた無機質な部屋に、マツリを入れて5人の人間が閉じ込められていて、皆、取り乱してている。
女ばかりで年齢はバラバラだがマツリとはチームの仲間だ。
口々に何か叫んでいるが、よく聞こえない。
その最中、部屋の中心から轟音が捻り出されるように響きだした。
数メートル上にある横長の窓から見える制御室では一人の男がこっちに向かって何か叫んでいる。
白衣を着ているから化学者だろうか。彼の顔と名前は思い出せない。
部屋の中心には1m四方の白いタンク型の装置があり、そのタンクから激しく赤紫の光が吹き出し、部屋一杯に波となって放射されている。
マツリの手はその光に当たり、浸食されるように斑状に黒くなり始めていた。
――だから「ジェネレーガー」の動作はまだ不安定だと言ったのに……!
そもそもジェネレーガーの理論自体がまだ完璧じゃないんだから、ロールアウトなんて不可能に決まってる……!――
任意で他の次元と接続可能にするなんて土台無理な話だったのだ。
溜め込んだ反作用エネルギーを捌けずに、外壁に亀裂が入った。この赤紫の光はミックスされた次元パラドクスの逆流だ。
仲間たちの体は全身浸食され、黒い小さなキューブ状の粒子となって拡散するように消えてゆく。
轟音の中、小さく聞こえていた叫び声もそれと共にピタリと消えた。
ついにはマツリの体も拡散し始めた。
――ああ…みんなが消えていく…。これは…私のせい……?
レンブリーナが私を見つめてる……私の事が憎い…?それはそうだよね…
私が反抗さえしなければ、ただジェネレーガーが壊れるだけで済んだんだろうから……。――
しかし、よく見ると……
この状況にもかかわらず、レンブリーナは笑っている。
――どうして笑っているの?――
レンブリーナは可笑しさを堪えきれないように、轟音の中笑い声は聞こえないが、マツリを見つめながら消えていった。
マツリの体の拡散も速度を上げ広がってゆく。最後に消えるのはどの部分だろうなどと考えている間に、体が消え去るよりも先に意識が途絶えてしまった。
気付けば辺りは真っ白な空間になっている。
それは目に見えているものなのか、意識の中での光景なのか判別はつかなかったが、何しろ瞬きもできずに自分の体も見えないので、見上げているのか、見回しているのかすらも分からない。
――このあと世界はどうなるんだろう…?消えた私にはもう関係ないかな…
あれ…体が消えても意識があるなんて変だな…
これはどういう事だろう…
私には想像もつかなかった事態が起こっているな…
そうか、これも次元パラドクスの影響…?
未知の力には、私達の理解を超えた、未知の法則が存在してるってことか…
……それを分析すれば…もしかしてジェネレーガーのシステムは安定するかも……
せめてもう一度…完全な形でジェネレーガーを作れるチャンスがあれば…――
そう思ったとき、マツリの思考は記憶と現在で一致し、一気にクリアになった。
「………!!」
忘れていた想いが到来する。
「そうか……!私はまだジェネレーガーを完成させていない!!」
マツリは記憶の中で叫んだはずだったが、現実では普通の大きさの声で言葉になった。
白い世界に岩の上に立つモコモコの姿が浮かび上がる。
その瞬間、止まっていた時間が動き出した。
モコモコの尻尾もパタパタと動き始めた。
◆ ◆ ◆
次回、◆-3 「森で出会う記憶」その4に続きます。