◆-3 「森で出会う記憶」その1
光たんぽぽの綿毛は、今夜から光りだすという事を大臣がマツリに告げると、マツリは今からすぐに碧色神殿に向かうと言った。
採取の手伝いとして、大臣と数人の兵達が神殿まで同行してくれる事になったが、マツリはその申し出を断り、自分一人で行くと告げると、大臣はがっかりしたようだったが、マツリ一人で行ったほうが早く採ってこれると言って理解してもらった。
大臣は自分用に用意していた、碧色神殿までの道のりが描かれた地図と、光たんぽぽについての言い伝えを細かく記した「ツアーのしおり」のような巻物をマツリに渡した。
それと、布にくるんだ果物を幾つかと、「カステラを丸めてオニギリにしたような食べ物」を数個、箱型の銀食器に入れて、〈このカステラは以前、街の人々の家で食事を御呼ばれした時にスープに浸して食べた物と同じだが、こちらの物は上にジャムが塗ってあり、甘い匂いがプンプンだ。〉
さらに、果汁を混ぜた水が入った水筒を一緒に持たせてくれた。
――…全部甘い物ばかりだけど…この城の人たちは甘いものが大好きなのかしら…――
マツリはそう思ったが、せっかくだから後でおいしく頂かせてもらう事にした。
王子の間を出るときには、王とメルヘンチックな家来達全員が拍手で手を振って送り出してくれた。小さなラッパのような楽器と太鼓もプカプカ鳴っている。
◆ ◆ ◆
いつもマツリが街の人々の依頼を受けて仕事に向かう時も、人々は元気に盛り上がって送り出してくれる。
だからマツリは期待に応えようと全力を尽くすのだ。
大臣から渡された地図はざっくりと描かれており、縮尺が曖昧で正確な距離は判りそうになかった。
碧色神殿までは川沿いに歩いて1日ほどの距離で、今からなら、途中でどこか休める場所を見つけて夜を過ごせば、明日の昼頃には辿り着けるはずだ。〈と、大臣が言っていた。〉
恐らく兵士たちのペースで計っているだろうから……という事は、距離にして50kmくらいだろうか。
いや、川沿いといっても上流に向かって緩やかな上り坂だそうなので30kmくらいかもしれない。
――私のペースだったら………2時間かな。直線距離で進めば1時間に短縮できるかも。――
マツリはそう考えたが、この地図では目印になるものも無さそうなので、無難に川沿いを進む事にした。
何しろこの世界の太陽は空の中心で止まったきり動かないし、夜の訪れとともにすうっとフェードアウトするように消え、月と入れ替わるのだ。空には沢山の星が浮かぶが、その星は月の周りを一晩中ぐるぐると周る。これでは方位は解らない。
川伝いに街を出て丘を越え、両側を山に挟まれた少し窪んだ河原に出た。この川は街から続いている透明川の流れだったが、この辺りまで来ると石は透明ではなくなり、普通の石の色になっていた。〈それでも形は綺麗な丸石だったが。〉
この大雑把な地図では、この辺から碧色神殿のある碧色谷までは街も無さそうだし、誰かに見られる事も無さそうだったので、マツリはここまで歩いたら一気に走ろうと思い、準備をしていた。
マツリの左手には縦3㎝、横1.5㎝ほどの、濃青色の結晶が握られており、その中心には小さな明るい輝きが宿っていた。
その輝きがさらに明るさを増し、結晶全体に広がり、それを握っているマツリの手の隙間から光線状の光が射したその時……!
……。
…………何も起こらない…。
……マツリは目を閉じ、深いため息をついた……。
マツリが高速で走るためには、この結晶が必要なようだが、マツリはその気を無くしてしまったのだ。
マツリの心に込み上げるモヤモヤが口をついて出た。
「これって私に事前に知らせておくべき事じゃないのかな…」
目を閉じ眉間に力が入り、結晶を握る手も震えている。
「大臣さん絶対この事知ってたはずだよね…!王子と同じく言い忘れておったのか!?」
手から漏れた光線は点滅と共に消え、結晶の光も灯りを吹き消すように消えた。
川が走る山間が急にぱったりと途切れ、どこから現れたか、その先には生い茂った草木が、まるで壁のように絡まり視界を阻んでいた。
その壁にぽっかりと空いた真っ暗な穴に向かって、川は呑み込まれるように伸びていたのだ。
どう考えてもこの先に入ってゆくしか、進む道はない。
マツリは普段、独り言は言わないようにしているが、この時ばかりは違ったようだ。
辺りには誰もいない事もあって、嫌気の差した表情を誇張させて言葉にした。
「この地図にはこの先も川以外は全く何も書かれてないけど、まさかここからずっと森が続くわけ…!?…こんな事ならスピードにチャージする前にまず一度、跳んで上から先を見ておくんだった…」
マツリは時々、こういう態度を取ってしまう。普段、自分の身の上を語らずに明るく振る舞っている分、糸が切れたようにヤサグレてしまうのだ。
一度不平を口に出すと、次々と文句が出てきてしまいそうで、気持ちを落ち着けてそれ以上は口に出すのを止めたが、その代わりにまた、あの「浮かない表情」になってしまった。
こうなってしまうと、連鎖的に「前」の事が浮かび上がってくるので、気分を変えようと思い、例のカステラオニギリのジャムがけを無造作に取り出し、少し遅い昼食に齧り付いた。
「甘っ……!!」
あまりの甘さに驚き、信じられないという表情でカステラオニギリを凝視するマツリ。
なんだか一瞬で気が抜けた。
「……まあいいけど。たまにはゆっくり行くのもありかな…」
マツリは気を取り直し、気にせずに森の入り口に向かい歩き始めた。
◆ ◆ ◆
次回、◆-3 「森で出会う記憶」その2に続きます。