◆-2 「光るのは期間限定」その1
春の国の市街地を抜けると、目の前を大きな川が横切る。
「透明川」と呼ばれているその川原の石は、手に持って見ると向こう側が透けて見えるほどの透明度だった。
ほのかに青みがかった色のアクリル製の小物のようで、質感はグミのように柔らかく、すべすべしていた。
この川は川縁の堤防まで透明な石で造られているため、流れる水の底でキラキラ光った石が乱反射して、薄青色に重なった色が周りの石畳や民家の石の壁を明るく照らしていた。
川から堤防までの高さは15mほどで、100mはある向こう岸まで、真っ白な石英でできた大きな橋が架かっていた。
この橋は最初は堤防と同じに透明だったが、城の大臣の命令で造り直されたらしい。
橋を渡るときに、怖くて下を見られない者がいるためだそうだ。
その橋を渡り木漏れ日の射し込む小さな森の道を抜けると、大きな城門の前に出る。
マツリはその城門を見上げて立っていた。
日々、何でも屋として人々のトラブルを解決して行くうちに、ついに城からお呼びがかかったのだ。
◆ ◆ ◆
全身を鎧で包み、槍を持った門番に、マツリは城の大臣からの招待状を見せた。
「どうぞ奥へお進み下さい。まっすぐ進めば「王子の間」です。」
そう言って通してくれた門番の横を通り抜けざまに、
彼が持っている槍の先が、刃ではなく、クマのような生き物の頭を模った飾りだと言う事が確認できた。
なるほど、それもそのはず。
この国には争いがなく、武器を持つ必要が無いのだ。
門の先には神殿さながらの広く長い廊下が続いている。
天井までの高さは20mくらい、薄暗い廊下の先に小指のつめほどに見える光が王子の間の灯りだとすると…
距離にして200mほどだろうか。
――走った方が早いな、10秒くらいか…――
マツリはそう考えたが、すぐに考え直して歩き続けた。走っているところを見られたら厄介な事になりかねない。
立ち並ぶ太い柱の陰に誰かいるかもしれなし、油断は禁物だ。
廊下の先の光は近づくにつれ、奥の広間に差し込む外の明かりだという事が解った。
門からここまで、人は誰もいなかったようだ。しかし、外からここまで扉全開の直通とは、「前」の世界では考えられない光景に、平和な世界ならではのあり方を感じた。
やはりこの部屋が王子の間らしい。
広間の入り口の両脇にも兵が立っていて、部屋の中にはメルヘンチックではあるが高貴な感じの服をまとった者達が奥に向かって並んで立っているのが見える。
ヒラヒラした服を着た案内係の男に部屋の中に通され、一番奥まで進むと、床から数段高くなった所には
豪華な王座に座った子供がいる。
10歳くらいに見えるが、この子が王子だろうか。
その右隣には豪華では無いが上等なドレスを着た、30代くらいの貴婦人が、玉座に引けをとらないほどの装飾が施された椅子に座っている。
段の前にいる貫禄のある高年の男がうやうやしく話し始めた。
「こちらが春の国の王子、ユーン殿下であらせられます!」
王子は目を閉じ、目一杯ふんぞり返っているが、小さな体が椅子の大きさに負けてどこか滑稽だ。
「その隣に御座すお方は、ユーン殿下の教育係にして助言役、ピック夫人殿でございます。」
貴婦人は澄ました顔をしているが、落ち着いた態度でしっかりとマツリを見ている。
「大臣ごくろーーう!」
王子が口を開いた。どこか無理に威厳を持たせようと背伸びした言い方だ。
「おまえが力自慢娘マツリか!余はおまえに会いたかったぞ!それにしても思ったより痩せておるな。もっと大男のような体つきかと思っておったぞ。」
マツリは「前」の世界でもこのような場に呼ばれた事などなかったので、少し緊張していた。
王族や貴族という人間に対して、どのような言葉を選び答えればよいか解らなかった。
かといって、じっくり考えて間を空けるのもマズいような気がして、咄嗟に思いつた言葉を口にした。
「はい…こんなものが私です……」
次回、◆-2 「光るのは期間限定」その2に続きます。